六代目・神田伯山「芥川龍之介はイケメンなのに木に登るんですから!」―世界に輸出される日本の物語を語る【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/5

神田伯山さん

 さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回ご登場いただいたのは、『講談放浪記』(講談社)を刊行された講談師の6代目・神田伯山さん。「最もチケットが取れない講談師」として講談の人気復活をリードする伯山さんがオススメする本とは?さっそくお話をうかがった。

取材・文=荒井理恵 撮影=山口宏之

見た目もカッコいいのに、とにかく技がある芥川が好き

羅生門・鼻・芋粥・偸盗
羅生門・鼻・芋粥・偸盗』(芥川龍之介/岩波書店)

――今回、選んでいただいたのは芥川龍之介の短編ですね。

神田伯山(以下、伯山):学生の頃から芥川が好きだったんで、一応古典もやってますし、読みなおしてみたらこれが面白くって。実は最近、ついに若干老眼がきまして。それまで僕はエゴサが好きで、しょっちゅうやってたんですけど、40になってこのエゴサしてる時間が信じられないくらい無駄だなって気がついたんですね(笑)。元気でいられるのが80くらいまでなら僕も折り返しで、そうすると老眼鏡をかけずに読める「読書タイム」の残り時間はあと2年か3年。ならば名作といわれるものをちゃんと読んでおこうと思って、昔から好きだった芥川をとりあえず読みまして。

 まぁー、面白いですね。芥川って文体は時々変えますけど、どれも平易な言葉で奥行きが深い。なんとなく文学ってかったるいとか思われる方もいるかもしれないですけど、とにかく短くて面白いし、現代にもめちゃくちゃ通じる特異な才能の持ち主なんでオススメです。あと見た目もカッコいい。白黒動画で木に登ってたりするんですけど、木に登る姿もイイ(笑)。

――イケメンですよね! 芥川の『羅生門』あたり、伯山さんに朗読してもらえたらと思ってしまいます。芥川って独特の「語り口」が読ませますよね。

伯山:機会があったらやってみたいですね。ほんと芥川ってビジュアルが強くて、『蜘蛛の糸』なんかも絵が目に浮かびます。井伏鱒二とかも好きなんですけど、共通しているのは平易な言葉で、奥行きのあることを表現できる人だってことで。わかりやすい言葉でっていうのは、実はこれが一番難しいと思うんです。

――人間の業に近いものを斬るのがうまいですよね。

伯山:うまい。『鼻』とかもたまらんですよ。人間の業を垂れ流しで。それでいてクールでね、顔もカッコいいし(笑)。

――それ、大事なポイントです!(笑)

伯山:僕ね、作家って顔が大事だと思ってるんですよ。何もかも曝け出す商売な気がして。令和は風潮として、顔のこととか言っちゃいけない時代になってますけど。でもね人前に出たり、何かを表現するということは、己が持っているもの、あるいは持たざるものに向き合う必要があるわけで、その一番分かりやすいのが顔なんですよね。

 なぜなら、彼らはその顔で生きてる。男も女も。そうすると、その人の人生がその顔から透けて見えるんですよ。「この人、コンプレックス強くて、こんな感じの空気になるのか」ってなんか見える。そんな中で芥川は、いい男なのに天賦の才能がある。それでも長編書けないのかもとか、古典の焼き直し多いなとかコンプレックスがあったかもしれない。でもイケメンで木に登るんですから!もうどうでもいいんです。

視点をズラせば「古典」も面白くなる

――文豪の文学って構えがちですけど、特に芥川は親しみやすいですね。

伯山:たとえば「桃太郎」のリメイクなんかもやってるんですけど、別に鬼に何かされたわけじゃない桃太郎が、ある日平和に暮らしていた鬼たちの娘をかっさらって悪逆非道、略奪を尽くすっていうのが鬼の視点で書かれてるんですね。戦争のメタファーだったりするのはなんとなくわかるんですけど、確かに鬼の視点になってみれば、鬼はなんも悪いことしてねぇな、と。そうか、こっちの視点で見るっていうのもあるのか、そうするとこんなに面白くなるのかって、小学生のときにものすごくショックを受けました。古典をどう今に伝えるか、これは講談師も同じ苦労をしているところです。伝わってきているものをどう自分の個性で今のお客さんにぶつけるか、伝わってきたものをどう面白くみせるかっていう。

