迷子になる幼児と親から離れないカモの違い。『ざんねんないきもの事典』監修・今泉忠明氏が語るこれからの子どもたち

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公開日:2023/7/18

今泉忠明氏

 現在投票受付中で来年2月に第4回の結果が発表される「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」。子どもたちが「最強の本」を決めるこの選挙で、過去3回連続ランクインしている本をご存じだろうか。

 そのタイトルは『ざんねんないきもの事典』(高橋書店/全8冊)。いきものたちの習性が「人間から見ると残念」という切り口で、面白おかしく紹介している児童書である。読書好きの小学生なら誰もが知る一冊。大人が読んでも面白いので、わが子の本をこっそり拝借して読んでいる…という人もきっといるはずだ。

 ここでは本書はもちろん、絵本『ねこのずかん』『おうちを みせて』(以上、白泉社)などで幅広く監修をする動物学者・今泉忠明氏に、動物や子どもについての話を聞いた。

取材・文=吉田あき

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“めずらしい”習性を“ざんねん風”に書き直す

——「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」の第1回、第2回で1位、第3回では2位を獲得。シリーズ全8冊にわたり、膨大な生き物の習性が紹介されています。これらはどのように調べているのですか?

今泉忠明(以下、今泉):動物学にはいろいろな分野があって、僕の専門は哺乳類だけど、鳥を専門とする人や、カエルを研究する人もいる。そういった世界中の研究者が発見した生き物の習性の、面白い部分だけを拾い集めて、本当かどうかを確認するのが僕の仕事です。インターネットではオーバーに書かれた記事もあるけど、本の場合はちゃんと確かめないと大変なことになるので。

——外国でしか見られない生き物もたくさんいます。

今泉:日本のカエルくらいなら自分でも調べられるけど、めずらしい習性を持つものは、だいたい外国。だから、その習性が発表されたときの研究論文を探します。世界には400万種の生き物がいて、聞いたことのないものも多いから、誰がいつ頃調べたのかを探るのは本当に大変。論文に書かれた事実を、子どもたちが笑ってくれるような“ざんねん風”に書き直すのも、けっこう難しいんです。嘘になってはいけないし。

——研究論文に、“ざんねん”な習性がそのまま書かれているわけではないんですね。

今泉:はい。たとえば「ニホンカモシカは泣きながら愛を伝える」(最新刊『とことんざんねんないきもの事典』より)というのは、カモシカの目の下には眼下腺(がんかせん)という匂いを出す腺があって、それを相手にこすりつけるとき、泣いているような仕草になる習性を“ざんねん風”に書いたもの。動物って、人間が考えられないような想定外のことをするんですね。動物からすれば当たり前だけど。彼らの習性をわざと人間目線で書いているから、滑稽に思えるのです。

ざんねんないきもの事典

ざんねんないきもの事典

——先生ご自身がハッと驚くような習性もありますか?

今泉:哺乳類以外のことはあまり知らないので、ちっちゃなエビの話とか、びっくりすることばかり。論文探しは大変だけど、たどりついてみれば面白い。僕が面白いと思えば、子どもも面白いと感じてくれるだろうと思っています。

危険なことより楽しいことのほうがいっぱいある

——最近発見された生き物の習性はありますか?

今泉:「サメがひっくり返ると気絶する」(『やっぱりざんねんないきもの事典』より)っていう習性は新しいですね。これを調べるのも大変でした。アメリカのインターネットを見ていたら、YouTubeにあったんです。ダイバーが海に潜って、ものすごく大きなサメとコミュニケーションをとるんですが、近づいたときに鼻を押さえてひっくり返すと、サメが気絶しちゃう。サメって恐ろしいイメージが強いけど、面白がって調べる人がいるんですね。

ざんねんないきもの事典

——先生も研究のためにフィールドワークをされるそうですが、ときには危険な目に遭うことも…?

今泉:時々ね。危ないところにひとりで行くと、行くなって言われるから、言わないようにしているんだけど…(笑)。いちばん危なかったのは、四国の海で高波にさらわれたことかな。

 フィリピンで台風があったんですが、海を見たら波はなかったので、海岸でニホンカワウソを待っていたんです。そうしたら急にものすごく大きな波が来て、さらわれました。でも人って運があるんですね。崖のほうへ流されたので、大きな岩にしがみついたら、潮が引いて、あとはもう、波はこなかった。大波はその1回だけ。あのとき大きな岩がなかったら、行方不明になっていました。

