おなかの赤ちゃんへの「語りかけ絵本」が、鬱々してしまうマタニティ期に光を灯す。作者・こがようこさん×産婦人科医・荻田和秀医師が語る、親子のしあわせの形
公開日:2023/8/6
お腹にいる赤ちゃんは、妊娠6カ月を過ぎる頃、耳が聴こえるようになるという。また、この頃から「語りかけ」をすることのメリットが医療業界でも語られているとか。
『おなかのなかのあかちゃんへ』(こがようこ:作、くのまり:絵、荻田和秀:監修/岩崎書店)は、本を読み聞かせるだけで胎児に語りかけ、愛情を伝えることができる大人のための絵本。作者のこがようこさんと、本書の監修を務めた、大阪府・りんくう総合医療センター産婦人科部長の荻田和秀医師に、この絵本の魅力や親子のしあわせについて話を聞いた。
(取材・文=吉田あき)
《プロフィール》
こがようこ●絵本作家、紙芝居脚本家、絵本コーディネーター・語り手、語り手たちの会理事。30年以上にわたりさまざまな場所でお話を届ける活動を続ける。「語りかける子育て」をテーマに講演・講座を数多く手掛ける。著書に『保育に活かすおはなしテクニック ~3分で語れるオリジナル35話つき~』(小学館)。絵本作品は『おせんべ やけたかな』(降矢なな:絵/童心社)、『どーこかな?』(瑞雲舎)など多数。
荻田和秀●りんくう総合医療センター産婦人科部長、泉州広域母子医療センター センター長・周産期センター長。ドラマ化された人気漫画『コウノドリ』の主人公・鴻鳥サクラのモデルとしても知られる。著書に『嫁ハンをいたわってやりたい ダンナのための妊娠出産読本 (講談社+α新書) 』(講談社)、『妊娠出産ホンマの話 嫁ハンの体とダンナの心得 (講談社+α文庫) 』(講談社)など。
お腹の中への「語りかけ」2つのメリット
——この本が誕生したきっかけを教えてください。
こがようこさん(以下、こが):私は普段「語りかけ」をテーマに絵本作りなどの活動をしているのですが、お腹にいるときから赤ちゃんに語りかけることが、赤ちゃん自身だけでなく、お母さんやお父さんにとってもいいんじゃないかと考えていて。「語りかけ」の絵本を出せるよう、いくつかの出版社に働きかけているとき、岩崎書店さんからちょうど同じようなお話をいただいて、やっと完成した一冊なんです。編集の方から荻田先生のことを聞いて、ご著書『嫁ハンをいたわってやりたい ダンナのための妊娠出産読本』(講談社プラスアルファ新書)を読んだら、「語りかけ」を肯定する言葉が書かれていたので嬉しかったです。
荻田和秀医師(以下、荻田):僕も監修の依頼をいただいてから本書のゲラ(印刷物の試し刷り)を拝見した瞬間、これはすごいなと電気が走りました。胎児への「語りかけ」は大事なことなのですが、現場で実践するにはどうしたらいいのか頭を悩ませていたので。
「語りかけ」の良さには2つの側面があります。1つは赤ちゃんに対する影響。大きな音を聴かせるとこちらを見るという論文や、モーツァルトやヘヴィメタルを聴かせるといいという意見など、外からの音声が赤ちゃんに何かしらの影響を与えるのではないか、という報告がいくつも出ていて、産婦人科医の間でもホットな話題です。
どういう「語りかけ」がよくて、どう影響があるのかはまだ不透明ですが、胎児が「音」や「声」に反応するのは間違いないと見られています。
もう1つ、僕がいちばん大事だと思うのは、お母さんをはじめとする周りの人への影響ですね。今の時代、状況や気持ちを言語化することがおざなりになっていると思うんです。たとえば、上のお子さんに「お腹のなかに新しい生命がいるんだよ」と話すこととか。モヤモヤした気持ちやウキウキした気持ちは、言語化してようやく外に出て形になるし、口に出すことで落ち着くというか、心が晴れるというストレス解消も期待できます。
今までは関西弁で面白おかしく胎児に話しかけてみせたりして、なんとか親御さんと赤ちゃんがコミュニケーションを取れるようにいろいろと試してきましたが、これからはこの本が「語りかけ」のいいツールになりそうです。
「おーい」という呼びかけが「語りかけ」のきっかけに
——実際にこの絵本の朗読で涙を流したマタニティママがいたとか。
こが:この本は、赤ちゃんが産まれてきたらこんなことしたいなっていうのを語りかける内容なんですが、後半に「それでも不安が寄せてくる」という場面転換があって。そのページに気持ちが重なり、泣けてきたようです。同じようにマタニティママである自分の娘を見ていてもそうですが、妊娠中はすごく繊細なので…。
