第20回「坊っちゃん文学賞」田丸雅智✕夏井いつき特別対談 ──アイデアで魅せる! ひろがることばの世界
公開日:2023/8/10
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年9月号からの転載になります。
松山市が主催する「坊っちゃん文学賞」は今年で20回目、そしてショートショートの文学賞として生まれ変わってから5回目を迎える。審査員長で松山市出身の田丸雅智さんと、俳都松山大使で俳人の夏井いつきさんが語り合う、それぞれの「種まき」、そして「ことばと文学のまち」から発信する思いとは────。
取材・文=河村道子 写真=干川 修
坊っちゃん文学賞とは?
正岡子規を生み、夏目漱石の小説『坊っちゃん』に描かれた文学の街「松山市」が主催する本賞は瀬尾まいこや中脇初枝など、人気作家を世に送りだしてきた。第16回からショートショートの文学賞としてリニューアル、今年で20回目を迎える。前回は応募作が7000作を超えるなど、大きなもりあがりを見せている。
田丸 俳句のタペストリーが商店街にはためいたり、至るところに句碑があったり。僕は大学入学を機に故郷・松山から東京へ行ったのですが、外に出て、実感したのが、松山はことばの多い街だなということ。ことばが多いとうるさく感じてしまいがちですが、この街にはとても馴染んでいる気がします。
夏井 ことばを上手に街に溶け込ませているのは松山市の努力だと思いますよ。街の風景にどうやってことばを落とし込んでいくかで、ことばで立っていこうとする街の腹の括り方が見えてくる。松山市がいろんなことばを全国から募った「だから、ことば大募集」には、私も関わりましたが、選んだことばをどう使うんだろうと思っていたら、選ばれた作品がばーんと書かれた路面電車が走っていたり、松山空港の階段にさりげなく入れてあったりしてね(笑)。素敵なことばを何気なく目に留められるミュージアムのようなまちづくりをしているんです。
田丸 その風景は、自分にも自然に刷り込まれてきていますね。そして小学校の宿題には当たり前に俳句が出る。
夏井 松山の子は俳句、否応なしにやっていますよね。「俳句の種をまく」活動で、全国の学校を句会ライブという俳句の授業をしに回っていたんですが、よその都道府県はもちろん県内でも、“俳句が宿題になるなんて!”と驚かれることが多くて。あ、そっちが普通なんだと(笑)。
田丸 当時はやらされている感もありましたが(笑)、よかったなと思っているんです。俳句に触れる機会があったことで、五音、七音の気持ち良さを感じ、気づいたら自分の文章にそういうリズムができていた。それは明らかに俳句の影響を受けていますね。その上で、自分がショートショートという短い文章を紡ぐようになったのは、ものづくりに親しんできたことが大きいと思っています。僕の祖父はそれぞれ大工と鉄工所をやっていたんですが、その影響でアイデアをもとに何かをつくることが好きになって。
夏井 そこに文学が入ってきたんですね。
田丸 はい。アイデアでちっちゃい世界をいっぱい生み出すショートショートに惹かれ、ものづくりからお話づくりに。
夏井 アイデアを楽しむものなのね、この短い文学は。
田丸 現代ショートショートは「アイデアと、それを活かした印象的な結末のある物語」。よく混同されるのがショートストーリーですが、たとえば電車のなかで恋愛の駆け引きをする男女の短いストーリーがあったとします。会話はドキドキするけど特に何も起こらない場合は、ショートストーリーと言える可能性が高いです。それに対して、何らかの新しいアイデアが含まれているのがショートショートという感じです。俳人の神野紗希さんに、“ショートショートとショートストーリーは俳句と川柳くらい違うんですね”と言われたことがありまして。
夏井 今、私もおんなじこと、思った! ひょっとすると、俳句の季語にあたるものが、ショートショートではアイデアということですよね?
田丸 そうだと思うんです! それ、ぜひ、皆さんにお伝えしたくて。僕の思う、俳句とショートショートに通じるものは、季語とアイデアという、核になる、かけがえのないものがあるところ。そしてショートショートはことばの取捨選択が生じます。すべてを書くことで失われるものがあるし、逆に削りすぎると伝わらなくなる。そのあわいをちゃんと攻めていけるか、というところも俳句と近い気がしているんです。
夏井 散文と韻文という境界線はあるけれど、書かない選択は共通点ですね。俳句は十七音という制限があるので、書かなくていいところは書かない。たとえば“蝉の声が聞こえる”だと、“「蝉の声」と書いたら、もう聞こえているんだよ!”と『プレバト!!』みたいな話になりますね(笑)。書かないことによって想像させたほうが10倍くらい詠み手のなかで想像してもらえるから。
田丸 そしてショートショートは読者のなかで完成する。僕のイメージで言うと、原液のようなものを渡し、読んだ方のなかでそれがトリガーになってふわっと広がる。俳句はいかがですか?