——動物の研究というのは危険と隣り合わせなんですね。

今泉:サルやコウモリの観察者が海に落ちるとか、雪山で滑落するとか、哺乳類研究の人がときどき落っこちるんですね…。危険はいつもあると考えていたほうがいい。

 動物園に勤めている頃、男の子がガラパゴスゾウガメにキュウリをあげていたの。手のひらに乗せてあげればよかったんですが、手でつまんであげていた。そうすると、カメは指とキュウリの見分けがつかないから、噛まれるんです。口がゆっくり閉まってくるのが見えたけど、その子はキュウリを離さないから噛まれてしまった。危ないと思ったら、急いで引いたほうがいい。「絶対に大丈夫」なんて思っていると大変なことになっちゃいます。

 でもね、危険なことより楽しいことのほうがいっぱいあるんです。だから何でも試したほうがいい。怪我しないようによく考えた上で、何でも試してみるのがいいですね。

大人はしばらくスネをかじらせてあげるしかない

——動物の親子の意外な習性にはどんなものがありますか?

今泉:コウテイペンギンは南極の春、卵が孵化すると、保育園を作ります。親が100キロも離れた海に魚を取りに行く1ヶ月もの間、ヒナだけで暮らすのです。親は旅から帰ると、ヒナを呼びます。すると、自分のヒナだけがやって来る。呼んだ親も、何万羽の中にいる自分の子どもがわかるんです。

 どうしてだと思いますか? 人間だとわからないよね。コウテイペンギンは卵を足の上に乗せて温めるんだけど(『ざんねんないきもの事典』より)、その時に「泣きかわし」といって、親とヒナがもう話をしているんです。だから、呼んだときに本物が出てきて、その記憶が確実なものになる。答えは一つしかない。単純なほど間違えません。人間は賢くて、いろんなことを考えるから間違えるんです。

ざんねんないきもの事典

 皇居の周りには、カモの親子がいますよね。カモは卵から孵ると近くにいる大きなものを追いかける習性があるから、ヒナは引っ越しをするときも親から離れません。ところが、人が子どもを10人連れて歩いたら、子どもはそのうちどこかにいなくなっちゃうでしょ? 人間は好奇心が強いんです。

 こういったペンギンやカモの習性を「頭がいい」と考える人もいますが、僕はそうは思いません。間違えることが大事なんです。人間は、間違えながら、いろいろなことを発見したおかげで、ここまで発展できたのだと思っています。

——好奇心が強いのは素敵なことなんですね。とくに、子どもの好奇心にはいつも驚かされます。

今泉:子どもには勝てません。だから大人は、子どもの言うことをもっと聞いてあげないと。とくに動物学に関しては、今のお子さんは『ざんねんないきもの事典』を読んでいるからくわしいですよ(笑)。

 大人も「こんな本は勉強にならない」なんて言わないで、一緒に楽しんでくれるといいですけどね。読者からのハガキには、この本をお父さんと娘が一緒に読んでクスクス笑っている…という感想がけっこうあります。親子間にコミュニケーションが生まれて、とてもいいんじゃないでしょうか。

 子どもは素直だから、いろいろ発見するんです。それを大人が受け付けないから残念なことになってしまう。一緒に楽しく体験して、ちゃんとつながる。そういうメリットが、この本にはありますよね。

——「忙しい」などと言いわけをして、子どもの話を聞けないのは、大人の人間の「ざんねん」なところ…。動物たちから笑われそうです。先生の息子さんは同じく動物学者になられていますが、どのようにコミュニケーションをとっていたのでしょう。

今泉:山や川に連れていって遊んでいましたね。どうしろ、こうしろ、とはひと言も言いません。自分で考えさせ、やりたいことをやらせるといい。命に関わることは、「危ないよ」くらい言ってあげてもいいね。大したことないときは、何も言わない。そうすると子どもは「びっくりした」とか「危なかった」とか体験しますから。「好きなことをやるんだよ」と伝えて、子どもが好きなものを見つけたら、応援してあげられるといいですね。

——子どもたちは好奇心のおもむくままに動いて。たまには親の言うことも聞いてもらって…(笑)。

今泉:大人の味方がいないと、子どもはひとりではやっていけません。今の時代はとくに情報と物があふれているので、話し合いに乗ってあげないと、なかなかうまくいかないでしょうね。しばらくスネをかじらせるしかない(笑)。

 もし子どもが動物学者になりたいと言ったら…そんなに儲からないから「貧乏になりたいの?」なんて言う人もいるけど、好きなら、やらせてあげたらいいと、僕は思います。

この本で、相手を尊重することを学んでほしい

——今は好きなことを伸ばす時代だと言われていて、好きなことをやりたい子どもにとってはしあわせなことなのかもしれません。先生は今の子どもたちをどのように見ていますか?

