【第30回松本清張賞受賞】「これは選考委員への挑戦状だ!」5つのジャンルの物語が絡まり合う衝撃のデビュー作

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/5

ノウイットオール あなただけが知っている
ノウイットオール あなただけが知っている』(森バジル/文藝春秋)

 度肝を抜かれるとは、こういうことをいうのだろう。そんな風に思わされた小説が『ノウイットオール あなただけが知っている』(森バジル/文藝春秋)。第30回松本清張賞を受賞した問題作であり、森バジルさんによる衝撃のデビュー作だ。第19回松本清張賞を受賞した阿部智里さんをはじめ、辻村深月さん、森絵都さん、森見登美彦さん、米澤穂信さんなど、あらゆるジャンルで多くの読者に支持されている作家たちが参加した松本清張賞選考会では「これは選考委員への挑戦状だ!」という意見が挙がり、激論の末、受賞が決まったという。この作品を読めば、その言葉に納得。こんな読書体験は初めて。小説を読む時に勝手に囚われていた固定観念がぶっ壊されたような気がする。これは、松本清張賞選考委員たちだけではなく、私たち読者への挑戦状でもあるのではないだろうか。

 この本の何がそれほどまでに読む者を驚かせるのか。それは、この物語が5つの異なるジャンルの物語で構成されていることにある。

・第1章 推理小説
・第2章 青春小説
・第3章 科学小説
・第4章 幻想小説
・第5章 恋愛小説

 目次を見た時、「そんなことが可能なのか?!」と驚かされたが、森バジルさんはデビュー作でそれを見事にやり遂げてしまった。ひとつの世界を生み出すことでさえ大変であるはずなのに、この物語には、ひとつの街を舞台に5つの世界が蠢いている。そして、5つの世界は、少しずつ重なり合い、影響を与え合っていくのだ。

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 たとえば、第1章の推理小説「探偵青影の現金出納帳」は、暴力団に超高額な依頼料を突きつける“探偵界のブラック・ジャック”女性探偵・青影の物語だ。とあるオフィスの2階で発見された、顔がぐちゃぐちゃに潰された暴力団員の死体。青影はその犯人について華麗に推理を披露するのだが……。続く、第2章の青春小説「イチウケ!」に登場するのは、M-1を目指す高校生コンビ。「うちと天下とらへん?」。高校2年生の5月、一度も話したことのないクラスメイトの女子・浅黄からそう声をかけられた男子高校生・土橋は、漫才というものに次第にのめり込んでいく。積み上げていく努力と待ち受ける挫折、その果ての栄光。青春のみずみずしさと苦みがギュッと詰め込まれていて、ときにキュンとさせられたり、ときにウルッときたり。もちろんこの物語だけ読んでもとびきり面白いのだが、第1章の推理小説とのつながりに、思わずニヤッとさせられる。

 だが、「推理小説」と「青春小説」だけの融合だけならば、連作短編小説として、そんなに珍しいものではないだろう。本当の驚きは、次の章からだ。未来人から狙われる女子高生の科学小説。魔界を追放された魔法使いの幻想小説。人に言えない事情で失恋続きのアラサー女性の恋愛小説……。一瞬、脳が混乱する。「あれ、私が読んでいたのってこんな物語だったの?!」と。だが、次の瞬間にはその面白さの虜。別の世界軸であるはずの物語がどんどん重なり合っていく快感ったらない。全く異なる絵柄のパズルのピースがピタリとハマったような感覚。他の作品ではこの爽快感は体験できない。目まぐるしい展開に翻弄され、漂着。この物語は、予想もつかない結末へと読者をいざなってくれる。

 ああ、なんてすごい読書体験なのだろう。著者・森バジルさんの脳内は一体どうなっているのか。どれほどたくさんの引き出しがあるのだろうか。すべてを目撃するのは読者だけ。ぜひこの本で「あなただけが知っている」物語を体験してみてほしい。

文=アサトーミナミ