夏井 まったく一緒です。俳句は作り手と読み手がいて成立する“座の文芸”なんです。高浜虚子は「選は創作なり」と言っていますが、彼は、俳句を選んで評価することも創作行為だと言っているの。俳句を選ぶことは、俳句を詠むことと同じ創造的な行為だと。読者に何かを手渡すことによって完成するという点も共通点ですね。
才能や知識ではない 好奇心さえあれば
田丸 ショートショートのアイデアとも通じる季語で、“凌霄花(のうぜんのはな・のうぜんかずら)”など、あまり馴染みのないものを使うときって、たとえば誰もがよく知る“蝉”を使うときと同じ感覚で詠まれるんですか?
夏井 基本的には同じ。その季語を知らない人でも、これが季語に違いないくらいはわかるはずだから。そしてひとまず詠んで、この季語、知りたいなと思わせたら勝ち。興味持った人は調べるじゃない? 調べてみると、誰それさんの家の塀にあった花だ!とか、知識と体験がその瞬間に結び付く。それは素敵な効果であり、力だと思う。だからあまり恐れずに使いますね。俳人の好奇心を信じているので。俳句は才能や知識ではなく、好奇心の量で詠むものだと私は思うので。
田丸 ショートショートもそうです。アイデアを生むのも好奇心なので。
夏井 “自分は才能がないから”ってよく断られません?
田丸 はい。“自分にはできませんから”って。
夏井 俳句を断る人の理由って、だいたい、才能がありません、語彙がありません、知識がありません、なの。俳句は好奇心さえあれば詠めるし、やりだしたら一生、退屈な時間はなくなるから、という言い方をするんだけど、好奇心で俳句ができるって、なかなか信じてくれない。
田丸 夏井さんがおっしゃっても、そうなのですね。
夏井 田丸さんのショートショートの普及活動の場である、書き方講座にはどんな人たちが来るの?
田丸 小学生からシニアまで、少年院や企業でも開催しているんですけど、一般向けの講座では本やショートショート好き、創作に興味のある方が多いでしょうか。そして女性が圧倒的に多いです。
夏井 時間帯も関係しているのでしょうけど、俳句もカルチャー教室は女性が多いですね。ただ、全国で開催している句会ライブでは性別も年代も関係なくなります。一家全員で来てくれることが多いので。最初、お父ちゃんひとりで来て、ご夫婦で来て、親を連れてきました! 今度は子どもたちも連れてきました! ってね(笑)。
田丸 一方、企業向けの講座になると、男性が多くなりますね。普段なかなか来てくださらない層に届くので意義深いなと感じています。
夏井 おっちゃんたちが本気で好奇心持ってくれると、切り口が面白いよね。おっちゃんたちならではの物事に対する皮肉な視点、どうしても裏から見てしまうところとか。女性軍が、心がほっと温かくなるようなことをうれしそうに喋っていたりすると、いやいや、ちょっと待ちなさいみたいな(笑)。そういう視点が入ってくると、会場に化学反応が起きる。世の中のおっちゃんに、あなたの好奇心を開放してください! と言いたいですね。
田丸 ほんとに言いたい。少年のような心を持ったままの方もいらっしゃるし、ビジネス的なセンスを持ってるがゆえに面白い、その好奇心をぜひ開放してくださいと。
──お二人の普及活動にはライブ感がありますね。
田丸 短いという特性を持つゆえ、ライブでもできる、ということですね。書き方講座で言えば60分、90分で書ききれてしまうので。
夏井 句会ライブでは、“私が言う通りにやったら5分で一句できるから”って。最初、何百人が半信半疑で、えー⁉みたいな声があがるんだけど、絶対にできる。そしてできたという成功体験を持って帰ってくださる。それが大事よね。
田丸 書き方講座のときは、参加者の方だけではなく、横で見守る主催の方にもやってほしいと思っています。“あなたも書いてください”と僕、いつも言ってます。
夏井 すぐ言い訳するの。子どもたちは感性がキラキラしてるからとか。別に子どもだけが感性、キラキラしているわけじゃない、子どもでも大人でも、最初はおんなじつまんないものから始まる。学校で句会ライブやるときは、この体育館にいる人全員、参加だからねというのを鉄の掟にしているんです。ちょっと観にきました、という地域の方にも、ここに足を踏み入れたら参加してください、参加しないならどうぞお帰りくださいって。取材に来た新聞社の方やカメラマンにも言いますね(笑)。
田丸 さすがです(笑)。
夏井 いやぁ、あんたも苦労してきたんやなぁ(笑)。
