「こんなに面白いことをやらずに死ぬわけにはいかない」──レンタルなんもしない人が人間レンタル業を始めた理由《インタビュー》
更新日:2023/7/28
「なんもしない人(僕)を貸し出します。(中略)飲み食いと、ごく簡単なうけこたえ以外、なんもできかねます」
レンタルなんもしない人(以下、レンタルさん)が、人間レンタル業を始めてから早5年。受けた依頼やTwitterでのつぶやきをまとめた著書「レンタルなんもしない人のなんもしなかった話」シリーズも、3冊目となった。新刊『レンタルなんもしない人の“やっぱり”なんもしなかった話』(晶文社)は、コロナ禍がまだまだ続く2022年の出来事を一冊に。デジタルパネルスタンドが付いたNFT特装版も、同時発売されている。
発売を記念して、レンタルさんに「なんもしない」ことの面白さ、人間レンタル業に対する思いを伺った。
取材・文=野本由起 撮影=島本絵梨佳
依頼を詰め込めすぎるのも良くない。人間レンタル業6年目の変化
──このたび発売された『レンタルなんもしない人の“やっぱり”なんもしなかった話』は、シリーズ第3弾にあたります。第1弾はサービスを始めた2018~19年のこと、第2弾は2020年はじめまでの依頼やつぶやきがまとめられていましたが、今回は2022年の出来事に絞っているんですね。
レンタルなんもしない人さん(以下、レンタル):全部盛り込むとボリュームが出すぎるので、2020年後半から21年を丸ごと飛ばして2022年のことに絞りました。
──2022年という1年間は、レンタルさんにとってどんな年でしたか?
レンタル:2020年、21年、22年はコロナ禍だったので、記憶がごっちゃになっていて。2022年がどうだったかは覚えていないですね。この3年間は、全部まとめて1年みたいな感じでした。
──レンタルさんへの依頼も、コロナ禍の間は少なかったのではないでしょうか。
レンタル:そうですね。新型コロナウイルスが流行りはじめた頃や感染者数が増えた頃は、みんな依頼しづらい状況でしたし、自分も募集しづらかったです。緊急事態宣言が発令された時は、外出を伴う依頼の受付をストップしていました。
今も名残でマスクをしたり、アルコール消毒をしたりしていますが、依頼自体は元の状態に戻った感じです。
──最近になって、これまで1万円だった依頼料を3万円にしましたよね。そこにはどんな思いがあったのでしょうか。
レンタル:「こうだから」というひとつの理由ではなく、いろんな思いがあり、3万円に上げたいという気分になったので値上げしました。3万円に上げたらどういう変化があるかなっていう興味が一番大きいですかね。あとは、自分の時間をちょっと取りたくなったというのも理由のひとつです。
──まだ値上げしたばかりですが、3万円にしたことで何か変化はありますか?
レンタル:DM(Twitterのダイレクトメッセージ)で来る依頼の量は激減して、忙しさはめちゃくちゃ減りました。小さいことで言うと、今までは髪を切りに行く時も「この日はもしかしたら依頼が入るかもな」と考えて、美容院の予約を入れづらかったんです。でも、3万円にしてからはそこまで依頼が来ないので、「ここに入れても大丈夫だ」と予約しやすくなりました(笑)。自分の用事、家族の用事を入れやすくなったというのはひとつの変化ですね。
今までは、この仕事を四六時中やっておきたいという気持ちがとても強かったのですが、最近それはあんまり良いことではないなと感じはじめていたんです。今はだいぶ楽になっています。
──「この仕事を四六時中やっていたい」というのは、なんもしたくないということでしょうか。それとも、依頼を受けるのが楽しいからでしょうか。
レンタル:なんもしたくないというのは建前ですね。依頼を受けていろんな場所に行って、なんもしないけど、いろんな人や話に触れたいと思っています。
──でも、あまりやりすぎるのも良くないと思いはじめたのはなぜでしょう。「なんもしない疲れ」を感じているのでしょうか。
レンタル:僕の場合、一時的な関係で初対面の人と会うのはあまり疲れないほうです。重い話や悲しい話を聞かされても、気持ちが引っ張られることもほとんどないですね。ただ、自分ではそう思っていても、数が多いのでジャブをいっぱい食らうような感じでダメージが溜まっているんじゃないかと人から言われたことがあって。自分では気づかなくても、その累積で体調を崩すこともあり得ると言われ、確かに年末になると毎年体調を崩しているなと思いました。
そういうのもあって、依頼を詰め込めすぎるのは良くないなと思いはじめたんです。自分の時間をつくって、メンタルを回復させる時間を取ったほうがいいのかな、と。
あと、これも最近聞いた話ですが、よく「徳を積む」って言いますよね。人助けをするようなイメージがありますが、自分を回復させるのも徳なんだと言われたことがあって。自分の体調が悪くてボロボロになったら人に迷惑がかかるし、機嫌が悪ければ嫌な気分を与えますよね。自分の体調やメンタルを整えるのも徳を積むことだと聞いて、その辺をおろそかにしていたなと思いました。それもあって、自分の時間を取って回復に努めるようにしています。
──「自分の時間」には何をすることが多いですか?
