お酒を飲みすぎると記憶がなくなるのはなぜ? 最新の脳科学研究で解説する記憶のメカニズム

暮らし

公開日:2023/7/22

思い出せない脳
思い出せない脳』(澤田誠/講談社)

 ある人の話をしようと思ったのに、名前が出てこない。

 飲み会の翌日、一緒に飲んだ同僚から「昨日の話、面白かったよ」と言われたが、記憶がない。

 日常生活には、なぜだか思い出せないことがたくさんある。自分は物忘れがひどいのではないか、と不安を感じるときもあるだろう。「思い出せない」ときは脳で一体何が起こっているのか。それを教えてくれるのが『思い出せない脳』(澤田誠/講談社)だ。仕組みを知れば怖くない「物忘れ」のメカニズムについて簡単に紹介しよう。

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「飲みすぎて記憶がない!」のメカニズム

 飲み会の翌朝、目を覚ますとちゃんと布団に入っていた。けれど、どう帰宅したのか覚えていない。同僚が、こんな話をしながら歩いて帰ったと教えてくれたものの、なんだか自分のことじゃないみたい……。こんなことがあると、「お酒を飲みすぎて記憶を失った」と感じる。だが失ったのではなく、実はそもそも作られていないという。

 脳には、脳の働きを抑える物質がもともと備わっている。アルコールはその抑える力をさらに強めるそう。記憶は「海馬」という部分で作られるが、アルコールを摂りすぎると働きが極端に抑えられてしまうという。そのため、普段は無意識でできる「行動を記憶する」働きができなくなるのだ。それを「昨日のことを忘れてしまった」と感じているに過ぎない。

 アルコールのせいで、すぐ脳が壊れることはないが、飲みすぎのダメージが続くと、確実に影響を受ける。「記憶がない!」というお酒の飲み方はできるだけ控えめに。

「顔は分かるのに名前が出てこない!」のメカニズム

 取引先の人と道端でバッタリ。顔は分かる。でも、名前が出てこない。確か、どこどこ出身で、お酒好き、と情報は出てくるのに名前が思い出せない。なんとかやり過ごしたけど、名前が分からないことを悟られないかヒヤヒヤ……そんな経験はないだろうか。

 名前だけ思い出せない理由は、多くの場合、名前に対して感情が動いていないから。ただ脳は文字の羅列を覚えるのが苦手だそう。対して、出身地が近くて“うれしかった”、お酒に詳しくて“驚いた”、など会話によって感情が動いた情報は印象に残りやすい。これを「エピソード記憶」と呼ぶ。名前を思い出しやすくするには、エピソード記憶にしてしまうことがポイントだ。

 例えば、名字が好きなタレントと同じだったら覚えやすいはずだ。他にも、共通の趣味や出身地といった話した内容、外見の特徴などを、名前と関連付けると記憶に残りやすくなる。忘れたくない名前は、意識的にエピソード記憶をしてみよう。

「思い出せなかった名前があとから急に出てきた!」のメカニズム

 昼間どんなに頑張っても出てこなかった取引先の人の名前。別の用事に気を取られ、忘れて過ごしていたが、帰宅して布団に入り、目を閉じたところで「○○さんだ!」と突然思い出す。そして「なんで今ごろ?」と不思議に思ったこともあるだろう。

 名前は出てこない、なのに出身地などを思い出すのは、前述の通りエピソード記憶の働きによるもの。加えて、脳が「その情報はここにあるはず」と決めつけた場所ばかり探すという原因も考えられる。

 例えば、「この人の名前の頭文字は『さ』行だった気がする」と、思い込んで、延々「さ」行の名字を頭の中で巡らせていた。しかし、思い出してみたら田中さん。見当違いの決めつけをしてしまっていたということだ。

 不思議なことに探すのを止めると、「ここだ」と決めつけていた脳の活動も元に戻る。そのとき、実はすぐ近くにあった名前の情報に脳神経が繋がり、突然思い出したように感じるのだ。

 頑張って思い出すのは刺激となるため良いことだが、それによって脳が鍛えられることはない。思い出すよりも、覚え方を工夫する方が脳トレには良いそうだ。忘れたくないことは、喜んだり、驚いたりするなどしてエピソード記憶をするのがコツ。機械のように精密な脳。その脳にとって大切なのが「感情」というのは、なんとも面白い話だ。

 本書では各章の冒頭に、その章の予告編として、記憶をテーマにしたショートストーリーが掲載されている。講義中に居眠りしてしまう学生といった身近な設定から、宇宙人が語りかけてくるSFチックなものまで、短編小説のように楽しめる。それを読んで、続きが気になる章から読んでみるのもおすすめだ。

文=冴島友貴