「台詞を忘れたり噛んだりするキャラクターを、ものすごく稽古して演じている」佐藤二朗『心のおもらし』刊行をうけて、漏らしてくれた本音<インタビュー>

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/18

佐藤二朗さん

 俳優であり、脚本家であり、映画監督である佐藤二朗が、自著『心のおもらし』(朝日新聞出版)を上梓した。SNSやバラエティでは冗談を飛ばし、芝居では時に凄みのある演技を見せる佐藤さん。どこにいても、なんだか気になる存在だ。

 本書によれば、佐藤さんは自称「精神年齢8歳」であるらしい。その証拠に(?)、文中には近所の小学生と変わらないペースで「ウンコ」という文字が登場する。いったい彼の頭の中はどうなっているのか? 心から漏れ出す言葉をノープランで綴ったという著書について、話を聞いた。

(取材・文=吉田あき 撮影=後藤利江)

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佐藤二朗さん

●「駄文」の理由

——『心のおもらし』のコラムを「駄文」と表現されています。書いたものがボツになるようなことはありましたか?

佐藤二朗(以下、佐藤):それはないです。ウンコの話を含め、担当編集さんから怒られたことは一度も。ただネタとして、担当は怒って反対しているのに佐藤二朗が勝手に書いちゃった…ということになれば、「AERA dot.」さんも載せやすいかなと思って。

 担当編集さんも、政治や時事問題のコラムはもちろん必要だけど、それは他に書いてくださる方々がいるから、“ひと笑いして明日もぼちぼち頑張ってみるか”と思えるコラムがあってもいいな、ということで僕にオファーしたらしいですよ。

——むしろ、ちょっとふざけたくらいのほうが良かったと。

佐藤:それは聞いてませんけどね。いつも「面白かったです」みたいな感想とともに、タイトルをつけて返してくれました。ありがたいですね、好きにさせてもらえて。

——書きためたコラムは約5年分。わりと長い月日だったのでは。

佐藤:まあ、振り返ってみると。いつの間にか経っていたような感じですけど。

——年齢を重ねて熟す俳優業のように、コラムを書き続けることで変化したことはありますか?

佐藤:最初の頃は「多少なりとも学びや提案を入れたほうがいいんじゃないか」と考えていたけど、徐々に「まあいいか」となって、途中からはノープラン。ひと笑いしてもらうのが「AERA dot.」における僕の存在意義であるならばと、既成概念にとらわれず自由に書くようにしていました。

 大好きな作家、筒井康隆さんの影響は大きいかもしれませんね。『笑犬樓よりの眺望』というエッセイが、ものすごく自由で面白い。縛りがないところで表現するのは簡単なことではないから、自由に書いたなんていうと、おこがましいですけど。

——読んでいる側も、その自由さが面白かったです。

佐藤:「あくまで俺は人間であり、ウンコではない」っていうタイトルがYahoo!ニュースに載って全国で読まれるんですから(笑)。まったくそれでいい。担当編集さんも楽しみながらタイトルをつけてくれているのかなと。

——文字数稼ぎをしている、なんていう文章もありましたが、自由の中にも、決められたルールはあったのでしょうか。

佐藤:とくにありませんけど、さすがに5文字で終わったら怒られると思いますよ(笑)。僕なりのルールとしては、人を傷つけるようなことを言わないこと。これはSNSでも同じです。

佐藤二朗さん

●いかにパスを受け取って結果を残すか

——このコラムを執筆された40代後半から50代前半というと、世の中の人たちにとっても、仕事で昇進があったり、上司としてつまずきがあったり、いろいろある時期なのではないかと思います。佐藤さんにとってはどんな5年間でしたか?

佐藤:ありがたいことに、充実はしていましたね。30代前半くらいまでは、ドラマでも名前のない役が多く、「早く俺を見つけてくれよ」という想いで演劇ユニット「ちからわざ」のコントを書いてました。最近は、笑いがひとつもないような出演作もあったし、監督作品の2作目も公開できて、幅が広がった5年間だったと思います。

——『さがす』や『はるヲうるひと』は、今までにない佐藤さんの演技を観られる作品でした。

佐藤:多様な演技を見てもらえるようになったのも、ありがたいことにこの5年間で起きたことですね。『勇者ヨシヒコ』の仏役を演じている頃は、台詞を忘れたり噛んだりするキャラクターをものすごく稽古して演じているのに、「佐藤二朗の台詞だけ全部アドリブなんじゃないか」「喋れない役者なんじゃないか」と言われてました(笑)。

 でも、それはそれでしめたものだと。役者としては、福田雄一というコミカルな演出をする監督にとことん寄り添いたい。言葉は悪いけど、観る人を騙すつもりで思い切って表現したのが、仏という役でした。

——誰かの手のひらの中で転がされる楽しさもわかってきた、というエピソードもありました。

佐藤:『鎌倉殿の13人』のときに書いたのかな。僕の役が死ぬシーンなのに、リハーサルでヤジュさん(坂東彌十郎)や小栗(旬)、(山本)耕史くんが、一生懸命アイデアを出してくれるんですよ。コラムでは“死にゆく比企能員への弔いに思えた”なんてかっこよさげに書いてますけど。

