なぜ岡村靖幸は勉強しつづけるのか?俳句やラップ、コントなど未知のジャンルに初挑戦した『岡村靖幸のカモンエブリバディ』発売記念インタビュー

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公開日:2023/8/7

岡村靖幸さん

 ミュージシャンの岡村靖幸さんにとって、「勉強」はひとつのトレードマークになっている。「Super Girl」「家庭教師」といったソロ楽曲、DAOKOさんとコラボした「ステップアップLOVE」、プロデュースを担当した川本真琴さんの「愛の才能」など、数多くの楽曲に「勉強」というフレーズが登場する。

 6月9日に発売された『岡村靖幸のカモンエブリバディ』(双葉社)は、岡村さん自身が勉強する姿が収録されている。本作は、様々なゲストを招いて、俳句やラップ、コント、歴史、ポエトリーリーディングなどを学ぶNHKのラジオ番組が書籍化されたものだ。

 本記事では、岡村さんの単独インタビューを実施。本作の魅力はもちろん、あまりメディアに出演してこなかった岡村さんが積極的に表舞台に出ようと思った理由、そして岡村さんにとって「勉強」とは何なのかを伺った。

(取材・文=金沢俊吾 撮影=booro)

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少年少女のことを意識した

──ラジオ番組「岡村靖幸のカモンエブリバディ」が、ゲストを招いて岡村さんがいろいろなことに挑戦する形式となった経緯を教えてください。

岡村靖幸(以下、岡村):元々、自分の知らないことを勉強するのが好きだったんです。以前は大学の授業を聞く雑誌の連載をやったこともありました。今回、僕がいろいろなことに挑戦する姿をドキュメンタリー的に見せる形になったのも、自分の無知な部分を補いつつみなさんに楽しんでもらえて、一挙両得だと思ったからです。

──ゲストはミュージシャンから、俳人、劇作家、歴史研究家といった岡村さんとは別ジャンルで活躍される方まで多岐にわたっています。

岡村:ゲストはNHKさんと打ち合わせをしながらオファーしました。歴史研究家の先生に来ていただいたのは、少年少女が聴いて勉強になるようにと思ったからです。

──本書の「はじめに」にも、若い人に読んでほしいと書かれていました。今回は「少年少女」というのが岡村さんにとって大きなテーマだったのでしょうか。

岡村:もちろん老若男女問わず聴いてほしかったのですが、特に少年少女のことは意識していました。コロナ禍で2年も3年もマスクをしなくてはいけなくて、相手の顔もしっかり見えない。リアルに他人と会う機会が減って、恋愛がしたいんだかできないんだかわからない。コロナがいつ終息するのかもわからない。そうやって青春が過ぎていくのがかわいそうだなと。

──そんな若者に、自宅でも楽しめるエンタメを提供したかったということですか?

岡村:そうですね。こんな時代でも、ラジオは触れやすいエンタメだったと思うんです。僕が苦闘したり、失敗していたりする姿を笑ってもらえればいいなって。そのうえで、ゲストの方々のお話を聞いて勉強になればもっといいなと思いました。ちょっとでも、少年少女がポジティブな気持ちになってもらいたかったんです。

岡村靖幸さん

「岡村ちゃんに会いたい」と思われる自分でいたい

──ゲストを招かず、ひとりでリスナーからの悩み相談に答える回もありました。放送初回から「さみしさとはなにか?」というメールに対して、パーソナルな部分も開示してお話しされていたのが、かなり衝撃でした。

岡村:あんまり自分語りをしないタイプなんですが、相談には真摯にならざるを得なかったし、僕の感性や知識の範囲内で、できるだけ誠実に答えようと思いました、改めて書籍になってみると、半分ぐらいはひとり語りでほぼエッセイみたいなものができあがって。正直に話しすぎた内容がたくさん載っていて、ちょっと気恥ずかしいんですけどね。

──これまで出された書籍の多くは、ゲストとの対談形式で岡村さんが聞き手に徹している印象があります。

岡村:そうですね。そのなかでも、たまに自分の本心や大事なことみたいなことも話してるつもりはあるんですけど、対談形式ってこともあり、ほぼほぼ濁してきたと思います。

──ライブでMCをしないとか、これまであまり自己発信をしてこなかったイメージがあったのですが、それは意図的にコントロールされてきたのでしょうか?

