ラランド・ニシダ「家庭科は“2”でした。針に糸を通すのが苦手」 不器用な人に読んでほしいと語る著者の、器用に生きられない愛らしい一面〈インタビュー〉

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/10

 年に100冊の本を読む生活を10年続けている読書芸人、お笑い芸人ラランドのニシダが初小説『不器用で』(ニシダ/KADOKAWA)を書き上げた。不器用な人に読んでほしいと著者が言う本書は、器用に生きられない人たちをテーマに5篇の短編小説で構成されている。読書家から小説家への変化、作中人物についての深掘りや制作秘話、ニシダさん自身についてさらけ出してくれた。

(取材・文=奥井雄義 撮影=後藤利江)

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ニシダさん

小説を書きたいと思ったことは、なかった

――年間100冊読む生活を10年間されていたと聞きました。小説を書こうと思ったのはいつ頃からでしょうか?

ニシダ:特に小説を書きたい、という思いはなかったですね。自分から小説を書き始めたわけではなく、カクヨムから依頼をいただいたから書いた、というだけなんです。

――本を読んでいて、これはいい文章だなと思ってメモをすることはありますか?

ニシダ:あります。メモはしますよ。でもそれが小説を書くことにはつながらなかったですね。

――実際に小説を書くということになり、メモを読み返したりしましたか?

ニシダ:小説を読んでいた時のメモは特に見返しませんでしたね。ただ、日常生活を過ごす中で疑問に思ったことや不思議に思ったことをメモするようにしていたんです。それを見返しながら小説を書きました。

――タイトルになっているように、大きなテーマでもある「不器用」な人、それを軸にして物語を書こうと思った経緯を教えてください。

ニシダ:実は、書き終えてみれば最終的に不器用な人ばかりになっただけで、不器用な人を書こうとしたわけではなかったんですよね。

 タイトル付けがありまして、Zoomでやりましょう、となったわけです。この日までに絶対タイトルを決めなければならない、となっていたんですが、僕は何も考えていなくて(笑)でも、Zoomで出してくれた皆の案が全部しっくりこなくて……。どうしようと考えていたら、ある人が「でもこれ全部、不器用な人ばかりですよね」と言ったんです。その一言を聞いて、「それだ!」と思いました。そういうわけでこのタイトルになったんです。

ニシダさん

生物部に所属する僕が、同級生と海釣りに行って衝撃的なものを発見する「アクアリウム」について

――「アクアリウム」の小説執筆の依頼があった時、テーマをもらって書いたのでしょうか?

ニシダ:特にテーマも何も与えられていない状態で、ただ最初から思うままに順番通りに書いていった、という感じでしたね。

――設定が面白いと思いました。“生物部と言っても、活動内容のほとんどは、市販のしらす干しの中から、しらす以外の干涸びた生物を探すだけの作業だった。”この部分のアイデアはどのように得たのでしょうか?

ニシダ:中高の生物部の活動をネットで片っ端から調べていきました。そこで「アクアリウム」の主人公が入っていそうな活動がないか探したんです。中には、「魚の受精卵をこの段階で取り出して、こうするとエラが少ないのができる!」みたいな本格的な活動から、裏庭に出て蝶々を捕まえよう、みたいなものまでありましたね。その中で一番主人公が入っていそうな部活を選ぶことで辿り着きました。

ニシダさん

「おちんちん出てるよ(笑)」何気ない疑問が「焼け石」という物語になる瞬間

――「焼け石」についてです。銭湯のバイトをしていた女子大生が男性用サウナの清掃を任されもやもやを感じる、そこに滝君という男の子が現れて……という物語がありました。この話は日常生活の中で記したメモから着想を得たのでしょうか?

ニシダ:そうですね。なぜ男性サウナに若い女性が仕事として入ってくるのだろう、という思いは以前からあったんです。逆だと絶対にありえないのに……という。え、おちんちん出てるよ(笑)、女の子的にはおちんちん見えてしまっているけど大丈夫なの? という思いはありました。

――その女性がどんな感情なのか、想像したりしましたか?