レンタル:具体的なこれというものはないのですが、最近だったら瞑想をしたり、鼻うがいをしたり(笑)。瞑想は20代後半から興味をもってちょいちょいやりはじめて、30代に入った頃から習慣化していきました。
──やっぱり気持ちが落ち着く感じがしますか?
レンタル:頭がざわついているのが収まりますね。瞑想は良いことしかないです。悪いことは何もないですね。
瞑想と鼻うがいも関連していて、最近「鼻うがいをしないと瞑想する意味がない」と聞いたんです。というのも、鼻うがいをするとわかるんですけど、口と鼻をつなぐパイプみたいなところがスッと通って鼻呼吸の質が良くなるんです。瞑想は呼吸に意識を向けるので、呼吸が滞ったり、質が悪かったりするとあまり効果がないんですよね。だから、瞑想する前に鼻うがいをしています。……って、こんな話してていいんでしょうか(笑)。
似たような依頼に見えても、場所も人も依頼の理由も全部違う
──「レンタルなんもしない人」を始めて、そろそろ5年が経ちます。人間レンタル業にもすっかり慣れましたよね。
レンタル:慣れてきてしまいましたね。慣れるのがいいことではないと思うんですけど、どうしても慣れちゃうかなと。
──レンタルなんもしない人と普段の森本さんは、人格も違うのでしょうか。依頼者と会う時はスイッチが入るのですか?
レンタル:人格は違わないのですが、意識や立場が違います。「なんもしない人」だと頭に入れた立場とそうではない立場で、結果的に行動も変わってきます。
──「なんもしない人」を求める依頼者は、とてもたくさんいらっしゃいます。サービスを始めた当初から、こんなに求められると思っていましたか?
レンタル:いえ、想定していませんでした。ただ、「うまくいかないだろうな」というネガティブな想定もしていなかったです。あまり考えずに「どうなるんだろう」っていう感じで始めました。
──こんなに楽しいというのは想像していましたか?
レンタル:「レンタルなんもしない人」を思いついた時、頭に浮かんだ映像はめっちゃ面白いと思いました。「こんなに面白いことをやらずに死ぬわけにはいかない」という気持ちで、速攻でTwitterアカウントのプロフィールをそれ用に書き換えたり、奥さんにプロフィール写真を撮ってもらったりしました。思いついた瞬間、動きはじめていましたね。「絶対面白いはずだ」みたいな気持ちはあったので、今の楽しさは予想していたかもしれない。
──今回発売された本の中でも、ひとりでは行きづらい場所に同行したり、話を聞いたり、何かを一緒に食べたりと、さまざまな依頼が舞い込んでいます。この本に収められている中で、ご自身が楽しいと感じた依頼、「これは意外なことになったな」という依頼はありますか?
レンタル:具体的に、これというものはありません。よく「一番面白かった依頼はなんですか」という質問を受けますが、面白い依頼と面白くない依頼があるという前提がズレてるというか。そういう区別はなく、嫌なことがなければ全部楽しい。
意外な面白さっていうのもないですね。前に似たような依頼を受けたことがあったとしても、人が違えば意外なことが絶対あります。毎回、行ってみないと感じられない何かしらの要素がありますね。だから、「これ」とどれかひとつをピックアップする頭にならないんです。
──「テーマパークに同行する」「一緒に何かを食べる」というパターン化された依頼に見えても、ひとつひとつがすべて違うんですね。
レンタル:そうですね。カテゴリー化すると同じような依頼に見えるかもしれませんけど、場所も違うし、人も違うし、依頼の理由もそれぞれ微妙に違うので。どの依頼も、全然味が違いますね。味の違うものを常に摂取している感じがします。
──「なんもしない人」と言いつつ、なんかしてしまいそうな時はありませんか?