荻田:僕もこの本を読んで、泣きそうになりました。くのまりさんの絵もすごく良いですし。途中で不安が押し寄せる、というフレーズはなかなか出ませんし、ここがこの本のミソなのだと思います。嬉しいし楽しい、でもしんどくてつらい…っていうのを全部あわせての妊娠期間なので、そのつらい部分が描かれていると刺激を受けるというか、心を揺さぶられてしまう。僕の妻も、病院のスタッフも言ってましたから、これは妊婦さんだけじゃないと思います。お父さんにも読んでほしいですね。
——お話の中には「うまれてきたら なにしたい?」「ちいさな ゆびに ひとつずつ ふれて そのてを しっかり つつんでみたい」など、赤ちゃんとの生活が自然と思い浮かぶような言葉が並んでいます。
こが:実際に作り始めたら難しかったんですが、手紙のようなものを書いてみようという素直な気持ちで「おーい おーい おなかの あかちゃん」という呼びかけを最初に入れたら、そこから物語がスルスルと出てきたんです。あんなに苦労したのが嘘みたいに。
荻田:「もしもし」でもなければ、「こらこら」でもない。「おーい」のフレーズは本当にスッと入ってきました。「語りかけ」のきっかけになるようなステップで、ここを越えられたら赤ちゃんに伝えたいこともいっぱい浮かんでくるんじゃないかと思います。神が降りてきたみたいに。
こが:他には、「おべんとう もって おやつも よういして」というピクニックに行く場面があるんですが、本当にさりげない言葉で。実際のお母さんやお父さんにもお話を伺いながら内容を考えていたので、みなさんが生まれてきた赤ちゃんとしたいのは、そういうさりげないことなんだなって。「いつか でんしゃにも のろうね うみまで いこうか」という場面も思い入れが強いページ。絵もすばらしいし、「ガタゴト ガタゴト」という擬音も好きで、必ず入れたいとお願いしました。
荻田:じつは僕もグッときました。電車に乗って海を見に行くのって日常的で、それほど特別なことじゃないんですよね。僕はこのページで電車や海の匂い、エネルギーを感じました。今、力が入ったページだと伺って、ああ、やっぱりなと。
——電車のシーンを含め、この本には、新しい命を迎えるにあたって親御さんたちが抱きそうな「かけがえのない気持ち」がちりばめられています。赤ちゃんを迎える前の「かけがえのない気持ち」を言葉にすると、どんなことだと思われますか?
こが:これから新しい命を迎える方々に伝えたいのは、あなたの赤ちゃんはきっと生まれたがっているよっていう気持ちと、生まれてきたらきっとあなたの赤ちゃんは可愛いよっていう気持ちでしょうか。ただこの本は、お父さんお母さんだけではなく、すべての人に読んでもらえる物語なのではないか、と思っているんです。すべての人は、お母さんのお腹の中から、生まれたくてこの世に出てきた、かけがえのない命ですから。
荻田:人によっても感じ方が違うので言葉にするのは難しいですが、たとえば、ワクワクドキドキ、でもすごく怖い、といったいろいろな感情がないまぜになったものだと思います。人の気持ちは記憶として刻まれると言われているので、この本を読んで感じた「かけがえのない気持ち」は、90歳や100歳になっても思い出せるような形で記憶されるでしょうね。
お母さんが嬉しそうだと赤ちゃんも嬉しい
——この本は赤ちゃんへの「語りかけ」の言葉を提案しながら、これから親になる人たちの不安に寄り添ってくれる一冊だと感じます。妊娠期に不安を抱えてしまったママやパパに、どんな言葉を掛けてあげたいですか?
こが:特にお母さんは、ちょっとしたことで不安になりますよね。子どもが産まれてからも、どうしてこんなに夫や子どもに怒っちゃったんだろうと自分を責めてしまったり。だから「それでいいんだよ、大丈夫だよ」という言葉を掛けたいです。自分を許して、認めて、自分に優しくしてあげてほしいなと思います。
荻田:私も妊婦さんには「大丈夫ですよ」と声を掛けています。あなたのお母さんもおばあちゃんも同じように、不安なことはありましたと。最近の妊婦さんは自分のベンチマーク(指標)を持ちたがるので、「みんなそうやで」と伝えると、すごく安心されます。実際、どんな人だって出産には不安を抱えるものですから。
こが:絵本の読み聞かせでも、お父さんは自分を楽しませることが割と上手ですけど、お母さんは「赤ちゃんのためにいいから」ということを優先しがち。私もそうでした。だから「無理をしないで。自分が楽しめるようなら読んでください」とお伝えしています。お母さんが嬉しそうだと、生まれてきた赤ちゃんは嬉しいので。きっとお腹にいる赤ちゃんも同じかなと。
荻田:多くのお父さんは能天気ですから(笑)、お父さんにお話をするときはややきつめに言うようにしています。たとえば、落ち込んだ妊婦さんには「大丈夫ですよ」と言いますが、お父さんには「気をつけてください」と話します。
——本の後半には、赤ちゃんを抱っこする場面も。こが先生がお子さんを出産したときはどんなお気持ちでしたか?