岡村:メインの仕事は音楽なので、感情やメッセージは楽曲に託せればいいと思っているんです。そのうえでリスナーが自由に解釈してほしいので、自分が思っていることは、なるべく発言しないようにしていました。極端にメディア出演を控えた時期もありましたし、音楽雑誌のインタビューはほとんど受けてこなかったんです。

 いまはなるべく発信していきたい気分なのです。雑誌の連載もやっていきたいですし、いろんなメディアに出たい気分です。

──なぜそういった心境に至ったのかお聞きしたいです。

岡村:音楽性で妥協しない分、エンタメ力を上げていかなきゃいけないと思ったんです。ポップスを作るうえで、難解だったり実験的になりすぎないようにどこかで妥協が必要なのですが、僕は自分のやりたい音楽をつき通させてもらっていて。その分、メディアにたくさん出たり何本も連載を持ったりして、幅広い人に“岡村靖幸”というコンテンツを楽しんでほしくて。

──エンタメ力を上げたいと思ったのはなぜですか?

岡村:それは、対談企画のためですね。僕自身にネームバリューや魅力がないと、対談のオファーをしても断られてしまうんです。だから「岡村ちゃんに会いたい」「一緒に写真が撮りたい」と様々なジャンルの方々から思われるような自分で行けたらなーと思っています。

引き出したいし、漏れさせたい

──ゲストを招くにあたり、その方のプロフィールや関連する作品をたくさん調べてから収録に臨まれたわけですよね?

岡村:音楽活動の時間を割くぐらい、がんがんに予習はしていきます。相手に失礼にならないように、という気持ちはもちろんありますが、純粋に予習が楽しんですよ。いろんなことが勉強できたし、血肉になったような気がします。

──本作や過去の著作を読んでも、岡村さんは対談相手のお話をすごく丁寧に引き出しているように感じました。聞き手として意識していることがあれば教えてください。

岡村:いい聞き役でありたいという気持ちは、強く持っています。対談って、守らなきゃいけないものが多い人ほど、なかなか本音を話してくれないんです。でもそういう相手の方がやりがいがあるし、引き出したいし、漏れさせたい。そのために、どこにでもあるようなインタビューにならず、相手が興奮してくれるような切り口を用意できるように心がけています。

──『岡村靖幸 結婚への道』での岡村さんの振る舞いがすごく面白いと思ったんです。ある対談では「マリアのように僕のすべてを受け入れてくれる人と結婚したい」と話し、別の対談では「振り回してくれる人がいい」と真逆なことを語っていて。それも、相手の話を引き出すためにその場その場で判断していることなのでしょうか?

岡村:そうですね、本当にそういうことだと思います。失礼にならない程度に「このワードを言ったら興奮するだろうな」みたいなことを考えながら話しています。

──本作では宇多丸さん、斉藤和義さんなど、ミュージシャンがゲストの回も収録されています。岡村さんが専門外のゲストと対峙するのとは違って、プレッシャーもあったんじゃないでしょうか?

岡村:そうですね、勇気が必要でした。宇多丸さんにラップを教えていただく回は、あわよくばラップを習得できるんじゃないかと思って挑戦したのですが、まったくできないことが明らかになって。

──そんなことはなかったと思いますが…(笑)。

岡村:いやいや。まあ、苦戦している姿が笑ってもらえたと思うので、それはそれでよかったんですけどね。斉藤和義さんとのセッションで作曲する回は、できるだろうなと思ってはいましたけど、もちろん失敗する可能性もあったし、やっぱり勇気がいりました。結果として、いいものができたのは自信になりました。

──ケラリーノ・サンドロヴィッチさんに寸劇を学ぶ回も面白かったです。元々、演技ができそうなイメージもありました。

岡村:よくそういうふうに言われるんですが、全然ダメなんですよ。役者とミュージシャン、どちらもできる方がたくさんいるじゃないですか。僕もあわよくば…みたいな色気を出してトレーニングを受けてみることにしたんですが、まあ無理でしたね。

──1990年に岡村さんが主演した『Peach どんなことをしてほしいのぼくに』を観て、演技もすごくいいなと思ったのですが。

岡村:あの映画は、僕も素人だったし、映画経験のないメンバーで作ったんですよ。だからやっぱり上手くいかなかったと思いますね。それから時間が経って、いっちょかみしてやろうと思ったんですけど、やっぱりダメでした。

──満島ひかりさんがゲストの回は当時、放送を聴いたのですが「カルアミルク」の朗読も素晴らしかったです。

岡村:とてもよかったですよね。でも僕の朗読は聞けたもんじゃなかったです。メロディーに乗せてしまえば楽なんですけど、人前で朗読するなんて恥ずかしくてダメですね。

──岡村さんはライブのアンコールで、ピアノを弾きながら語りのような即興をやっていらっしゃいます。それとはまた違った感覚なのでしょうか?