田丸 いえいえ(笑)。ようやくこの活動を始めてから10年を迎えたんですけど、夏井さんはその何倍もやられていらっしゃる。創作の世界でそういう方、あまりいらっしゃらないじゃないですか。だからこそ夏井さんの活動にインスパイアされています。まず知ってもらう、まず体験してもらうという場を僕ももっと増やしたい。自分は関係ないと思っている人、たとえばスポーツ少年少女たちとか、放っておいたら絶対、ショートショートに触れてくれない人たちにも。そういう方に読んでね、もいいんだけど、書きましょうよ、と言いたい。書いたらできたという機会を増やしたいんです。
夏井 俳句は長い歴史を持っているので、なかには大衆におもねることのない孤高の文芸であっていい、という考え方もあるんです。それもひとつの考え方だけど、私は俳句に富士山のように高く、広い裾野を持っていてほしいんです。自分の作品をつくることだけを考えていれば、限りある人生と体力を己の作品のためだけに費やせる。けれど、それだけをやっていたら、100年後の俳句の未来はどうなる? と強く言いたい。100年後の俳句のために今、真剣に種をまかないと。そしてほんとにやらねばならないのは、届かないところにどう届けるか、そこでこっち向いてくださったら、どう一歩、前に来ていただくか。そこもアイデア勝負。多分、田丸さんと私の立ち位置は一緒だと思う。私たちの活動は、自分たちの創作活動とともに、外の広大な平野に種をまくこと。アイデア勝負なら、広い荒野で走り回るほうが絶対、活性化していく。
田丸 絶対、そう思います。夏井さんの100年後の未来に向けての種まき活動に、僕も影響を受けているんです。ショートショートは長らくデビューにつながる文学賞がなかったんです。いつか誰かが、と思っていたんですけど、あるとき、ムーブメントは今、自分でつくるものなんじゃないか? とハッとして。勇気を振り絞って文学賞を立ち上げました。その賞は終わってしまいましたが、エッセンスを継承するものが「坊っちゃん文学賞」だと思っています。そして今、吹く風が変わってきたということを実感しているんです。
松山は、ほんとの意味の「ことばのまち」になる
夏井 「坊っちゃん文学賞」は以前、長・中編の賞でしたよね。それが2019年からショートショートの賞に変わった。時勢のなかで方向転換する、そういう波のなかにあったんだなと感じました。私の知っているショートショートって、星新一くらいで止まっているんです。今回、改めて受賞作を読んで、あ、こういう風に進化というか、分化しているんだー! とちょっとびっくりしました。
田丸 わぁ! それ、目指してきたことですので、めちゃくちゃうれしいです。
夏井 星新一、筒井康隆の描くSF一本! というイメージしかなかったから、こんな風にバラエティを育ててきているんだと思いました。でも、それゆえに審査は難しいんじゃない? パターンや題材にしても、これだけ違うものを同じ土俵で評価していくというのは。
田丸 そうですね。SF的なものもあれば、ファンタジックなもの、ホラーテイストのもの、様々あって。
夏井 変な例だけど、ステーキとラーメンと、これでどれ一位にしますかという(笑)。
田丸 そうですね(笑)。審査員のなかで意見が割れることもありますが、最終的にはいつも満場一致で送りだしています。審査に携わっているのが、僕以外では、声優の大原さやかさん、映画監督の山戸結希さんで、それぞれ独自の視点で、僕のなかにない意見を言ってくださる。審査はめちゃくちゃ建設的で楽しいです。さらにプロの目線とはいえ、自分のバックグラウンドによって増幅される部分もあって。それは僕もある程度、自覚がありますね。海の話に弱いとか、ほろりとした話、おじいちゃん、おばあちゃんものに弱いとか。でもそういうときって、逆に冷静にもなれるんです。
夏井 あの俳人は、母ものに弱いとか、俳句でもそれ、あるあるですよ(笑)。
田丸 受賞作で注目していただきたいところがありまして。去年でいうと、大賞は「ジャイアントキリン群」という野球の話、佳作には都市が降って来る、ザ・SF作品の「メトロポリスの卵」、一昨年の大賞受賞作は、怪奇幻想系の「月光キネマ」でした。この懐の深さ、広さを見てほしいんです。ここまでテイストの異なるものが受賞作として並んでいることは、他の文学賞ではあまりないと思うんです。
夏井 この賞は、ここまで広く受け止めている、ということを知ってほしいですね。
田丸 さらにショートショートのバラエティの豊かさを知ってほしいんです。下火になってから止まっていたショートショートの時を進めたいんです。ショートショートは続いている、そしてここから広がっていく、ということを感じてほしいんです。
──夏井さん、坊っちゃん文学賞へのエールを!
