【芥川賞候補作】修学旅行から大脱走?! 青春のすべてが詰まった、高校生たちの1日限りの冒険譚
公開日:2023/8/6
青くさくも愛おしい自分語りが紡ぎ出す、青春のひととき。そのまばゆいほどのきらめきに、胸がいっぱいになる。どうしようもない懐かしさと、切なさと、痛み。大人になった私たちも、この小説を読めば、すぐに、高校時代の、懸命に生きていた自分を思い出す。
そんな作品が、『それは誠』(乗代雄介/文藝春秋)。第169回芥川賞候補作に選ばれた青春小説だ。著者の乗代雄介氏といえば、野間文芸新人賞、三島由紀夫賞を受賞し、芥川賞候補に選出されるのも3度目という注目の作家。『それは誠』も、今、大きな話題を集めており、ネット上では「芥川賞候補作なのに、面白すぎる!」なんて感想まで見受けられる。「いや……芥川賞は候補作も含めて面白いけど……?」と思わずツッコミたくなったが、純文学をあまり読まない人たちにとっては、「芥川賞候補に選ばれた小説」というと、もしかしたら、難解なものをイメージしてしまうのかもしれない。だが、この作品ほど、親しみやすい小説はないだろう。口語体で語られる物語は読みやすく、スラスラと脳内に入ってくる。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を彷彿とさせるかのようであり、スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』のようでもある。読書家たちはもちろんのこと、普段、あまり読書をしない人も、高校生たちのささやかな冒険に、夢中にさせられるに違いない。
主人公は、地方に住む、高校2年生・佐田誠。彼は東京への修学旅行の班別の自由行動日に、学校に提出したコースから外れることを試みる。行き先は、日野。生き別れになった、大好きな「おじさん」に、どうしても会いたいのだ。だが、ひとりで抜け出すはずが、班の男子全員が佐田と行動し、別行動の女子たちも学校側にその事実がバレないように協力することに。佐田たちは教師をはじめとする大人たちを上手く騙し、「おじさん」に会うことができるのだろうか。
この小説は、修学旅行から帰ってきた佐田が書き起こした回想録。その自己語りは、まるで友達が語りかけてくるかのような親近感だ。中二病全開の語り口調は、ちょっぴりうざったくも愛らしく、思わず口元が緩む。彼の語りは、私たちの心のまっすぐな部分に、これでもかというほど、響き渡ってくる。
班のメンバーは、普段なら関わりをもたないような面々だ。特に男子たちは寄せ集め。スクールカーストの上位にいる“陽キャ”のサッカー部・大日向や、特待生で、内申を気にしている真面目な優等生・蔵並、吃音もちの松。それまでほとんど話したこともなかった4人だが、下らないことも、大切なこともたくさん語り合ううちに、少しずつ距離を縮めていく。その過程にどうしても胸が熱くなる。ウルッときてしまう。なんて温かい物語なのだろうか。彼らの旅は、班員たちを、そして、学校を休みがちで友人もいなかった佐田を確かに変えていく。
物語の序盤で記された班員全員の名前の羅列を目にした時は、何の感情も湧いてこなかった。だが、この本を読み終えた今、再びそのページを開くと、その一人ひとりの名前が、私の感傷をそそってくる。佐田はひとりで抜け出すつもりだったが、この旅は、班員の誰が欠けても成立しないものだった。こんなに素晴らしい旅はなかなか経験できるものではない。こんなかけがえのない経験を経た彼らは、これからどうなっていくのだろう。
ほのかな恋心、生まれる嫉妬、育まれる友情……。爽やかな青春のひとときがギュッと詰め込まれた物語を、是非ともあなたも読んでみてほしい。今、思春期真っ只中の人も、そんな時代はすっかり遠のいてしまった人も、きっと感動させられるはず。見たままを全て描いたようなこの物語には没入感がたっぷり。さぁ、あなたも、佐田たちとともにささやかな冒険の旅に出かけよう!
文=アサトーミナミ