ニシダ:そうですね、嫌なんじゃないかなあとは思っていました。

――主人公の女子大生に、男性用サウナの清掃を任せた先輩について伺いたいです。いい人という設定でしたが、本当にそんなにいい人なのか? という思いがありました。ニシダさんとしては、このキャラはどういう立ち位置なのでしょうか?

ニシダ:これはですね、単純にいい人のつもりで書きましたね。男性用サウナを任せたことで、もしかしたら主人公の女子大生に嫌な思いをさせているかも、という考えだけが単純にすっぽり抜けてしまっているだけなんです。あくまでいい人、という設定で書きましたね。

 あと、日常生活でメモしたことは、ラジオやフリートークなんかにもよく使っていたんですが、サウナの話をトークに使うには……ちょっと薄い。そこで物語性を乗せて小説にすることにしたんです。

ニシダさん

いじめられている女子の遺影を作るように言われた中学1年生の男子の葛藤についての話「遺影」

――この小説の主人公は「貧乏コンプレックス」を抱えているように感じました。女の子が極貧であることを暴いていじめにつながった、その思いから、自分を実際以上に貧乏であると貶めて、女の子への罪悪感から逃れようとしたのではないか? と思ったのですが。

ニシダ:まったく考えていませんでした(笑)。ただ、クラスにいる貧乏でもいじめられる人と、いじめられない人の2種類がいて、その違いは何なのだろう、と思ったことがきっかけです。貧乏をいじれる人と、いじれない人がいるじゃないですか。僕は全然いじってもらってもいい派なんですが。

――ちなみにニシダさんは、帰国子女で裕福な家庭で生まれたと伺っています。ただ、ご両親に携帯電話の料金を払ってもらったり、25日に仕送りをもらっているなどあり、もしかしたら貧乏アピールが必要なのではないかとふと思いました。こういった点が、「遺影」につながったということはあったりしますか?

ニシダ:ノーコメントです(怒)。

――大変失礼いたしました。

ニシダ:いえいえ(笑)。

ニシダさん

「不器用だと思います。家庭科は“2”でした。針に糸を通すのが苦手でしたね」

――ニシダさん自身は自分のことを「不器用」だと思うことはありますか?

ニシダ:不器用だと思いますね。家庭科は「2」でしたから。針に糸を通すのが苦手でしたね(笑)。

――物理的な不器用さが、精神的な不器用さに関係するようなことはあると思いますか? 例えば、物理的な不器用さが積み重なり、そのたびに自分は不器用だ、という自己暗示があったとすると……

ニシダ:確かにあるかもしれないですね。

――逆に「器用」に生きている人について、どう思いますか?

ニシダ:羨ましいと思っていましたね。特に、10代の時とか大学生の時とかは羨ましいと思っていました……でも、今となってはここまでくるともう器用になることは諦めています(笑)。

――相方のサーヤさんは器用だと思いますか?

ニシダ:器用だと思います。大学時代から器用なタイプでしたね。羨ましさはありました。

――処世術についてBRUTUSの「愛すべき純文学」で太宰治『葉』を引用して、先輩芸人の特性に合わせた立ち居振る舞いを勧めていらっしゃいました。やはり器用に生きたいという思いがあるのでしょうか?

ニシダ:器用に生きたいという思いはありますね。

――後輩芸人とうまく付き合っていく処世術はありますか?

ニシダ:自分の今のポジションとか、どれぐらい仕事ができるかとかを一回冷静に鑑みて、自分のレベルをなんとなく把握した上で、できる後輩がすごい絡んでくる時は、舐められていますね。絶対に舐められています。そういう時は気をつけた方がいいですね。なんか急にできるやつばっかり話しかけてくるんだっていう時は、舐められている時なんで。色々な経験から導き出しました。ちゃんと自己分析して、冷静に考えないで舞い上がっていると、目も当てられない状態になる可能性があります(笑)。

ニシダさん

朝起きられない。もう治らない。でも自分と同じような種類の人は嫌い

――ラランド公式HPのニシダさんの趣味欄に「ギャンブル全般(特に競馬) / マッチングアプリ / 夕方まで寝ること」などがありました。この生き方についてご自身はどのようにお考えでしょうか?

