凛として時雨・TK「15年前も今も、僕はもがいている」 初エッセイ『ゆれる』出版記念スペシャルインタビュー
公開日:2023/7/28
日本のみならず海外においても存在感を示し続ける人気バンド・凛として時雨。そのフロントマンを務めるボーカル&ギターのTKさんが初のエッセイ『ゆれる』(KADOKAWA)を発売した。本書の中では、家族や生い立ち、バンド結成にまつわる出来事、音楽と向き合う時に感じる喜びと苦しみなど、自身の半生と内面が濃密な表現で綴られている。音楽とは異なる「本を作る」というフィールドに身を置いた日々を振り返り、そこで感じ取った葛藤について語ってもらった。
取材・文=山岸南美
文章と音楽は似ているけど、違う。
――『ゆれる』を拝読して、TKさんの音楽性が表現されている文章だと思いました。音楽と文章の間に違いを感じた点などはありますか?
TKさん(以降、TK):単純なところだと、音楽に比べると文章は初速がはやいなという実感があります。パソコンがあればどこでも書けるし、短い時間でもその分だけ形になって成果が残る。残したいと思ったときに残せて、それを忘れないでいられるというのは文章の強みでしょうね。音楽だとスタジオ行ってマイク繋いで、ギター用意して……ってなるので音にするまでに時間がかかってしまいます。
それに、当たり前ですけど文章は「ちゃんと言語化しないといけない」と思うので、音楽とは違う部分なのかなと思います。例えば、音楽の場合だとアルバムや新曲を出しても、そのコンセプトやテーマを細かく説明することはありません。もちろん、取材の場では聞かれることもありますが、僕にとっては説明するほどのことでもなかったりします。音楽を聴いて、なにかを感じる。ただ、それだけでいいというぼんやりとしたものなんですけど、文章は説明するのを当然求められますよね。
――歌詞というのも文章のひとつなのかなと思いましたが、TKさんの実感としては違うということですか?
TK:音楽って、言ってしまえば支離滅裂でも問題ないんですよ。それでもちゃんと伝わるものはあると思っているので。それに、文章とは違って音の組み合わせが気持ちいいというだけで音楽性が保たれたりすることもあります。なので、文章にするというのはどこか説明的で、型にはめるような感覚があったのかもしれないです。説明できる気持ちよさがあるのも理解しているつもりですけど、言葉にしてしまうとその瞬間から自分の気持ちと少しずつ離れていってしまうような感じがします。
僕も文章も言葉だけでは割り切れない
――歌は自分のことを最大限表現できるけど、文章だとそうはいかないということですよね。文章にしてしまうと気持ちが離れていってしまうというのは、なかなかもどかしいですね。
TK:編集の方に「いい意味でTKさんの文章はまわりくどいですね」と言われたんですけど、読者の中にはそう感じる人もいると思います。その理由は、明確に答えを出して終わらせないというのが大きな理由かなと。
学生の頃の文化祭を思い出してほしいんですけど、文化祭が終わったあとって少し寂しいですよね。だけど、文化祭っていうイベント自体は楽しかった。じゃあ、この思い出を人に説明するときに「寂しい」というラベリングをするのか、「楽しい」というラベリングをするのかって考えますよね。だけど、それってどっちも本当でどっちも的確ではないと思うんですよ。今は例えに出した寂しいと楽しいという感情だけですけど、もっと細かく見ていけば学生最後の文化祭なら切なさを感じるかもしれない。親が見に来て恥ずかしいと思う人もいると思います。
人生も感情もそんなにはっきりと切り分けられるものではないのに、人に説明するときにはもっと簡略化しないと伝わらないっていうジレンマを感じます。
――切り取り方によっては気持ちとは逆の言葉を選んでしまうこともありそうですよね。まさに今、ジレンマを目の当たりにしています……。
TK:これだからまわりくどいって言われるんですよね(笑)。自分でもめんどくさい人間だなというのは自覚していて、「そんなのどっちでもいいだろ」と感じる自分もいるんですよ。もう大人なんだし、自分のエゴをいつまで押し通すのかと。でも、やっぱりTKという名前が出る以上は、「全部ライターが書いたから、僕は知らない」ということはできないですよね。だったら、自分で納得できるものを作ろうとどうしても考えてしまう。
本の中でも紹介しましたけど、若い頃にプロの仕事を自分で全部やり直したことがあるんです。念のため言っておきますけど、すごく美しい技術でまとめられていて、僕が作るものよりもクリアに聴こえました。だけど、僕の特異性って美しさというより、ひずみのような部分だと思っていて……。だから、プロに仕事を任せても自分が思い描いた形になっていなければ、どんな状態からでもやり直すという気持ちはずっと持っています。