夏井 実は今日、私が何を言える? という気持ちで来たんですけど(笑)、田丸さんを目の当たりにし、これは大丈夫だと思いました。中心になって種をまこうとしている人がどんな人かで、自然にダメになることもあるだろうけど、こんなに熱くて素敵な若者がいる。その存在だけで、坊っちゃん文学賞、そしてショートショートの未来があると思いました。
田丸 何よりのエールです。賞がすべてではありませんが、ひとつわかりやすいものがここにある、みんな一回、来てみて! という場所として、坊っちゃん文学賞を盛り上げたいです。応募数も文学賞のなかで突出しているんです。2000~3000作でもすごい! と言われるなか、7000~9000作もの応募作が来ている。そういう意味でも、開かれた文学賞に、そしてショートショートのひとつの頂にしていきたい。そして僕は、松山市がこの賞を主催していることに本当に意味を感じているんです。この賞は、税金で運営されている文学賞。「ことばと文学のまち」松山市の本気度、気概にしびれているんです。坊っちゃん文学賞を高め、周りに波及していくものに、そして賞から輩出された方の活動が気づいたら、こんなに大きくなっていた、というカルチャーにしたいんです。
夏井 松山には正岡子規という宝がいます。俳人として名高い子規さんは、俳句のみならず、文章、短歌の改革をし、ことば、文字というものを、病床にあったときですら、楽しんでいた。散文も韻文も、短歌も俳句もひとつの器のなかに入れて。私たちは、彼の生きた松山という器のなかでそれができる。俳句も、ショートショートも、皆、一緒に。ここは、ほんとの意味での「ことばのまち」になっていくかもね。
松山市おすすめスポット
田丸さん「三津浜(みつはま)」
僕は三津浜育ち。古民家カフェができるなど、おしゃれな町になりつつある三津には今も、昔ながらの渡し舟があります。三津浜での思い出は、近くにある梅津寺という浜でのことと一緒に「海酒」という作品にも閉じ込めましたが、穏やかな瀬戸内の海を感じていただける場所です
夏井さん「上人坂(しょうにんざか)」
一遍上人の生誕地である宝厳寺へ向かう上人坂は、『坊っちゃん』で、山門から寺までの両側を遊廓が占めていて前代未聞だと登場した坂。今は遊郭はなく、宝厳寺の三軒下には、私が結んだ庵「伊月庵」があります。漱石や子規が歩いた坂に思いを馳せながら、句会などはいかが!
たまる・まさとも●1987年、愛媛県生まれ。2011年『物語のルミナリエ』に「桜」が掲載されデビュー。樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務めるほか、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、現代ショートショートの旗手として幅広く活動中。
なつい・いつき●1957年、愛媛県生まれ。俳句集団「いつき組」組長。創作活動&指導に加え、俳句の授業〈句会ライブ〉、全国高等学校俳句選手権大会「俳句甲子園」の創設にも携わるなど幅広く活動中。MBS『プレバト!!』俳句コーナーなどテレビラジオの出演多数。2015年、俳都松山大使に就任。松山市在住。
◎第20回坊っちゃん文学賞 応募要項
募集作品:4000字以内のショートショート
応募方法・募集締切:
インターネットでの応募:令和5年9月30日(土)23時59分までに応募フォームから応募
郵送での応募:9月30日(土)(必着)
賞:大賞(1名):賞金50万円、
佳作(5名):賞金10万円
大賞作品は『ダ・ヴィンチ』に掲載
詳細は公式HPへ
https://bocchan-shortshort-matsuyama.jp/about.html