今泉:フィールドワークに参加するような子は、ユニークな人が多いんです。だけどね、話を聞いてみると、学校では孤立している。変わっているから、ひとりで山のほうへ来るのかもしれない。子どもはもっともっと好きなことをやっていいんですが、「人の話をよく聞く」「相手を認める」というルールを守れるといいですね。

「カエルが卵を産んでいたよ」と言われて、「僕はカブトムシの幼虫を見つけた」と自分の主張ばかりしていたら、噛み合わない。カエルの卵が産まれたと聞いたら、まず話を聞いて、「捕まえておたまじゃくしにしよう」「まずは水が必要だね」などと話を発展できれば、その中に一つの真理を見つけることができる。そうなったときに初めて、自分の好きなことを勝手にやるっていうのが、大事になってくるのです。

 ただ主張するだけでは孤立するし、社会が成り立たない。主張しながらも、お互いの話を聞いて、認めて、話し合う。そういう人がいっぱいいれば、それは楽しい社会になると思いますよ。

——この本をきっかけに生き物に興味を持って、話し合いの場を持てる子どもが増えれば、みんなが楽しめる社会に近づくかもしれません。

今泉:この本をテーマに、クラスで話し合ったお子さんがいました。お互いに面白かった生き物を挙げて、認め合い、意見を言い合ったようですよ。この本が出てから、人の意見をつぶさないで、相手を尊重する風潮が、子どもたちのなかに少しずつ生まれているのかなと思っています。

今泉忠明氏

第4回「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」が開催へ

——「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」では現在、子どもたちからの投票を募集しています。先生は第1回から授賞式に出られて、子どもプレゼンターから表彰されていました。

今泉:僕は監修者ですから、ああいうのは作品を書いている人が表彰されるものだと思っていたんです。初めてのことだから、それはもうびっくりしました(笑)。お子さんたちは僕が書いていると思っているかもしれないけど。

——子どもから選ばれるというのは、やはり嬉しいことでしょうか。過去3回の総選挙では、累計で約53万人の小学生が投票に参加し、子どもたち自身が児童書のムーブメントを起こしているとか。

今泉:最初はそんなに売れないと思っていたので、子どもたちが読んでくれているとわかってから、だんだん楽しくなってきました。それでね、ちゃんと読者ハガキを自分で楽しく書いている。それが衝撃でした。読み書きが苦手な子が増えているそうですが、この本で、読み書きができる子たちが育ったと思っているんです。

——総選挙では子どもたちに「本と出会う喜び」を伝えていますが、先生にとって本と出会う喜びとは?

 僕の子どもの頃はテレビのない時代だったから、シャーロック・ホームズの本なんかを読むと、見たこともないロンドンの街並みを想像するんです。それが楽しかったですね。想像が広がって、夢を持つことができる。さらに、世の中のすべてを自分で経験するわけにはいかないから、本を読んで知識を広げるんです。それが正しいかどうかは、後で判定すればいい。

——知識量が増え、夢を持つことで、さまざまな可能性が広がっていくのが目に浮かぶようです。

今泉:南米大陸のアマゾンの本を読んだりすると「一度は行ってみたい」と想像しますよね。最近、アマゾンの密林で遭難した子ども4人が生き延びたというニュースがありましたが、子どものときに読んだ本と実際に見た光景を一体化させると、知識はより深くなり、本物になります。「知りたい」気持ちは、知識を広げる上で大事なことです。

——『ざんねんないきもの事典』でも、本を読んでから動物園に行ったりクイズを出したりすることで、「本+体験」の組み合わせで、本物の知識を得ることができそうです。

今泉:今のお子さんたちは、大人に向かって「こんなこと知ってる?」ってクイズを出すそうですよ。でね、答えがわからないと喜ぶんです。「大人より自分のほうがよく知ってる」って。親が困っていると、「それはね…」って説明してくれるそうです。

「本を読むと知識が増える」ことがなんとなくわかってくると、もっと一生懸命読むようになる。「読みなさい」と言われたわけではなく、自分の意志で読むのがいいんです。この本は、お子さんが自分で楽しく読んでくれますから。そういうお子さんは本が好きなので、読書好きな子が100万人以上(当シリーズは累計500万部以上発行)いるとしたら、これは革命です。

 シリーズの1冊目は2016年に刊行されたから、当時10歳の子が読んでいたとしたら、今年で18歳の成人。いつか読者の中から総理大臣が出るかもしれない。そういう夢を持つのも楽しいですね(笑)。

小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙

第4回「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」の詳しい情報はこちら
※投票の締切は2023年9月8日(金)

『ざんねんないきもの事典』シリーズ 全8冊
高橋書店
監修:今泉忠明、イラスト:下間文恵

https://www.takahashishoten.co.jp/zannen/