――視点のずらしで古典も面白くなるわけですね。

伯山:「猿かに合戦」のリメイクのやつは、その後の展開が酷くて。「主犯蟹は死刑になり、臼、蜂、卵等の共犯は無期徒刑…蟹の妻は売笑婦になった。なった動機は貧困のためか、彼女自身の性情のためか、どちらか未に判然しない。」とか書いてある。これね、いかにも「そうなったんだな」っていう技術で読ませちゃう。僕は西村賢太の私小説も好きなんですけど、すごく残酷でひどいことを言っていても、文体が面白いから芸として読めてしまうのがいいんですよね。

 中でも、喧嘩のときに恋人が「けんちゃん、そんなに怒んないでー」みたいにお気に入りのぬいぐるみを使って謝ってくるんだけど、あるときの喧嘩で主人公はそのぬいぐるみをズタボロに切って、内臓であるワタを取り出して台所に捨てて、さらにケチャップをぶわーってかけるってやつがいい(編集部注:「焼却炉行き赤ん坊」『小銭をかぞえる』文春文庫所収)。

 これ、言葉で言うと酷いじゃないですか。でも面白く書いてる。普通なら引いちゃうエピソードなのに面白く読ませるってとんでもない技術だって思ったりするんですよ。やっぱり小説家ってそのへんが魔法を使えるっていうか、芥川龍之介も西村賢太も卓越しているなぁと。

神田伯山さん

フィクションを史実にする魔法が続く『バガボンド』

バガボンド
バガボンド』(井上雄彦/講談社)

――他にも井上雄彦さんの『バガボンド』もオススメだと。

伯山:宮本武蔵が小次郎と本当に戦ったのかどうかって実はわかってないんですが、現代人は二人は戦ったものだと「史実」として捉えていますよね。フィクションかもしれないんですけど、みんなが疑いもなく信じていて、ずっと魔法にかかってる状態っていうのがすごくいいなぁと思うんですよね。井上さんは吉川英治の本を基にして漫画を描いてるわけですが、あの二人がいなかったらきっと伝わらなかったと思います。

 なんでも、史実とフィクションをわけたのは近代からで、昔は伝わってきた話というのが事実というか「物語」として受け取られてきたそうです。吉川英治も『バガボンド』も「物語」を伝えて、今の人にフィクションかもしれない宮本武蔵を知らしめているわけで、それってまさに講談師のやることで。なんだか同じだよなっていう意識で推薦しました。もちろん単純にめちゃくちゃ面白いですし。

――吉川英治の武蔵のルーツには講談があるわけですが、それが『バガボンド』でさらにメジャーになり…逆に伯山さんが刺激を受けたりというのはありますか?

伯山:もちろんあります。講談を聞きにくるお客さんも『バガボンド』を読んでいる人が多いと思うので、「武蔵が~」って言ったら『バガボンド』を思い浮かべるでしょうし、それならこっちも知っていないとアプローチできないですからね。だから影響を受けるというか、受けざるをえないというか。それにしてもほんとに今、漫画とアニメとお笑いに才能が集中しすぎてて、すごいことになってますよね。それが海外に輸出されるのもすごくいいこと。考えてみれば講談も「物語」なんで、こうやって日本の物語が世界に輸出されてるというのはすごく誇らしくて心強いし、好きです。

時代物コミックスの可能性に期待!