レンタル:「なんかする」と「なんもしない」の線引きが、はっきりしているわけではなくて。僕は「なんもしない人」を名乗り、飲み食いと簡単な受け答え以外はなんもしませんとうたっています。それを理解した人が依頼をしてきて、「なんもしない」とうたっている自分がついていく。それが成立すれば、どれも「なんもしない」ことになるんじゃないかと思っています。
だから、客観的にはなんかしちゃってるように見えたとしても、僕としては「なんもしない」を発揮しているつもりです。例えば、ゲームセンターでエアホッケーを激しくやったり、バドミントンをしたり、なんかしてるように見えることはたくさんあるんですけど。でも、僕としてはその場に合わせてその時の気分、その場の自然な行動を取っていて、それが自分の中では「なんもしない」になっているという感じです。
無料がいいとは限らない。お金はちゃんと取ってあげるべき
──レンタルなんもしない人を続ける中で、何か変化はありますか? 本の中では、昔は塩対応だったけれど最近は穏やかな対応になったことを指して、「なんもしない人の成長」とつぶやいていましたが。
レンタル:それはネタツイートで、本当に成長したとは思っていません(笑)。一時的に優しい対応をしたかもしれないけど、きっとそのあと、またひどい対応をしているんじゃないでしょうか。その時々の気分に忠実であるというのは、今も昔も一貫していると思います。ただ、自分の機嫌が良い時は優しい対応が出やすいので、機嫌が良い確率は上がったのかもしれませんね。
最近は依頼料を3万円にしたので、自分の時間を取りやすくなっています。依頼が立て続けに来る状態だと、「もういいよ」「もう来なくていいから」みたいな気持ちになるんです。機嫌が悪いのとはまた違いますが、そういう時は塩対応になりがちかもしれませんね。依頼数の調整みたいな感じで、フィルタリングのために塩対応になることもあって。ただ、今は3万円にしたので、依頼が来たら大体うれしい(笑)。そんなに塩対応にはならないと思います。
──サービスを始めた当初は交通費と飲食費しか取らず、無料で依頼を受けていましたが、やっぱりお金をいただくって大事ですよね。
レンタル:そこも意識の変化があるかもしれませんね。最初の頃は「お金を取らないのは絶対にいいことだ」と思っていましたが、今では「お金はちゃんと取ってあげるべき」だと思うようになりました。「お金を取らないって罪なことだな」って。
──依頼する側も、無料だと「こんなことに付き合わせるのは申し訳ない」という気持ちになるかもしれません。でも、有料だと「お金を払ったし、まあいいか」と思えそうです。
レンタル:依頼者からは、めっちゃよく言われます。無料だと「ここまでついてきてもらって、時間を割いてもらって……」というモヤッとしたものを残してしまうみたいです。今は3万円なので、これだけ払って「申し訳ない」と思う人ってあまりいなそうですよね。3万円取る優しさだと思ってもらえれば(笑)。
──金額が上がっても、対応は変わりませんよね。本の中には、「回を重ねるごとにレンタルさんの『なんもしない』がどんどん雑になってる」と喜ばれたエピソードもありましたが、リピーターに対しては少し変化があるのでしょうか。
レンタル:3万円受け取る時と、金額を上乗せしてくれて6万円受け取る時では、気分はちょっと違うかもしれません(笑)。でも、提供するサービスの質が変わることはないと思います。リピーターへの対応も、常連さんからそう言われただけで自分ではよくわからないですね。
依頼とは違う話ですが、僕は時々イベントに呼ばれることがあって、その時に初めて僕に会う人とリピーターが半々ぐらいの割合なんです。そういうイベントで、僕とツーショットのチェキを撮る時には、リピーターへの対応が雑になりますね(笑)。前を向かずにスマホをいじりながら写真を撮ったりするので、その辺の違いは自分でもわかります。でも、依頼中の対応の違いは正直よくわからないんです。
──作中では、レンタルする際のハードルを下げたいという話も書かれていました。いろいろな人に利用してほしいという気持ちがあるのでしょうか。
レンタル:そうですね。なので、リピーターが嬉しくないわけではありませんが、リピートされたいという気持ちもあまりなくて。すでに依頼をしたことがあって、僕に依頼するハードルが低い人っていっぱいいると思うんです。そういう人たちでスケジュールを埋めてしまうと、新しく来る人が入れなくなりますよね。初めて依頼するのってハードルが高いと思うので、そこで断ってしまうとその人はもう依頼してこなくなるかもしれない。初めての人もリピーターも平等にしているつもりですけど、もしかしたらそういう意味で対応に差が出ているのかもしれないですね。
──この先、人間レンタル業をどう展開していきたいですか? 今後について何か考えていることはありますか。
レンタル:いや、特に「こうしたい」とかは考えてなくて。これまで通り、基本的なスタンスは変えずにやっていきたい。自分の意思はこのサービスにはあまり介入させず、依頼次第で動いていきたい。それを続けたほうが面白いだろうなと思っています。
──できる限り、レンタル業を続けたいという気持ちですか。
レンタル:何も嫌なことがないので、このまま続いていくと楽しいだろうなという気持ちはありますが、あんまり先のことは考えてないんです。……なんか曖昧な言い方ですけど、取材にトラウマがあって、不用意なことを言えないなと思っちゃって。「続けたい」とか言って、すごくやる気がみなぎっててモチベーション高く見えたらどうしようと思っちゃうんですよね(笑)。続いていったらそれはそれでいいですし、終わりたいと思えばその時は終わるんでしょうし。別にどっちでもいいけど、今のところ続いてもいいなっていう気持ちです。
──最後にお伺いしたいのですが、今回刊行された『レンタルなんもしない人の“やっぱり”なんもしなかった話』にはNFT特典が付いた特装版もあるそうです。こちらは、どういったものなのでしょうか。
レンタル:ARで遊べるデジタルスタンドパネルが付いてきます。パネルは3種類あって、「レンタル中」「行列に並ぶ」「一席を埋める」がセットになっています。これを使うと、レンタルなんもしない人が実際にそこにいるかのような写真が撮れます。駅にいるかのように見せたり、ラーメンの上に乗っけたり、いてはいけない場所にいたりする写真も撮れるんです。僕も、自分を線路に立たせて写真を撮ってみました。
一部では、デジタルスタンドパネルを使った大喜利みたいな面白い写真をSNSに投稿する遊びがにわかに盛り上がっています。どんどん悪用して話題になってほしいですね(笑)。