「次マン」2022で1位獲得!フィギュアスケートの舞台で戦う”出遅れ組”の泥臭いサクセスストーリー『メダリスト』

マンガ

公開日:2023/7/27

メダリスト
メダリスト』(つるまいかだ/講談社)

「――人生ふたつぶん懸けて、叶えたい夢がある。」

 そんな熱の籠ったキャッチコピーを掲げる、月刊アフタヌーンで好評連載中の『メダリスト』(つるまいかだ/講談社)。本作は遅咲きながらも類稀なる才能で急成長を遂げる少女・いのりと、自身の持てるすべてを注ぎ込んで彼女を導くコーチ・司の二人がフィギュアスケートを通して世界を目指す物語である。

 作者のつるまいかだ氏にとってマンガ家デビュー作ともなった本作。しかしその熱い物語が大勢の読者の心を掴み、「次にくるマンガ大賞2022」コミックス部門第1位や第68回「小学館漫画賞」一般向け部門を受賞するなど、今まさに大躍進を遂げ続けている。2023年にはTVアニメ化も発表され、引き続き今後も大勢から熱い視線を浴びることは間違いない。

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挫折と慟哭から始まる旅立ち

 本作の物語は、青年・明浦路司(あけうらじ つかさ)の挫折から始まる。その煌びやかさに魅了されフィギュアスケートの世界へ足を踏み入れたが、遅すぎたスタートや経済的理由から多くの道を諦め、それでもどうにか氷の上に立ち続けたい一心で将来を模索する司。そんな彼がある日出会ったのが、スケート場で不審な挙動をする少女・結束(ゆいつか)いのりだった。

 フィギュアスケートへの強い思いを抱えながらも、それを親に言えないでいたいのり。彼女への助言をきっかけに二人は関わりを持ち始めるが、依然として彼女の母親は娘がスケートを始めることに難色を示す。その横で世界の終わりのような顔をしたいのりを見兼ね、司は強引に彼女をリンクへと連れ出すのである。

 スケート靴を履き、ようやく立てた氷の上。そこでいのりは隠れて積み重ねた努力の成果と、驚異的な潜在能力の片鱗を発揮する。しかしそれを見てなおスケートを習わせることを渋る母親に対し、これまで終始おどおどとしていた彼女は初めて感情を爆発させた。

 鈍臭く、人よりできないことばかりの自分。

 けれど、たったひとつでいい。自分で自分を恥ずかしくないと思える、誰にも負けないものが欲しい。

 慟哭する少女に、司は心を大きく揺さぶられる。彼女と同じくスケートができなかった自分にしか拾えない気持ちが、才能がある。そんな思いから「自分が彼女のコーチになる」とヒートアップした彼の勢いに押し負け、結果母親はスケートにOKを出す形に。こうしてコーチと選手としてタッグを組んだ司といのり。二人の遅すぎる世界への挑戦が、ここから始まるのだった。

夢への渇望

 本作の魅力のひとつに、主人公二人を中心とした様々な登場人物の“悔しさ”や“不甲斐なさ”といった負の感情に対する鮮烈な描写がある。約70ページものボリュームで紡がれる物語の冒頭1話。この話で何よりも印象的なのは、二人がタッグを組む経緯や少女の突出した才能以上に、司といのりそれぞれが抱える大きな劣等感と諦めきれない渇望だ。

 フィギュアスケートに限らずスポーツ全般、あるいは音楽や絵を描くこと、文章の執筆、ダンスにお笑い、料理……なんでも構わない。人生で初めて得た「自分にはこれしかない」と思えるものに、心当たりはないだろうか。

 憧れた夢、なりたかった職業。何かに夢中になり、これからも続けて高みを目指したいと執心し、だがいつしか断腸の思いでそれを諦めた人間は大勢いるはずだ。中にはいのりと同じく平凡あるいは平均以下の自分でも誇れる唯一のアイデンティティとして、それを必死で追った先に手放した人も少なくないだろう。

 だからこそ不格好な泥臭い思いで、諦め悪くそれにしがみつく辛さを知っている。努力が実を結ばない歯痒さも、自分の遥か上をゆく人々への心が軋むような羨望も、望む場所にあと一歩届かない悔しさも。好きなはずのものを嫌いになりそうな苦しみも、全部を投げ出したくなる懊悩も、力不足を環境のせいにしたくなる自分の狡さも、それでも捨てきれなかった途方もない喜びも楽しさも全部知っている。だからこそ司と、そしてなによりまだ幼いいのりの小さな身体の内から迸るフィギュアスケートへの執着心が。我々読者には、薄い紙面の中の無機質な感情だとどうしても思えなくなるのだ。

“「小さいうちから積み重ねた量の差を 私はこの先ずっと超えることはできない
遅く始めた分の時間は取り返せないんだって…
だから 私はそれを諦める理由に絶対にしない」
「頑張っても変えられない事だったなら もう焦ったり悲しくなったりしない
 出遅れた自分のまま 次は勝てるって信じ続けます!」”
『メダリスト』3巻第10話 西の強豪 後編 より引用

 一体どれだけの悔しさを積み重ねて、彼女はこんなにも力強い言葉を口にするのだろう。己の弱さと真正面から向き合う心の強さ。身長わずか134cm、たった11歳の幼い少女が抱えるその覚悟の重さを考えただけで、たまらなく胸が苦しくなる。

 元々劣等感に苛まれていたいのりの芯の強さをここまで確固たるものにしたのは、彼女を幼い子どもだと軽視せず、絶対的な味方として同じ歩調で共に歩む司の影響も大きい。従来のマンガにはあまり例を見ない大人と子どもが、コーチと選手としてどこまでも対等な目線で奮闘する。その二人の関係性も、本作の大きな魅力のひとつだろう。

 わずか10年足らずで将来が決まる残酷なまでに厳しい世界。そこで戦うことを決めた子どもたちに、たくさんの感情を教わる本作。まだまだ二人は目標へ、憧れの存在へとその手を伸ばし始めたばかりだ。

執筆:ネゴト / 曽我美なつめ