「ずぼらだし、凍ったいくら風呂で解かすし」自分の短歌もネタにする、SNSで話題の短歌人に迫る
公開日:2023/7/10
岡本真帆の短歌はバズる。
代表的と言っていいのがこちらのツイートだ。
ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、凍ったいくら風呂で解かすし pic.twitter.com/RRtjfT0T5l
— まほぴ⛵ (@mhpokmt) April 7, 2020
2.3万リツイート、13.5万いいね。「見たことある!」という方もいるのではないだろうか。このツイートの「元ネタ」は以下の歌である。
ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし
玄関にぎゅうぎゅうに並んだ傘が、困ったようにこちらを見ている。私は先のツイートをタイムラインで読んで、作者が自分の歌の本歌取り(よく知られている歌の一部を取って、新しい歌を作ること)をしている……と笑ってしまったのを覚えている。岡本は自身の歌を「ネタ」にすることを厭わない。SNSを軽やかにタップする指先が見えるようだ。
岡本真帆の第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)は、異例の売れ行きを見せた。「売れて1000部」と言われる歌集の世界で、2022年3月21日の刊行より累計発行部数は7刷1万7000部。岡本に「バズる」ような支持があるのはもちろん、ふだん短歌に馴染みのない人も買い求めなければこの数字は出ないだろう。もう少しこの短歌集をひもといてみたい。
岡本の短歌はわかりやすい。口語体だから、というだけではない。文節が多い歌や、一マス空きの歌が目立っており、読者に「息継ぎ」のタイミングを明確に指示しているのだ。
きみだけの名の呼び方があったこと蹴った小石はやがて水路へ
上句(最初の575)は「の」「が」と細かくリズムを作っていて、少し息が苦しく思える。対して下句(後ろの77)できっちり77になり、水路へスウっと流れていく様子を表している。
平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ
31音という条件の中「ビール」という3音を2回も使っている。「ごらんよビールこれが夏だよ」の跳ねるような喜びが伝わるだろうか。一マス空きが効いている。
こんな歌もある。
犬 朝食 同級生の愛娘 犬 丁寧な暮らし 犬 犬
えっ、これも短歌なの?と思った人もいるだろう。岡本真帆にかかれば、これも短歌なのだ。
犬朝食(6)同級生の愛娘(7・5)犬丁寧な(7)暮らし犬犬(7)
いちおう音数を書くとこうなるのだが、こんなことはしない方がこの歌の良さがわかると思う。「朝食」ということは、同級生の家に泊まりに行った朝だろうか。「同級生の愛娘」「丁寧な暮らし」の視界に、犬がたびたび入ってくるのが可笑しい。
岡本が短歌を作りはじめたのは2015年。短歌投稿サイト「うたらば」や「うたの日」、ダ・ヴィンチの短歌投稿欄「短歌ください」で作品を発表していたという。SNSへの短歌の投稿が人気を集め、この記事で取り上げた第一歌集が反響を呼んだ岡本は1989年生まれの34歳。これからどのような歌人になっていくのだろうか。東京湾を洋々と進む水上バスのような、その活躍を追っていきたい。
文=高松霞