“若い母ちゃん”たちが公営住宅を占拠! 実際の運動に着想を得た小説を『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこが放つ
公開日:2023/8/7
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)が、シリーズ累計で100万部を突破し、大きな話題となったライター・作家のブレイディみかこさん。「分断」がすすむ社会をいかに生きるか――イギリスで子育てをしながら実感した「地べた」の視点から、我々にさまざまな示唆を与えてくれる、刺激的でロックな書き手だ。このほど、そんなブレイディさんの新刊『リスペクト ――R・E・S・P・E・C・T』(筑摩書房)が刊行された。2014年にロンドンで実際に起きた占拠・解放活動をモデルとした最新小説だ。
あたしたちはロンドンから追い出されようとしています。あたしたちが求めているのは少しばかりのリスペクトなのです――ある週末、20代にして英国駐在員としてロンドンに派遣されている新聞記者の史奈子は、テレビに映る若い母親たちの演説をビール片手にながめていた。特に興味があったわけではないが、元彼の幸太から久しぶりにメールが来たと思ったら、「ロンドンですげえことが起きてるじゃん」と書かれていたからだ。史奈子にはいまいちピンとこないが、アナキストを自称する幸太は大興奮。ついには「ロンドンに行く!」と言い出して――。
そんな導入からはじまるこの物語の主軸は、ロンドン東部のホームレス・シェルターを追い出されたシングルマザーたちが「自分たちの住む場所」を守るために闘う姿だ。実際にロンドン・オリンピックの2年後、オリンピックパーク用地だったロンドン東部のホームレス・シェルターを追い出されたシングルマザーたちが起こした公営住宅占拠運動がモデルとなっている。「FOCUS E15マザーズ」と名乗っていた彼女たちを小説では「E15ロージズ」に変え、ジェイド、ギャビー、シンディといった若い母親たちが悩み、くじけそうになりながら、「やれるか、やるべきか、じゃない。やるしかないときがある」と懸命に前に進む姿が描かれる。
実際の「FOCUS E15マザーズ」の運動はオリンピックを契機にした下町のジェントリフィケーション(低所得の人々が住んでいた地域を再開発して小ぎれいな町へと変えること。住宅価格や家賃の高騰を招き、貧しい人々の追い出しにつながる)への抵抗であり、イギリスにおける反緊縮運動の象徴ともなり、同様の社会運動がつづく契機となったという。小説でも「E15ロージズ」の活動がじわじわと社会に認知されていくにつれ、問題意識に賛同する人々や、同じように居場所を奪われた人々が集い、運動が拡大していく。
そして彼女たちの周囲に出現するのは、善意が善意を呼び、モノでも技術でも、自らが提供できるものを互いに与えあう自然発生的なコミュニティ。ちょっと感動してしまうような人のつながりなのだが、ルポではなく、感情移入がしやすい「小説」の形だからこそよりリアルにその感触が伝わってくる。小説に登場する新聞記者・史奈子も、現場を自分の目で見、体感することで共感し、自らも変わっていく。そんな彼女の視点は、まさに私たち自身を映す鏡でもあるだろう。
「いまだ彼女たちがしたことについて知らない日本の読書たちに本書をぶち投げます」というブレイディさん。本書はまたしても知らなかったイギリスの地べたの目線から、社会の実相を見せてくれる貴重な一冊。おかげでまた少し、社会に希望が持てるようになった。
文=荒井理恵