相手の立場になってみれば、自分の仕事のほとんどを上書きされるのって気持ちいいものではないと思うんですよ。プロになるってことはそれだけプライドもあるでしょうし、経験も豊富です。だけど、さっきの文化祭の話と同じように、僕の音楽は「美しい」とか「聴きやすい」というレッテルで区分されるものではないと思っています。
色には染まらずに、お互いの色を引き立たせたい
――この本はTKさんの音楽の延長線上にあるというわけではなく、まったく別の取り組みになったということでしょうか。
TK:まったく別かと言われるとそんなこともなくて。今回は最初の原稿をライターさんに書いてもらうというところからスタートしたんですけど、最初にこの書籍の核となる項目から書いてもらったんです。内容としては丁寧に書かれていて、誰もが読みやすい文章だったと思います。だけど、音楽でいうところのサビを見て「もっと響かせたい」って欲が出てきてしまったんですよね。
だから、音楽を作るときに近いこだわりというか、執着のようなものを確かに感じました。もし、このまま僕の名前で出版されたら振り返ったときに、噓をついたような感覚になるかもしれないという不安もあったと思います。
――いじわるな聞き方になってしまいますが、最初から自分で全部やるという道も選択できると思います。そういう道を選ばずに、誰かと一緒に仕事をすることを求めるのはどのような理由がありますか?
TK:自分よりも自分を表現できる場合があるって感覚的に分かっているからだと思います。「この人と一緒に仕事をしたい」と思ってなにかを作り上げるとしますよね。だけど、当然その人はその人の持ち味というか色を持っているので、僕となにかを作るときには混じり合うことになります。それ自体は気にならないんですけど、自分がその人の色をちゃんと扱えるのかというのを考えてしまいます。
有名な人と一緒に仕事をすれば、TKという名前も世の中に広がっていくかもしれない。だけど、それは有名な人の名前を借りただけになってしまいます。そうして出来上がったものには意味なんてなくて、むしろ虚しさを感じると思います。すごく上から目線の言い方になってしまうかもしれないですけど、自分という土台の上にプロの人を乗せて作っていきたい。プロの色に染まるんじゃなくて。
説明できないものを受け入れて生きている
――それは、今まで人に任せて嫌な状態になったことがあって、今の考えになったんですか?
TK:普通はそう思っちゃいますよね。でも、何かがあったからではなく絶妙にそういう状況を避けてきているというだけなんです。みなさんもそうだと思いますけど、失敗から何かを学んで今に生かしているという部分も確かにあるでしょう。でも、失敗したわけじゃなくて小さい頃から「これが好きだな」とか「これは嫌だな」という感覚的に選び取ったものを大切にしていることもたくさんあると思います。自分の性格を俯瞰で見たときに、説明できない要素は意外なほどあります。
――では最後に、本を執筆してよかったなと思うことを教えてください。
TK:今回の書籍を執筆するタイミングで、アルバムの制作も並行していたんです。いつもだったら、考えていることを言語化する間もなく忘れてしまうんですけど、文章化する時期と重なっていたおかげで、日々感じていることを書籍に落とし込めたんじゃないかなって思います。昔のことを思い出しても、「あの時、なんであんなにもがいてたんだっけ」ということしか分からない。だけど今回、もがきながら作っていく中で「あの時もこんな感じだったな」と繫がる瞬間がありました。ストレートに言葉にしてみると、15年前から向き合っていることが変わらないんだなと分かる部分もあって、自分が今思っていることをそのまま残せた、という感覚が得られたのは嬉しかったです。
TK(てぃーけー)
1982年生まれ、東京都出身。ロックバンド、凛として時雨のボーカル&ギター。同バンドにおける全作品の作詞作曲を担当し、鋭く独創的な視点で音楽を表現。加えて、色彩豊かで温度感のある歌詞と刹那的なハイトーンボイスでファンを魅了する。TK from 凛として時雨のソロ名義でも活動するほか、多くの著名アーティストのプロデュースも手掛ける。海外にも多くのファンを持ち、2021年にはアニメ『東京喰種トーキョーグール』の主題歌「unravel」が“Spotifyにてもっとも海外で再生された日本アーティスト楽曲”となる。
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