虫を好きになれたことが幸せ 筒井学さんインタビュー(後編)『イモムシとケムシ』『はじめてのむし しいくとかんさつ』

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/18

群馬県立ぐんま昆虫の森で働きながら、昆虫の生態・飼育・展示について、独自に学びを深めてきた筒井学さん。後編では、異例のヒットとなった『イモムシとケムシ チョウ・ガの幼虫図鑑』と、ロングセラー『はじめてのむし しいくとかんさつ 増補改訂版』(学研)について伺います。

異例のヒット『イモムシとケムシ』図鑑

小学館の図鑑 NEO イモムシとケムシ DVDつき チョウ・ガの幼虫図鑑

写真・文:鈴木知之、横田光邦、筒井学 監修:矢 勝也 監修・協力:杉本美華

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出版社からの内容紹介

日本には、チョウやガのなかまが6000種以上もいます。
つまり、その幼虫のイモムシとケムシも6000種以上。
その姿形や生き方は、おどろくほどさまざま。なかには、恐竜のようなカッコイイ姿や、
ネコやクマのようなカワイイ顔をした幼虫もいます。
あなたが好きになるイモムシやケムシが、きっといるはず。

小学校の理科の授業では、チョウの幼虫、イモムシの成長は必ず勉強します。
しかし、既存の学習図鑑では、成虫の標本写真は載っていても、幼虫の姿はあまり見られませんでした。
幼虫は標本にするのが難しく、色も変化してしまうため、生きている幼虫を撮影する必要があるからです。
この図鑑では3年の歳月をかけ、1000種以上もの生きている幼虫を探し出して撮影を行いました。
また、探し出した幼虫の大半を飼育し、羽化した成虫も生きている状態で撮影。
標本では変わってしまう翅の色も写真でとらえています。

さらに、貴重な映像を収録した約75分のDVDつき! 
授業でもおなじみのアゲハやモンシロチョウから、世にも珍しいイモムシとケムシも大集合! 
楽しみながら、学習にも役立ちます。

―― 筒井さんが関わった本で、ひときわ目を引くのが2018年刊行の『イモムシとケムシ チョウ・ガの幼虫図鑑』。図鑑としては、定番人気の「宇宙」「恐竜」「乗り物」に匹敵するような、異例のヒットだったそうですね。

そうなんです。もともとチョウやガの幼虫を集めた本があれば面白いなと思って、周囲にもそんな話をしていたのですが、先に2010年に安田守さんの『イモムシハンドブック』(文一総合出版)が大人向けの自然観察ガイドブックとして出版されブレイクして、正直「やられたー」と……。ただ当時の自分としては、蛾類の知識をそれほど持っていなかったので、あの種数を自力で揃えるのは難しいとも思っていました。

そんな折、2014年に昆虫の森で「イモムシ・ケムシ展」の企画展を担当することになり、旧知の蛾類生態研究者、横田光邦さんの力を借りることになったのです。企画展の準備のため、幼虫採集やライトトラップを何度か一緒にしているうちに、改めて横田さんの積み上げてきた知識と経験に驚かされ、これは横田さんの協力があれば必ず充実したイモムシ・ケムシ図鑑ができるに違いないと確信するに至りました。

ただ、写真絵本シリーズでお世話になっている編集者の廣野さんに持ちかけたところ、当初は社内で企画が通るとはとても思えなかったようです。私も何度も熱心に声をかけ、ついに2015年に企画が通りました。後から聞くと「なぜそんな狭いジャンルを攻めるのか」とか、社内の偉い方に「オレ、イモムシ嫌いなんだよね」と言われたとか……。よくGOが出たと思います。刊行準備期間は2年。その間、南から北まで、横田さんと廣野さんと日本中あちこちを旅しました。その珍道中は忘れられません。

―― 思い出に残っているエピソードはありますか?

沖縄県の与那国島に、日本のヤママユガの最大種「ヨナグニサン」の幼虫を探しに行ったときのことです。なにしろ「ヨナグニサン」の幼虫はどうしても載せたい、しかし季節的に幼虫と成虫が一度に見られるギリギリの時期だったのだと思います。地元のアヤミハビル館という昆虫施設に教えてもらって、ヨナグニサンの幼虫が好んで食べるという「キールンカンコノキ」を目当てに探すのですが、なかなか見つからないんですね。そもそも、「キールンカンコノキ」がどこにどんなふうに生えているのかも詳しくないので、幼虫以前にもいろんなことが大変でした。探しはじめて2日目、やっと見つけた横田さんが、道路の反対側からちぎった枝を手に「いたぞー!!」とこっちに向かって走ってきたのが今でも忘れられません(笑)。