信長を殺した男
信長を殺した男』(藤堂裕:漫画、明智憲三郎:原案/秋田書店)

――そしてもう一冊『信長を殺した男』ですね。こちらも時代物です。

伯山:漫画はいろいろ時代物もうまく料理して、面白おかしく現代にあらわすことができるのがすごくいいんですよね。たとえば『信長を殺した男』には秀吉の邪悪さ、欲深さというのがすごく表現されています。秀吉って百姓の下の下くらいとか実際の身分はわかってないみたいですけど、そんな人物が天下人になるって日本史上にはほかにない。講談ではこういう奴のことはいい風に書くんで、太閤記とか、かわいげがあってカッコいいんですよ。

 でも実際にはもっとドロドロしてただろうし、戦国時代なんて「自分が明日生きるため」に必死で策を練っていく世界ですから、そういう感じが漫画にはすごくうまく描かれているし、講談の世界の対になっていてすごくいいんですよね。ちなみに今の大河ドラマの『どうする家康』では、令和仕様の弱者・家康みたいな描き方してますけど、そういうのも新しくて面白い。今は時代劇でもいろいろな出し方をしてくれていて、ちょっとありがたいなとも思います。

――テレビの時代劇が減っていく中で、コミックで時代劇の風情が残っていくというのは、講談にもプラスになるのではないかと。

伯山:僕も全く同じことを言おうと思ってました。ほんとに今、大河くらいしか時代劇がなくなってるので下の世代にはわからないですよね。わからないのは彼らが悪いんじゃなくて、上の世代ががんばらなかったからこうなっちゃったんですけど。でもコミックの描き手が優秀だから、コミックが当たれば、それを下敷きにしたら数字がとれるドラマにしやすいわけで、コミック発信の面白い時代劇をいかに作るかというのが結構活路になるのかもしれませんね。それで個人的には『信長を殺した男』の秀吉は、香川照之さんにやってほしい。

――人気のコミックスが入り口なら若い子たちも親しみやすそうですね。

伯山:コミックス発じゃなくても、たとえば『鎌倉殿の13人』とかは若い人にも人気で、鎌倉に興味が出て実際に鎌倉に行ってみるとかあるじゃないですか。まったく興味なかった人が、物語が面白いから「そこに行ってみよう」っていう。いわゆる聖地巡礼ですが、物語から始まって観光も潤うなんてすごくいいですよね。

――伯山さんの『講談放浪記』でも講談の聖地巡礼をしていますね。現場で見えるものが、物語の世界も厚くしていく感じがいいです。

伯山:こないだジブリの「サツキとメイの家」に仕事で行ったんですよ。それがすごくよくできてて、ほんとにさっきまで人物がいたんじゃないかっていう。この場合は物語が先にあって、あとから想像上の建物を作ったっていう順番ですけど、それでもなんかへんな感動を呼ぶんですよね。あとから作ったのに聖地巡礼になるのはすごいし、「漫画・アニメ表現は果てしなくお金を産むなー。すごい!」と思いました(笑)。

講談の入り口はまずYouTubeで

――最後に講談について少し。伯山さんの講談はYouTubeでも見られますね。

伯山:寄席に来るのは抵抗があっても動画は手軽に見られるんで、とりあえず見てもらって「これ面白そう。生で見たらもっと面白いのかな」って思ったら、ぜひ寄席に来ていただきたいですね。今の若い人って理解力があって「映像でこれくらいだから、生で見たらこの数倍面白いかもしれない」とか、ちゃんとわかってくれる。それがすばらしいし、若い人たちの頭のよさだなと思います。

――それは期待できますね。

伯山:そうなんですよ! 僕も体調いいときもあるし、悪いときもあるし。むらが激しいタイプなんで、すごく悪いとき、すごく悪いとき、すごく悪いとき…が続くこともあるんですけど、それも楽しんでほしいっていう(笑)。

 それにしてもなんかひとりのおっさんがただしゃべってるのをみんなでお金払って聞いてるっていうのも、当たり前のように僕もやってますけど、ファンタジーというか絵本の世界みたいで不思議な商売ですよね。絶世の美女とか美男子じゃなくて「おっさん」ですからね。「伝統」というパッケージでブランディングされていても、やっぱり異形な世界ではあります。そんなことを客観的に見つつ、それを喜んでいただけるようにがんばっていこうかな、と。『講談放浪記』を出したのもその一歩だと思っています。

<第30回に続く>