出版不況でも盛り上がる児童書市場。児童文庫でシェアNo.1であり続ける角川つばさ文庫の強さとは?

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/14

 書店の閉店が相次ぎ、出版不況が叫ばれる昨今、唯一の例外として活性化しているジャンルがある。それが、児童書だ。出版不況が叫ばれて久しく、少子化によって読者の数が減っているにもかかわらず、絵本を含めた児童書市場の販売金額は、ゆるやかにではあるが増加傾向にあり、2021年には967億円に達した。2013年の700億円に比べれば、約200億円の増加である(『出版指標 年報2022年版』より)。

 そんななか、児童文庫においてシェアNo.1を誇るのが、2024年で創刊15周年を迎える角川つばさ文庫である。2009年に創刊されてまもなく1位に躍り出た同文庫について、『いま、子どもの本が売れる理由(筑摩選書)』(筑摩書房)の著者・飯田一史さんは、ヒット作が出るとレーベル内で似たような作品が偏って刊行されがちであるのに対し、〈つばさ文庫は(ある程度「売れ線」があることは推察されるものの)他のレーベルと比べてもバリエーションが豊富である〉と語っている。

 確かに、恋愛・友情・ホラーなどオリジナル小説の幅を広げるだけでなく、つばさ文庫では1985年に刊行された宗田理『ぼくらの七日間戦争』に始まるシリーズや、映画『すずめの戸締まり』やゲーム『星のカービィ』のノベライズ、「ジュニア空想科学読本」シリーズを刊行するなど、ジャンルが多岐にわたっている。これについて、角川つばさ文庫の編集長・安井恵美は創刊当時をふりかえり、語る。

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「2008年、角川文庫が60周年を迎えたときに、10代の読書体験について調べてみたんです。すると、さまざまなジャンルの文庫が、たとえそれが大人に向けたものであっても、小中学校でたくさん読まれていることがわかりました。スポーツやマンガ、ゲームなどの娯楽と同じように、若い世代も“本を読む”ことをもっと楽しめるはず。そのための場を提供したい――。そう思って、角川つばさ文庫をたちあげたんです」

 とはいえ、『ぼくらの七日間戦争』刊行当時と今では、常識も価値観も大きく変わってしまった。「ぼくらシリーズ」を刊行するにあたり、著者である宗田理氏と相談のうえ、今の子どもたちにはわかりにくい表現、性的あるいは差別的な描写には随時、修正や削除、加筆を行っているという。しかし、それでも物語が決して失わない核がある。子どもたちの、「大人の理不尽に対して強く抵抗する思い」だ。この思いは、角川つばさ文庫全体が大事にしているものでもある。

ぼくらの七日間戦争
ぼくらの七日間戦争(角川つばさ文庫)』(宗田 理:作、はしもと しん :絵/KADOKAWA)

 たとえば累計発行部数185万部を突破し、マンガ化もされた『四つ子ぐらし』は両親も親戚もなく天涯孤独だったはずの主人公が、実は四つ子だったことが判明し子どもたちだけで突然同居することになるという物語。シリーズを通じてさまざまなトラブルを乗り越え家族の絆を深めていくが、最新15巻では、友人のため理不尽な大人と戦う姿が描かれている。オリジナルでも、旧作のリメイクでも、はたまたノベライズでも、角川つばさ文庫の作品に触れると、子どもたちの「悪い大人と戦う」感性や「今を生きる」気持ちに寄り添いながら、物語を刊行し続けているのが感じられる。

四つ子ぐらし
四つ子ぐらし(角川つばさ文庫)』(ひの ひまり:作、佐倉 おりこ:絵/ KADOKAWA)

 その姿勢をより強く貫くために始まったのが、今年で第12回を迎える「角川つばさ文庫小説賞」である。受賞作から生まれた人気作の一つが「ふたごチャレンジ!」シリーズ。本作は「男女が逆だったらよかったのにね」といわれる双子が、転校を機に性別の入れ替わりをたくらむという物語。「男らしさ/女らしさ」という社会の思い込みをひっくりかえし、異なる文化で育ってきた異なる価値観の人たちとどうすればともに生きていけるのかを考えさせられる。おもしろい物語であることはもちろん大前提だが、読書の楽しみを通じて、つばさ文庫は今の時代に必要な想像力と思考力を養う物語を送りだし続けているのだ。

ふたごチャレンジ!
ふたごチャレンジ!(角川つばさ文庫)』(七都 にい:作、しめ子:絵/KADOKAWA)

 なお、同賞で特徴的なのが、第1回からずっと、中学生以下の作者を対象とした〈こども部門〉を、年齢プロアマ不問の〈一般部門〉に併設していること。つばさ文庫で人気の『ふたごチャレンジ!』は第9回の一般部門で金賞を受賞した作品だが、著者の七都にい氏は中学校時代にこども部門に入賞したことがきっかけで、作家を志したという。読書の楽しさを浴びた子どもたちが、やがて新しい時代の子どもたちの心を育む書き手となる。その循環が生まれていることは、出版業界全体にとっても、大きな希望ではないだろうか。

「児童書には、子どもたちの“いま”と“これから”を担う使命があります。創刊当時に比べると、社会情勢やジェンダーに対する意識も劇的に変わりました。子どもたちの嗜好も多様に変化しています。選考では、今の時代に合ったテーマであるかどうか、今の子どもたちに読んでもらいたいのはどんな作品か、ということを重視していますが、小説賞に限らず、レーベル全体のありかたも固定することなく、常に考え続けていきたいと思っています。社会で起きているさまざまな問題を、エンタメに昇華しながら子どもたちに伝えていけるよう、私たち自身も日々感覚をアップデートしていきたいですね」(安井)

 どれほど子どもたちに寄り添おうと思っていても、出版に携わるのは大人たちだ。子どもたちに「こんな物語を読んでほしい」「多様性社会を生きぬくための想像力や思考力を養ってほしい」と願うことは、ともすれば子どもたちに憎まれる一方的な押しつけになりかねない。だがそれでも、つばさ文庫が子どもたちにもっとも愛される児童文庫としてシェアNo.1を誇っているのは、子どもたちの感性を大切にし、読み手としても書き手としても子どもだからといって決してみくびらない、その姿勢があるからなのかもしれない。

文=立花もも

※児童文庫レーベルトップシェア
公益社団法人 全国出版協会・出版科学研究所調べ(調査年月:2023年3月)