 サッカーにたとえると、自分でドリブルをして強引にゴールを決める素養も時には必要だけど、周りとパスを受け渡して、誰かがゴールを決めるほうが楽しい。あのシーンでは、まさに、俺一人では登れない高みにみんなが引っ張り上げてくれました。

 20代の頃は、自分でゴールを決める能力こそ俳優に必要なものだと思っていたんです。でも、当時所属していた劇団「自転車キンクリート」の鈴木裕美さんが、「それだけではダメになる」と教えてくださって。怖いから「はいはい」なんて言ってましたけど、どの世界でも、上司や先輩から注意されて「はいはい」と言っているうちは身につきませんね(笑)。

 30代前半から40代になって、ふと、自分がやりたいことは全部忘れてしまってもいいから、相手役の演技、演出家の言葉、衣装や持ち道具、そういう全体の空気の中でセッションをして、お互いに影響を与えつつ高まっていくのが単純に楽しいし、作品のためにもなるんじゃないか、と思えたんですね。裕美さんから言われた言葉がやっと腑に落ちました。

 売れることに必死なときもあったけど、いい暮らしをしたいとか、そういう気持ちはまったくないんです。周りから「どこで金を使ってるんだ」って言われるほど、いつもジャージですから(笑)。

「売れたい」のは、たくさん芝居をする機会がほしいから。芝居が大好きだからこそ、20代の頃は売れたくて、なんとか自分の力でゴールを決めようとしていた。最近はありがたいことに出演作に恵まれ、優秀なスタッフや俳優とパスを投げ合ってセッションをするのが楽しいですね。

——今は、監督作品の3作目を準備されているところだとか。

佐藤:どんな仕事もそうだと思うけど、止まってしまうと本当に止まっちゃうから。与えられた役で幅を広げてもらいつつ、書きたいものは脚本に書いて、これからも止まらないで進もうとは思っていますね。

佐藤二朗さん

●ネタって言っちゃう自分が嫌(笑)

——コラムのネタかもしれませんが、先輩や後輩からよく「怒られる」とか。これも、年齢を経て受け入れられるようになった、なんてことはあるのでしょうか。

佐藤:いやいや、怒られるのはやっぱり嫌ですよ(笑)。逆に褒められるのは大好きだし、それはみなさんと同じ。ただ、ここはちょっとオーバーに書きました。妻には本気で怒られますけど、(山田)孝之からは、怒られたというより苦笑されたというのが近い。この年になると怒られることが少なくなるから、怒られるのはいい友だちが多いってことじゃないですか?

——はい。まさに、福田雄一監督や山田孝之さん、安田顕さんなど、長く付き合っていらっしゃる方が多い印象で。

佐藤:そう。だから、親身になってもらえるのは嬉しいです。

——耳は痛いけれど、今でも糧になっているような「怒られた経験」はありますか?

佐藤:ありますあります。今の事務所に入ったばかりで、テレ東の『闇の脅迫者 江戸川乱歩の『陰獣』より』(2001年放送)というドラマに出たとき、妻が俺の芝居を見て、「キミ、このままだと映像で食っていけないと思うよ」と、裕美さんと同じことを言ったんです。翌日も同じことを言われて喧嘩になり、それから俺の芝居に何も言わなくなりましたけど。その言葉は今でもよく覚えています。

 偶然同じことを2人から言われたことが糧になり、40代になってから自分で気づくことができた。あのとき叱ってもらって良かったと今は思います。

——SNSやバラエティでは面白く、最近はシリアスな役も多い。佐藤さんって本当はどんな人だろうと、興味深く見ている人は多いと思います。

佐藤:そうですか? ほとんどの人が「ふざけたことばかり言う、ただの面白おじさん」だと思ってるんじゃないかな~。いや、ほんとに。まったくそのままでいいんですけど。

——いちばんの理解者である奥様は、佐藤さんをどんな人だと思っているのでしょう。

佐藤:それは、『情熱大陸』(TBS系)で妻が言ってました。「あの人は頭の中がお花畑ですから」と。すべてはこの言葉に象徴されています。精神年齢が低いのも、俳優を続けられているのも、書きたいことを貪欲に書くのも、頭の中がお花畑だから、じゃないですかね。妻はそう言っていました。

——これからも自称「精神年齢8歳」を貫きますか?

佐藤:精神年齢の低さをいかに続けられるかが大事だと思っています。ただ、ネタとしては、「今年こそ飛躍的に上げる」と言いながら、3つしか上がらないとか、逆に2つ下がっているほうが面白い。「ネタ」って言っちゃう自分が嫌なんだけどね(笑)。

スタイリスト:鬼塚美代子(アンジュ)
ヘアメイク:今野亜季(A.m Lab)
カメラマン:後藤利江

佐藤二朗さん