「死にたい」と思ったことがある日本人は3000万人近く。自分が、友人が希死念慮に駆られた時に助けてくれる本
公開日:2023/8/4
「死にたい」「これから死にます」「絶対に死んでやる」――これらは筆者がX(旧Twitter)上で度々見かけるツイートである。そしていつも戸惑う。何か反応したほうがいいのだろうか? 声をかけるとしたらなんと言おう? そう悩んでいた時に参考にしたのが、末木新氏の『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学(ちくまプリマ―新書)』(筑摩書房)だ。末木氏は公認心理師兼臨床心理士で、自殺について日々研究を続けてきた、その道のエキスパートである。
本書のデータによれば、昨今の日本の年間自殺者数は約2万人で、「死にたい」と思ったことがある人は人口の2~3割、つまり3000万人近くいるという。40歳頃までの死因で最も多いのは自殺であり、自殺の割合は10万人のうち20人。自殺は太古の昔から存在するとされ、古代からさまざまに論じられてきた。それが今ならSNSなどで可視化されたと言えるだろう。
末木氏は、自殺が起きる原因を統計をもとに考察し、国ごとの自殺事情の違いから、自殺者数の推移まで、あらゆるアングルから自殺に迫る。ただ、ネガティヴなことばかりが記されている本ではない。例えば、サッカーのワールドカップやオリンピックのような国際的なスポーツイヴェントが行われている間は、自殺率が低くなるなんてトリビアも挿まれる。〈ナショナリズムに訴えかけるイヴェントが人々を団結させ、孤独感を一時的に低減する〉のがその理由だとか。
自殺と報道の関係についての言及も興味深い。子供の自殺についてのメディアの報道は、いじめが原因のものに偏っているらしい。いじめを苦にしての自殺はメディア的にはキャッチーな「ネタ」として扱いやすいのだろう。だが、本書の統計によれば児童や生徒の自殺の大半は、学業不振や家族との不和といった悩みが原因だそうだ。
では、末木氏の考える自殺予防の具体的な処方箋は何か。彼は、政府や自治体ができることとして、物理的に自殺へのアクセスを断ち切ることを提言する。具体的には、橋や滝にフェンスを設置したり、練炭の入手に制限を設けたりすることを挙げている。電車の駅のホームドアは元々転落事故防止のために作られたが、自殺対策としても有効だと証明されているという。
また、本書が有用で有効なのは、自殺したいと相談される側にも焦点が当てられているところだ。筆者も経験があるが、ストレートに死にたい気持ちを告白されるのは、する側はもちろん、される側にも負荷がかかる。相談される人間にも、然るべき対処や対策が必須であり、それを明文化した本書は貴重だと言える。
他には、自殺予防として「いのちの電話」などの窓口があるが、有効だろうか。今は「死にたい」で検索すると、相談窓口の電話番号が表示される。オンライン/オフライン問わず、悩みを聞いてくれる機関はあることはある。ただ、その多くは非常に繋がりづらい。死にたくなったらこの人やこの窓口に連絡するなど、事前にシミュレーションし、複数の選択肢を持っておくことが肝要だろう。
例えば、建築家/作家/アーティストの坂口恭平は10年以上にわたって、死にたい人の駆け込み寺として「いのちの電話」ならぬ「いのっちの電話」というホットラインを開設。自身の携帯番号(090-8106-4666)を著作の帯などで大々的に公開し、約2万人の相談に乗ってきた。彼の果敢な試みも、これまでの相談窓口とは異なるオルタナティブな可能性を示唆している。
最後に、筆者が鬱病で希死念慮に苛まれた時に実践してきた方法を紹介しておく。まず、その日起きた出来事をおおまかでいいので列挙しておく。実際に筆者がつけたノートから抜粋すると、昼過ぎに起床②、外を散歩④、カレーを作った⑤、お笑い番組を見た④といった具合。数字は個々の行動に対する5段階の自己評価で、これはなるべく①②をつけず、多少盛ってもいいから④⑤を多めに記す。
辛くなったら④⑤がついた行動を意識的に実行する。①や②がついた行動は繰り返さないように留意。重要なのは、続けられる範囲で無理せず始めること。方法はなんでもいい。まずはできることから、地道に対策を講じていくしかない。そして、本書はそうした実践に挑むに際しても、大きなヒントを与えてくれるに違いない。
文=土佐有明