こが:一人目の子は急に帝王切開になってしまったから大変で、赤ちゃんは集中治療室に入って会えなかったし、すぐに可愛いと思えなかったんです。それを周りに言えないことも苦しくて。でも何日か経って、赤ちゃんと2人だけになったとき、「はじめまして」と語りかけたら、急に気持ちが溶けていって。自分の子どもというより、「この人と一緒に生きていくんだ」という同志感が芽生えて、心がスーッと楽になったのを覚えています。『嫁ハンをいたわってやりたい ダンナのための妊娠出産読本』(講談社プラスアルファ新書)を読んだら、産後もマタニティブルーになるとあって、まさにその状態だったのかなと。
荻田:厳しい出産をくぐりぬけて、やっと赤ちゃんと「サシ」で話してわかりあえたと(笑)。ひとつ言えるのは、この本にもあるように、十月十日、24時間ずっとニコニコしていられるわけではないし、気分が沈み込むことがなければ逆におかしい。赤ちゃんに声を掛けることでカタルシスを感じる(心が浄化される)というのは、すごくあると思います。医学的にもそういうデータが出ているので。
——赤ちゃんが「同志に思えた」というのも興味深いですね。
こが:つい、自分が親なんだからと考えてしまいますけど、どちらも同じようにお母さんのお腹から生まれた命ですよね。どこに行くにも一緒で、一緒にいるといつもの景色が違って見えたりして、「お花きれいだね」とか「さっきのは嫌だったね」と話しかけること自体が新鮮で。生まれてきた子どももその言葉に反応してくれるし、私にとってはまさに同志でした。
自分に子守唄を歌ってあげるような気持ちで
——子どもがしあわせになるために、親ができることはどんなことだと思われますか?
荻田:こが先生がおっしゃった通り、お子さんにとっていいのは、お母さん自身がしあわせでいることなんですよね。だから、無理をしてもしょうがない。いい母であろうと思い詰めるのは逆効果なのかなと思います。「そのまま」で、「ふわっと」いてもらえたら、いいのではと思いますね。
——もしマタニティブルーになってしまったら…。
荻田:家族や友だち以外にも、行政や、我々医療機関など、救いの手を差し伸べてくれる人はたくさんいるので、子育てに使えるアセット(資源)を引き寄せておいてもらえたら。
いろんな情報に振り回されないようなリテラシーを持ってくださいということも、講座でよく伝えています。妊娠・出産に関して、底抜けに能天気な記事ばかりを載せているようなメディアが多いと日頃から感じていて、妊婦さんに良くない影響を与えていると思うんです。だから「こんなスーパーモデルみたいな妊婦さんは実際にはいないと思いますよ」という話をよくしています。
夜になると眠くなるのと同じで、すごくしんどいときは必ずある。そういうときは必ず誰かの力を借りるか、手元に浮き輪みたいなものを持っておいてくださいと。この本はその「浮き輪」のようなツールになり得ると思います。
こが:「これはできない」というとき、素直に言ってもいいんですよね。赤ちゃんやお子さんと一緒に泣いちゃうくらいがいいんじゃないでしょうか。「子どものために」という考えは捨てて、自分が楽しいことを選び取っていくというか。
わらべうたの「とーんとん」というリズムって、心臓と同じリズムだと思っているんです。「どうして赤ちゃんが泣いてるんだろう」というときって、自分の感情も昂って心臓の鼓動が速くなっていることがあって、「まあいいか」と諦めた瞬間に「とーんとん」という波長が赤ちゃんと合って、いつの間にか泣き止んで寝ていた、ということも。自分に子守唄を歌ってあげるような穏やかな気持ちでいることは、すごく大切なんじゃないかと。
生まれた後も語りかけられる絵本
こが:荻田先生、お腹の中の赤ちゃんに語りかけたとき、実際とは声はちょっと違って聞こえるようですが、生まれてからもリズムは覚えているんじゃないかと思うんです。たとえば「おーいおーい」とか。生まれる前と生まれた後、同じリズムでこの本を読むことで、赤ちゃんはすごく安心するんじゃないかなって。
荻田:そうですね。赤ちゃんの中で音や刺激がどう処理されているのかはわかりませんが、音楽なり、絵本なり、お腹にいるときから一定のリズムを聴かせると、生まれてからしばらくは覚えている可能性があります。この本も、お腹にいる頃から生まれた後まで読み続けるといいと思いますよ。
こが:そのように言っていただいて嬉しいです。この本が、赤ちゃんとお父さんお母さんをつなぐコミュニケーションツールになればと願っています。