岡村:ああいうのは意外と簡単なんですよ。音楽の歴史でいうとトーキングブルース、語りながらブルースをやるような曲はたくさんあったんです。僕だけじゃなくて、いろんな人が脈々とやってきたことなんですよね。

──メロディーがなくなると、急に無防備な感じがするのでしょうか。

岡村:やっぱり無音は厳しいですね。それはミュージシャンじゃなくて役者の仕事だと思うんです。ミュージシャンは自分自身で考えた「自分」という役を演じればいいんですよ。でも、役者は台本に書かれたことをやるわけです。ミュージシャンとはまったく違う脳を使わないといけなくて、まったく違う職業だと勉強になりました。

岡村靖幸さん

いつまでも勉強しつづければいいじゃん

──本作は岡村さんが勉強する姿が書かれていて、この取材のなかでも「勉強」という言葉が何度も出てきました。岡村さんの楽曲でも「勉強」はすごく重要なワードですが、使い始めたきっかけを教えてください。

岡村:19歳でこの世界に入ったとき、事務所やレコード会社の人に「この作品を見たほうがいい」ってアドバイスをたくさん受けたわけですよ。最初は大江健三郎『性的人間』、宮沢賢治とか、映画だとフェリーニやパゾリーニ、ゴダール。どれも難解で、特にパゾリーニなんてもう何言ってんだか全然わからなくて。

──(笑)

岡村:でも難解といいつつ、宮沢賢治やゴダールって誰もが知っているメジャーな存在なわけですよね。だから、それを面白がれない自分は勉強不足なんだと思ったんです。それで「そういえば教科書ってちゃんと読んでなかったなあ」と思い、常に教科書を持ち歩くようになりました。「勉強」というのは、その頃からずっと僕のキーワードになっていますね。

──岡村さんの歌詞では、例えば好きな人のことを知るとか、人間について学ぶことも「勉強」といっています。

岡村:そうですね。他人を知ることは、いわゆる知識を得るための勉学と同じぐらい大事だと思っています。

──今日お話しされていた「対談相手のことを調べる」というのも、まさに勉強だなと。

岡村:おっしゃる通りです。こんな機会もない限り、歴史学者について知ろうとか、俳句のことを勉強しようってなかなか思わないので。ありがたかったなあと思います。

──歌詞に「勉強」というフレーズが出てきた途端に“岡村ちゃんっぽさ”が増すように感じます。そのあたりは意識的にやられていますか?

岡村:そうですね。特にここ最近は、わかりやすいキーワードとしてわざと使っているところがあります。

──では、初期の頃と最近では、歌詞のなかの「勉強」のニュアンスは変わってきているのでしょうか。

岡村:変わりました。だけど、勉強という行為自体はエバーグリーンなものだと思うんです。壮年になろうが少年だろうが勉強はしたほうがいいですよね。例えば、みんな政治や戦争のことがよくわからないからネットで調べたりするじゃないですか。あれだって勉強なんですよ。勉強ってキーワードはそのぐらい身近で大切なものだし、子どもが見てもわかりやすいし、いいキーワードだと自分では思っています。

──本作のなかでも「初々しくありたい」という言葉がありました。勉強し続ける岡村さんの姿勢が、エバーグリーンなキャラクター像を生んでいるのではないかと思いました。

岡村:ああ、なるほど。そうかもしれません。だから「勉強し続ける」という姿勢はぶれないでいたいと思っているし、キーワードとしてずっと使おうと思っています。それに対して「岡村ちゃんはいつも同じようなこと言ってるね」みたいな意見もありますけど「いや、いつまでも勉強し続ければいいじゃん」と、僕自身は思っています。

岡村靖幸さん

Styling: Yoshiyuki Shimazu
Hair&Make-up: Harumi Masuda (M-FLAGS)

次回ツアー「岡村靖幸 2023→2024 WINTER TOUR」の開催が決定!
11/11(土)の東京・Zepp DiverCity TOKYOをかわきりに全国10カ所で行われます。詳しくは公式サイトでチェックを。

https://okamurayasuyuki.info/info/news/1250/