鮮やかな推理と忘れ難い余韻…米澤穂信による初の警察ミステリーシリーズが開幕!

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/25

可燃物
可燃物』(米澤穂信/文藝春秋)

 あの米澤穂信氏が、ついに警察を舞台にした本格ミステリーを生み出した。米澤氏といえば、『氷菓』(KADOKAWA)に始まる「古典部」シリーズで大ヒットを飛ばしたほか、『満願』(新潮社)と『王とサーカス』(東京創元社)では、二度のミステリーランキング3冠、『黒牢城』(KADOKAWA)では史上初のミステリーランキング4冠を達成。そんな大人気作家による初の警察ミステリーが『可燃物』(米澤穂信/文藝春秋)だ。「米澤先生の警察小説なんて、面白いに決まっている!」と、発売前から多くの読書家たちの注目を集めている、今話題の1冊だ。

 主人公は、群馬県警本部、刑事部捜査第一課の葛警部。この作品では5編の短編が収められているのだが、葛が立ち向かう事件は、どれも不可解なものばかりだ。

 たとえば、表題作「可燃物」では、太田市の住宅街で連続放火事件が起こる。だが、葛が率いる班が捜査を始めた途端、犯行はピタリと止んでしまった。張り込みの刑事が犯人に見られたのだろうか。犯人の動機は何なのか。葛は、連続放火事件の“見えざる共通項”を探り出そうとする。また、「命の恩」では、榛名山麓の遊歩道の近くで、人間の右上腕が発見される。付近を捜索すると、その他にもバラバラに切断された遺体の一部が見つかった。だが、どうして犯人は、山の中とはいえ、人目につきやすい場所に遺体を遺棄したのだろうか。

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 どの事件も難題。他にも凶器の見つからない殺人が起きたり、目撃者の証言が矛盾していたり、逆に不気味なほど一致していたり、捜査が暗礁に乗り上げそうになる場面もある。だが、葛はどんな事件も淡々と解決していく。必要なことしか話さず、無駄口は叩かない。どこまでも淡々と情報を集め、どんな些細な違和感も逃さない。ひとつひとつを論理的に見据えて、真実を追い求めていく。そして、解決への最後の一歩をひとりで容易く飛び越えるのだ。そんな彼の推理は何とも爽快。葛だけが見える世界、思考回路を追体験できるのも読者としては心地よいだろう。しかし、あまりにも優秀な人間は周りから疎まれるものなのだろうか。葛は上司からも部下からも好かれてはいない。部下からすれば、追っていた事件を葛にひとりで解決されては腑に落ちないし、上司もそんな葛をどう扱っていいのか分からない。だが、葛の捜査能力を疑う者はひとりもいない。それほどまでに葛の能力は卓越しているのだ。

 そして、この警察小説のさらなる魅力は、どの短編にも忘れ難い余韻があることだろう。どの事件の結末もどことなくビター。動機があまりにも意外だったり、人間臭かったりする。人の心は、こんなにも謎に満ち溢れているものなのか。

 この新たなミステリーシリーズには、これから多くの人が虜にさせられるに違いない。葛警部の鮮やかな推理と、心に沁みる読後感。米澤穂信氏ならではの警察小説を、ぜひあなたも味わってほしい。

文=アサトーミナミ