ニシダ:もうおしまいですね(笑)。ただ、生き方はもう変わんないんですよね……。朝頑張ろうって思って何度早起きを決意しても、やっぱり起きられない。ちょっと早く起きて、朝活したり「執筆の時間にあてるのだ!」と思ったりしても、寝ちゃうんですよね。でももう、諦めています。良くないなとは思いますけど、治せないなとも思っていますね。

――目覚まし時計を使っても、やはり起きられないのでしょうか?

ニシダ:起きられないんですよね……無意識に止めちゃうんですよ。

――今、彼女と同棲していると伺っているのですが、起こしてくれたりするのでしょうか?

ニシダ:目覚まし時計はまず自分で止めるじゃないですか。で、彼女が起こしてくれる時にも「寝かせて!」と言ってしまう時があって……。そういう時は寝かせてくれるんです。で、遅刻しますね。優しいというか、融通が利かないというか、意見を尊重してくれるというか……(笑)。

――大学准教授のわたしと、12歳年下の恋人・実里との生活リズムのズレによって心が不安定になり……という話の「濡れ鼠」があります。実里は夜の仕事をして昼まで寝ていて、寝室には脱ぎ散らかしたワンピースや下着、洗面所には化粧品のボトルが散乱している。このキャラクターはニシダさんの性格に近いように感じます。

ニシダ:そうですね……確かに近いところはありますよね。

――逆に彼女に同じことをされたらどう思いますか?

ニシダ:いや、もう「こら!」って思います。自分がオッケーなことって、意外と他人にされると駄目だったりするんですよね。

――例えば、彼女さんがギャンブルにはまっていたりすると……?

ニシダ:もう「こら!」って思いますよね。なんかやっぱ同族嫌悪があるんで、自分の性質と近い人って「こら!」って思ってしまうんです(笑)。やめなさい、何してんの!って言ってしまいます。

――彼女さんがマッチングアプリなんかにはまってしまうと、どうでしょうか?

ニシダ:もう「こら!」って思いますね。「そりゃ!」って言ってしまったりします(笑)。

――同族嫌悪ということは、反対に考えれば、自分とは違う性格の人を好きになるのでしょうか?

ニシダ:そうですね。それは多分あると思います。

――サウナの話「焼け石」に登場する滝君は、女性が男性用サウナの清掃を任されることに疑問を呈し、彼女を気遣っていました。西田さんは、そんな滝君を好きなキャラクターだと挙げていました。

ニシダ:好きですね。同族嫌悪の逆で、ちょっと自分とは遠いというか、そういうのはあると思います。あと、同族嫌悪の中でも、相手が自分よりも2枚も3枚も下だと思える時は、逆に好きになる可能性があります(笑)。同じレベルの同族って、一番嫌じゃないですか(笑)。自分よりも下だね、という時の同族嫌悪は全然大丈夫です。

――今回は結果的に「不器用」なキャラクターが集まった短編集になりました。今後、どのようなキャラクターを描きたいですか?

ニシダ:う~ん……。なんていうんですかね、自分の想像つく範囲でしかやっぱり書けないんだろうなと思うんです。自分より頭いい人とか多分書けないだろうし……そういう意味で、自分がレベルアップしたら書けるキャラも増えると思うんですよね。だから、自分がレベルアップしてちゃんとした人が書けるようになりたいですね。

――早起きなどを頑張って、でしょうか?

ニシダ:そうですね。今日も朝7時30分に起きたんですけど、それだけでもう無理(笑)。

――今日起きられたのはどうしてですか?

ニシダ:テレビのオンタイマーという機能があることに気がつきまして。7時30分にテレビのオンタイマーで、音量が80くらいのAVが流れるようにしたんですよ(笑)。そうすると、「あ、やべ!」というあの思春期の焦りが戻ってくるみたいな……一発で起きられますよ。「お母さんに見つかっちゃう!」という(笑)。オンタイマーで7時30分にAVセットです。起きられない人にはいいと思います。「お母さんに見つかっちゃう!」って本当に思いますから、一瞬で起きられます。お試しあれ(笑)。

ニシダさん