万城目学の最新刊『八月の御所グラウンド』は16年ぶりに“京都”が舞台。青春のまぶしさと切なさを描く小説2篇を収録
更新日:2023/8/10
日本で一番、歴史と文化が詰まった町といえば、なんといっても「京都」だろう。いまや国際的観光都市でもある京都には世界中から観光客が集まり、有名寺院では日本人の姿より目立つくらいだ。そんな京都にはほかにも大切な顔がある。人口にしめる学生の数がダントツで多いという「学生の街」としての、やさしい京都だ。
万城目学さんの新刊『八月の御所グラウンド』(文藝春秋)は、そんな学生の街・京都を舞台にした青春小説だ。自身も京大の学生だった万城目さんは、2006年に同じく京都を舞台にした青春ファンタジー『鴨川ホルモー』(角川文庫)で颯爽とデビュー。以降、奈良が舞台の『鹿男あをによし』や、大阪が舞台の『プリンセス・トヨトミ』など近畿エリアを舞台にした奇想天外な物語を数多く生み出してきたが、京都を舞台にした小説を書くのは実に16年ぶりとのこと。久しぶりのホームグラウンド、原点ともいえる地・京都を舞台にした新作は、「まさに青春」といったまぶしさとダメさとやさしさ、そして切なさが同居する素敵な物語だ。
夏休み直前に彼女にフラれた大学4回生の朽木は、本当なら彼女と高知の四万十川で遊ぶつもりが、8月の暑すぎる京都でひとり過ごすハメになる。心の傷を見ないようにしながら暑さにうんざりしていた朽木に、ある日、友人の多聞から連絡が。焼肉を奢ってくれるというので出かけていくと、まんまと借金3万円のカタに早朝の御所グラウンドで草野球大会をするという謎のイベントに参加させられる羽目になる。やる気のないままグラウンドに行ってみると、多聞がかき集めたメンバーで試合開始。初戦で勝利はおさめたものの、2日後の第二試合ではメンバーが足らなくなり、たまたまその場にいた中国人留学生のシャオさん、工場で働いているという「えーちゃん」に助っ人を頼むことに。その後もチームは総当たり戦の大会で順調に勝ち星をあげ、大会は次第に熱を帯びていくが…。
そのまま草野球大会のドラマで終わっていくのかと思いきや(それだけでも十分面白い)物語はシャオさんが、助っ人のえーちゃんが「ある人物」に瓜二つであることに気がつくことで急展開。状況証拠的にも「まさにその人」と思わせるものが積み重なるのだが、なんと彼は「もうこの世にはいないはずの人」ーーそんな不思議展開も「ああ、あるかもな〜」とすんなり思わせてしまうのが、京都という舞台のマジックだ。ちょっと路地を入れば平安時代の遺構にばったり出会ったりするなど、ある意味、京都は過去との接続が簡単すぎる街。だからこそ、いろんな時代の人が何気なく「そこにいる」パラレルワールドな状況も、おおらかに受け止めてしまえるのかも。
本書はもう一篇、都大路を走る「女子全国高校駅伝」にピンチランナーとして挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生を描く「十二月の京都大路上下(カケ)ル」も所収。どちらも京都を舞台にした青春小説で、万城目さんらしいみずみずしい感性はそのままに、作家として成熟した今、原点の地を描くからこそ滲み出す人生の深みがほろ苦い。「青春」の時期にしか存在しない「何か」がまぶしくて、ちょっと切なくて…万城目さんの描く京都がもっと読みたい! そんな贅沢な願いを持ってしまうのは、きっと私だけではないだろう。
文=荒井理恵