戦時中、少年は死体を見ても驚かなくなった。太平洋戦争を懸命に生きた「普通の人々」をせつなくユーモラスに綴る『川滝少年のスケッチブック』

マンガ

公開日:2023/7/21

川滝少年のスケッチブック
川滝少年のスケッチブック』(小手鞠るい:著、川瀧喜正:画/講談社)

 映画『この世界の片隅に』の大ヒットがきっかけとなって、NHKで「#あちこちのすずさん」キャンペーンが行われるなど、太平洋戦争を懸命に生きた「普通の人々」の戦争体験が注目されるようになった。「ホットケーキの隠し味は機械油だった」「洋服の生地は日本軍のパラシュートだった」(以上、NHK#あちこちのすずさんHPより)など、苦しい暮らしの中でも工夫をこらして生きた人々のエピソードは、時にユーモラスで、せつなかったりやるせなかったり…リアルな生活実感だからこそ、終戦から78年の時を経ても共感できて心に刺さる。

 小手鞠るいさんの新刊『川滝少年のスケッチブック』(小手鞠るい:著、川瀧喜正:画 講談社)も、そうした市井の人の戦争体験が丁寧に綴られた一冊だ。実父である川瀧喜正さん(91)が、戦争当時のことを思い出してスケッチブックに記した「マンガ絵日記」(Twitterでもバズったそうだ)をもとにして、小手鞠さんが祖父と孫の物語に編み直した。

 アメリカに住む中学生の深青(みお)は、母から夏に日本へ帰国したとき、岡山にいる父方の祖父に会いに行こうと提案される。赤ちゃんの頃に父を亡くした深青はまだ祖父に会ったことがなかったが、その存在だけは身近に感じていた。なぜなら祖父の子どもの頃の日々が描かれた「おじいちゃんのスケッチブック」を愛読していたからだ。

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川滝少年のスケッチブック p14

川滝少年のスケッチブック p24

川滝少年のスケッチブック p35

 「遠いところまで、よう来てくれた。あいたかったよ」と歓迎してくれた祖父。楽しかった岡山滞在があと一日となったとき、深青はもう一冊のスケッチブックを手渡される。「欲しがりません、勝つまでは――1944〜1955」と題されたそれには、「軍国少年」だった12歳の川滝少年(祖父)の戦争体験が描かれていた。

川滝少年のスケッチブック 日記P1

川滝少年のスケッチブック 日記P5

川滝少年のスケッチブック 日記P11

川滝少年のスケッチブック 日記P12

川滝少年のスケッチブック 日記P15

 スケッチブックには戦後、アメリカ兵と接した川滝少年の驚きも素直に綴られている。やせ細った自分たちに対して血色のいいアメリカ兵を見て「つくづく敗戦を実感した」との文章は、多くの日本人が当時思ったことなのかもしれない。徐々に復興していく社会も描かれ、昭和の懐かしい風俗も味わうことができる。

川滝少年のスケッチブック 日記P19

川滝少年のスケッチブック 日記P23

川滝少年のスケッチブック 日記P29

 川滝少年の等身大の観察眼は素直で、丁寧で、ちょっとユーモラスで、素朴な絵と丸っこい文字にはそんな人柄もにじみでている。そして戦争はそんな「普通の少年」を当たり前のように軍国少年にし、戦時中の辛苦も受け入れさせ(死体を見ても驚かなくなるほど)、天皇のために死ぬ未来が幸いと信じさせていたのだ。その異常さにあらためて驚くが、そんな時代を「生き抜いて」くれた人々がいたからこそ今の私たちがいることも忘れてはいけない。本書の主人公がアメリカ在住で戦争のことをよく知らない中学生・深青なのも、この記憶を次の世代に伝えていきたいという著者の思いからだろう。深青と共にスケッチブックを読み進めると、「どうしてこんなことが?」と疑問がいくつもわいてくるはずだ。

 今、この瞬間も戦争によって涙を流している人がいる。現在の不安な世界情勢に、「平和」がいかにもろい土台の上になりたっているか思い知らされる。私たちもきちんと足元を見ていないと大変なことになってしまうかもしれない。そうならないためにも、一人一人が過去の記憶をきちんとみつめ、戦争とは何かを考えていくのは大切なことだろう。本書はそんな私たちに大きなきっかけを与えてくれる一冊。マンガ絵日記も60ページ入っているのでお子さんと一緒に楽しむのもいいだろう。「感じたこと」について、ぜひ対話してみてほしい。

文=荒井理恵