「稲葉浩志は常に音楽の匂いを纏っている」作品集『シアン』を撮影したふたりのフォトグラファー・平野タカシと中野敬久が語った“被写体”としての魅力
更新日:2023/7/26
日本を代表するアーティストで、B’zのボーカルであり作詞を手掛ける稲葉浩志。彼の初の著書であり作品集『シアン』がこのほど発売された。
本書はデビューから35年目を迎えるまでに生み出された400以上の楽曲にフォーカスし、その作品性やコンテクストを15時間以上にわたるインタビューから紐解いている。
完全予約受注生産の特装版には、稲葉浩志を約20年にわたって撮影しているフォトグラファーのひとりである中野敬久氏と、数々のアーティストや広告撮影を手掛ける平野タカシ氏によるPHOTO BOOKも収録。離島や街中、プリンディングファクトリーを舞台に撮影し、約5000枚を超える写真の中から選んだ、珠玉のカットのみで構成されている。
本記事では撮影を担当した平野氏と中野氏の対談を実施。稲葉浩志と初めて出会った当時のエピソードや写真に込めた想い、そしてフィルター越しに見る稲葉氏の魅力を訊いた。
(取材・文=金沢俊吾・鳥羽竜世)
プロフェッショナルとしての所作
——まず、おふたりが稲葉さんと仕事するようになったきっかけを教えてください。
中野:僕は『B’z The Best “Pleasure II”』と『B’z The Best “ULTRA Treasure”』の撮影でご一緒したのが最初です。それから、B’z、稲葉さんのソロ、INABA/SALASといったプロジェクトを20年程撮らせていただいています。
平野:僕は、ここ20年くらい現場でご一緒することがなかったんです。それで今回『シアン』の撮影で再会することになりました。
——稲葉さんと初めて会った当時の印象は覚えていますか?
平野:お会いする前に「オーラがある人だろうな」と想像していたのですが、音楽を発信している方なのでオーラがないわけでは決してないんですけど、かといって近寄り難いだとかそういう人ではないんですよ。
中野:ライブに立ち会ったりすると、身体も作り上げていらっしゃるので「臨戦態勢!」って感じなんです。それをオーラという言葉で括ってしまうと失礼ですけど、プロフェッショナルとしての所作を感じます。
アントニオ猪木さんの訃報が生んだキービジュアル
——今回の『シアン』では、平野さんは「word」というテーマでカッコいい姿を。中野さんは「think」というテーマで自然体な稲葉さんを撮影していると聞きました。そのテーマに沿うために、何か準備はされましたか?
平野:時間も限られていたので、稲葉さんが現場に入ったらすぐに撮影できるようなシチュエーションを事前にバンバン作っておきました。稲葉さんがそれに合わせて魅せてくれる表情を撮っていきました。
——準備したものが上手く反映されたと思うカットがあれば教えてください。
平野:撮影1週間くらい前に、アントニオ猪木さんが亡くなられたのですが、稲葉さんが猪木さんのことをすごく好きだと聞いていたんです。僕も猪木さん世代で思うところがあったので、稲葉さんとそういう話をしたわけではないんですけど、1カットだけ、時間的な記録として赤色をひとつ差してみようと思いました。結果として、それがキービジュアルになったんです。
——平野さんは20年ぶりに稲葉さんと再会されて、いかがでしたか?
平野:すごく感動したのが、廊下を歩いているときに「20年ぶりに僕たちがこうやって会えるってことは、すごく素晴しいことだよね」って稲葉さんが言ってくれたんです。ご本人は20年後も活動していることは分かっているけど、僕なんかそのときに生き残っているかわからない状況なので。時間の経過を言葉にしてくれたっていうのは、すごく心に残りました。
——中野さんは事前に何か準備をされたりしましたか?
中野:もちろん、みなさんと一緒にロケハン等をしました。実は今回のロケハンで雨が降ってしまって、撮影場所の離島まで行けなかったんですよ。
——ロケハンに行けない場合はどうするんですか……?
