コミュ力最強の陽キャ女子にも悩みあり。金原ひとみの青春小説『腹を空かせた勇者ども』【書評】

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/13

腹を空かせた勇者ども
腹を空かせた勇者ども』(金原ひとみ/河出書房新社)

 文学賞について、歯がゆく思うことが度々ある。例えば、ある小説家が芥川賞を獲ると、その作品は度々映画化され、彼/彼女の代表作と見做される。だが、その作家のピークとなる小説はそれじゃないよ!と口を挿みたくなることは少なくない。金原ひとみもそのケースで、芥川賞を受賞して映画にもなった『蛇にピアス』以降も、同作を超えるクオリティの小説をコンスタントに量産している。むしろ、受賞後のほうがその筆致は凄みと鋭さを増し、20年近く無双モードが続いているとすら思えるほどだ。

 そんな金原の『腹を空かせた勇者ども』(河出書房新社)は、天真爛漫で天衣無縫な女子中学生や女子高校生を描いた青春小説だ。主要人物はどちらかといえばリア充のグループであり、スクールカーストでいえば上から2番目くらいだろうか。主人公の玲奈は、能天気で物おじせず感情的になりやすい性格。友人にはその饒舌さゆえから「コミュ力モンスター」と呼ばれている。

 彼女らの会話は、若者言葉を見事に使いこなしている。金原氏は綿密にリサーチしたのか、「それな」「とりま」「ハードモード」といった今どきの若者の(ネット)スラングが自然にちりばめられている。更に、句読点を意図的に少なくしただろう会話文もテンポが良く、コロナ禍でのやるせなさを、〈コロナってまじなんなの私たちのことこんな気持ちにさせるってまじ何者そんなことあっていいのちょいえぐすぎん?〉といった具合に表現する。少なくとも、これまでの金原氏の小説の主人公には有り得なかった語り口だろう。

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 また、ディスコードやスナップチャットといったアプリを使いこなす彼女らは、いかにもデジタル・ネイティヴなZ世代らしい。玲奈の母が位置情報共有アプリのゼンリーを使って、娘の行動の履歴をマメに確認するところも今どきだなあと思う(ゼンリーは今年2月にサービスが終了したが、後続のアプリが人気を競い合っている)。

 書名の意味するところは、成長期で常にお腹が減っていて、鶏のから揚げやポテトやピザやタコスをすごい勢いで食べ散らかす中高生たちをイメージし、つけられたのだろう。マックやスタバで延々恋バナの相談に乗ったり、K-POPのスターに皆で夢中になったり、他校の生徒とバスケのスリー・オン・スリーをしたり。その刹那的な輝きは読んでいて眩しくなるほどだ。

 そんな玲奈の母親は、家事や仕事を完璧にやり遂げたうえで、夫公認で不倫を続けている。何日も家を空けることが多く、玲奈はその状況をギリギリで受け入れている。母は、玲奈がもちかけた恋愛相談に、一分の隙もないロジックで彼女をやりこめる。これまでの金原氏の作品なら、旧弊に縛られず、自由奔放に恋愛を謳歌し、世間一般のモラルや価値観をものともしない、そんな母が主人公だったはずだ。

 学生時代、不登校でアルバイトも続かなかったという金原氏だが、本書で描かれる青春は、本人の実体験とほぼ真逆にある。つまり、本書の内容は、金原氏の想像や妄想をフル稼働させた結果でもあるはず。換言すれば、本書は氏にとっての「有り得たかもしれないもうひとつの世界線」だったのではないか。自分の周りではまったく起きなかったけれど、こんな青春があったらよかったな、という金原氏の願望が結晶化した、とでも言えばいいか。

 女子生徒たちの物語にギアが入るのは、玲奈が友達とバンドを組むあたりだ。玲奈は親に内緒でバスケ部を辞め、文化祭でのライヴに向けてベースの練習に励む。玲奈本人によれば、勉強でも部活でもここまで集中して何かを完遂したことはないという。

 そして、文化祭当日。玲奈が周囲のメンバーに後れを取りながらも、必死で窮状を切り抜けるライヴのシーンが、本書のハイライトだ。映画『リンダ リンダ リンダ』はもちろん、『けいおん!』や『ぼっち・ざ・ろっく』に感涙した人ならば、このシーンを読むためだけに本書を手に取っても損はないに違いない。

文=土佐有明