JOJOノベライズはホル・ホースが東方仗助と出会う!「もうひとつの本編」ともいえるファン必見のスピンオフ『クレイジーDの悪霊的失恋 ―ジョジョの奇妙な冒険より―』

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/12

クレイジーDの悪霊的失恋 ―ジョジョの奇妙な冒険より―
クレイジーDの悪霊的失恋 ―ジョジョの奇妙な冒険より―』(上遠野浩平:著、荒木飛呂彦:original concept/集英社)

 荒木飛呂彦氏による『ジョジョの奇妙な冒険』は、その卓越したオリジナリティゆえに無限の想像力を掻き立て、これまでアニメ、ゲーム、映画、様々なジャンルへと広がりを見せてきた。中でもノベライズは、乙一氏、西尾維新氏、舞城王太郎氏など人気作家が手がけ、それぞれの作家性溢れる傑作が多く生み出されてきた。

 しかし、2023年6月に上遠野浩平氏が上梓したクレイジーDの悪霊的失恋 ―ジョジョの奇妙な冒険より―(集英社)は一味違う。『恥知らずのパープルヘイズ-ジョジョの奇妙な冒険より-』に続く、上遠野さん2作目のJOJOのノベライズとなる本作、スピンオフ小説というよりはむしろ、JOJOの本編では?とJOJOファンに思わせる秀逸の読み味なのだ。

 主人公は、JOJO第3部でDIOの配下にいたスタンド使い、ホル・ホース。「皇帝」と呼ばれていた彼は、空条承太郎らとの戦いに敗れ、リタイヤしていた。物語は、10年後、私立探偵になった彼が、DIOの飼っていたオウムを探してエジプトを発つところから始まる。かつての相棒、ボインゴの漫画の予言が示した地は日本、M県S市! ボインゴを連れてその地に降り立ったホル・ホースは、JOJO第4部の主人公・東方仗助と出会うのである。

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“何か”を失った者たちの物語

 なぜ『クレイジーDの悪霊的失恋』が「本編」と言えるのか。一つには、JOJO本編では描かれなかった物語を、この作品が埋めてくれているからだ。しかもスピンオフに多い別の世界線で、ではなく本編と同じ世界線、第3部と第4部の間にそれを描いている。

『クレイジーDの悪霊的失恋』のもう一人のメインキャラクターは、花京院涼子。JOJO本編には登場しない本作オリジナルの人物であり、第3部屈指の人気キャラクター・花京院典明の従妹だ。ホル・ホース、ボインゴ、花京院涼子、3人に共通するのは “何か”を失った者たちであるということ。ホル・ホースとボインゴは、DIOの圧倒的な力によって自分を見失い、花京院涼子はDIOとの戦いで死んだ従兄を忘れることができない。M県S市でホル・ホースは、消滅したはずのDIOの声を聴く。S市ではDIOの呪いがいまだ続いているかのような事件の数々が起こる。

 彼らを救う者として今作に登場するのが東方仗助だ。3人は、S市でDIOという過去を乗り越え、失ったものを取り戻せるのか? 本来の自分へと立ち返る、あるいは新たな自分へと変貌できるのか。この人間としての克服を描いているという点で、本作は“人間讃歌”の物語であり、それは荒木飛呂彦氏がJOJOで描いてきたことそのものである。

JOJOは初めての読者にもおすすめできる

『クレイジーDの悪霊的失恋』が「本編」と言えるもう一つの理由、それはキャラクターの完璧な再現性だ。東方仗助は、第4部に描かれている通りの「わけのわからん性格」(空条承太郎談)。ホル・ホースと仗助は漫才コンビのようで、二人の会話は思わず笑ってしまう。しかもどちらかというと、ホル・ホースが常識人でツッコミ役。

 本作は、花京院典明がなぜDIOに肉の芽を埋められるに至ったのか、仗助と警察官の祖父・良平との関係など、往年のJOJOファンにとって嬉しい描写も数多い。一方で、ジョースターとDIOの宿命やスタンドなども丁寧に説明されているので、JOJOが初めてという方の最初の一冊としてもおすすめできる。

 ファンが求めていたもう一つの本編であり、JOJOの入門書でもあり得る。『クレイジーDの悪霊的失恋』は本当に特別なノベライズなのである。

文=松井美緒