中野:ロケハンなしで本番ですね。撮影場所の猿島で撮影したことがあったので、ある程度のシミュレーションは頭の中で出来ていました。『シアン』撮影当日はギリギリ大丈夫で、雨も降らなかったのでよかったです(笑)。以前ソロの撮影で、ご本人が来た瞬間に雨が降ってきたんです。撮影終盤に雨が弱まってきて、稲葉さんが「ほら、止んできた!」と言われたのですが、もう撮影が終わるタイミングで(笑)。
カメラ越しに稲葉さんの感情が入り込む
——撮影中に平野さんがアイディアを思いついたという、稲葉さんがフロアに寝そべるカットも素敵です。
中野:このカットはすごく平野さんっぽいなと思いました。僕には思いつかない撮り方です。平野さんがカッコよく撮る分、僕はラフな感じで撮りたいなと思いました。
平野:中野さんと組めるっていうのは、僕的にも意識した部分です。中野さんの写真に憧れている部分はもちろんあるし、稲葉さん、中野さんに失礼なことをしたくないという想いもありました。だからいい意味で緊張感のある現場になって、いい味が出たのかなと思います。
——緊張感のある現場だったんですね。
平野:僕は撮影していない長い空白期間がありましたから。でも撮影自体は、すごくスムーズだったと思います。目で見ている以上にカメラ越しだと目が合うので、その分、稲葉さんの感情が僕に入り込むような感覚でした。
——『シアン』に掲載されている写真は魅力的なものが多いので、稲葉さんと通じ合えている感じがします。
平野:中野くんのおかげですね(笑)。彼は年下だけど大好きだし、憧れているカメラマンの一人です。写真の味付けは全く違うんですけど、だからこそ僕のできないことができるっていう憧れがある。以前、中野くんとお酒を飲む機会があったので「好きやで」ってリスペクトしていて、今回『シアン』で一緒になって、稲葉さんがいてっていう座組は、僕の中ではすごくドラマチックだったので、その分写真にも表れていると思います。
音楽の匂いを常に纏っている
——被写体としての稲葉さんの魅力は、どんな部分に感じますか?
平野:身体のパーツだとかではないんですけど、稲葉さんには「匂い」があるんですよ。匂いが変わる瞬間にシャッターを思わず押してしまうんです。人としての魅力がそこに在る感じですよね。
——平野さんは、人間の本質的な魅力を見てお仕事をされているなと、お話を伺っていて思いました。
平野:僕、空っぽなんですよ。だから、いつも人から何かをもらってるんです(笑)。
中野:良いところを吸収していくってことですよね。
——稲葉さんは造形的な魅力があると思います。撮影していてその辺りはどう感じますか?
中野:僕がいつも気にしているのは目ですね。優しい目もあるし、力強い目もある。稲葉さんの、造形の中心にあるのが目というか。
平野:目はすごいですよね。稲葉さんと10秒も目を合わせられないでしょ?綺麗な顔をしていますけど、その前も10年後も美しいと思うんですよね。
——中野さんが思う稲葉さんの魅力も教えてください。
中野:音楽の匂いを常に纏っているところでしょうか。アーティスト写真はもちろん、カジュアルな写真でも必ず音楽の匂いがする。『ディーン、君がいた瞬間(とき)』で俳優のジェームズ・ディーンが雨の中で肩をすくめている写真があるんですけど、それともリンクするような。
——ありがとうございます。最後に、読者に向けておふたりの思う『シアン』の楽しみ方を教えてください。
平野:アーティストって、手や影だけでも画になるんですよね。敢えてそのような写真を組み合わせながら書籍を作っていけるというのは色々想像を掻き立てるかもしれない。僕もそうだし中野くんも一所懸命その辺りを考えて撮影しているので、背景を考えながら見てみると面白いと思います。仕事としてやっているんですけど、それ以上の想いもやっぱりあるので。
中野:『シアン』は歌詞が中心なので、歌詞と写真を見ながら楽しんでもらいたいです。稲葉さんが作詞をするために使っていたノートの写真が載っているのですが、B’zが30周年の時に開催した、B’z 30th Year Exhibition “SCENES” 1988-2018に現物が展示されていたんですよ。たしか松本さんに「稲葉早く歌詞を上げろ」的なことが書かれていたりして(笑)。『シアン』を読んでみて、ストイックに歌詞に向き合っているだけではない稲葉さんの姿を垣間見ることができると思いますし、そこから何かに繋がる面白さがあるんじゃないかなと感じています。
——その辺りを感じた上で『シアン』を読んで楽曲を聴くと、また印象が変わりそうですね。本日はありがとうございました。
中野&平野:ありがとうございました!