『イモムシとケムシ チョウ・ガの幼虫図鑑』(小学館)より。ヨナグニサンが登場するヤママユガ科 のページ

また、沖縄本島の北部「やんばる」にある乙羽岳(おっぱだけ)近くに宿泊したとき、貸別荘みたいなところでライトトラップをしたときのことも思い出深いです。夜、谷に向かってライトを当てると、ものすごい量の蛾が飛んでくるのですが、それをアオバズクというフクロウがばんばん飛んできて、見てる前でぱくぱく食べちゃうんです。鳥たちに妨害されながら、なんとか必要な種類の蛾を確保して撮影することができました(笑)。

―― そんなことがあったのですね。噂では、編集者の方も当時出版社の一室で約50種以上、数百匹ものイモムシやケムシを飼っていたと耳にしました。本当でしょうか(笑)。

普通のオフィスでイモムシを飼育し、撮影して、他の方にかなり嫌がられたりもしていたんじゃないかと思いますよ(笑)。『イモムシとケムシ』図鑑のDVDには編集者が職場で撮影した映像もけっこう入っています。なにしろイモムシもケムシもあっという間に変化してしまうので「撮れる人が撮る」という了解事項で怒涛の勢いで進んでいきました。今思えば、私も昆虫館の仕事もある中で、夜には地元でライトトラップしたりと、なかなか過酷な日々でした。どこまで掲載種を増やせるかというプレッシャーもありましたし。でも同時にチームで作る楽しさを味わった仕事でもありました。

イモムシ・ケムシ採集の様子

当初は1000種が目標でしたが、持ち寄ってみれば結果として1100種以上が集まりました。また古くからの知り合いの写真家・鈴木知之さんの力で、『イモムシハンドブック』では手薄だった小蛾類を充実させられたことが、図鑑としてのクオリティを上げたと思っています。子ども向けの図鑑にも関わらず、一通りの大きな科の分類群はほぼ網羅しているという、学術的にもクオリティの高い図鑑を出すことができました。

噂の「イモムシとケムシ」DVDの動画をチラ見せ! 

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飼育技術を子ども向けにまとめた『はじめてのむし しいくとかんさつ』

はじめてのむしのしいくとかんさつ 増補改訂版

著:筒井学

出版社からの内容紹介

どんな虫なの? どこにいるの? どうやって飼うの? 昆虫のくらしや飼育方法、観察のポイントなどを豊富なイラストと写真でわかりやすく解説。300種以上掲載していて、これ一冊で虫はかせになれる。身近な生き物に興味をもちはじめたお子様におすすめ。

―― 筒井さんの本の中では、『はじめてのむし しいくとかんさつ』(学研)もロングセラーですね。2019年には増補改訂版が出版されました。

この本はイラストをふんだんに使って、昆虫の飼い方や観察のポイントなどをまとめた本です。最初はハサミムシや水生昆虫のカワゲラなど、マイナーな虫が省かれていたのですが、その後よく読まれているということで、一度省いた虫も入れ直した増補改訂版が出て、現在は300種以上掲載されています。

――親しみやすく、図書館などでも子どもたちに人気のようですね。うちでは7歳の息子とまず「ダンゴムシ」と「アリ」を熟読しました(笑)。

ダンゴムシもアリも身近な虫ですからね。それぞれ何を食べるのかとか、飼育ケースの作り方などが参考になればと思います。例えばシジミチョウといっても、ベニシジミ、ヤマトシジミ、ウラギンシジミと、種類によって食べるものも違うんですよね。小さい子向けのもので、こんなふうに種類別のエサなどの情報が集められている飼育観察ガイド本も少ないのかなと思います。

『はじめてのむしのしいくとかんさつ 増補改訂版』(学研)より。飼育方法を丁寧に解説
『はじめてのむしのしいくとかんさつ 増補改訂版』(学研)より。図鑑ページも

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“好き”ということに誇りを持っていい。昆虫は学びがいのある分野

―― 実際に虫を飼ってみたくなりますね。

もしお子さんが少しでも昆虫に興味を持ったなら、その気持ちを大切に育ててあげてほしいなと思います。小さなお子さんが小さな昆虫と触れ合うことで、学ぶことは計り知れないものがあるはずです。

今は色々と時代の変化で、タガメやゲンゴロウの数が減って販売ができなくなったり、アリは専門家のような人たちが飼育セットやアリのコロニー自体を販売したりする時代になっています。『はじめてのむし しいくとかんさつ』でも女王アリを捕まえた後の飼い方を書いてありますが、女王アリを捕まえること自体が大変だし、観察に適した巣を作るのもけっこう難しいんですよね。

虫を巡る状況も変わってきていますが、本を見て、もし「飼ってみたい」と思ったら、インターネットで飼育の仕方やグッズもたくさん情報が出てきますから、ぜひいろんな方法を考えてみたらどうかなと思います。

―― 筒井さん自身も子どもの頃は虫を飼っていたのですか。

そうですね。なんでも飼いたい、飼いたいって……、捕まえるだけでなく飼うことも好きでしたしねえ。よく母が許してくれたなと思います。家に持ち帰っては虫かごに入れて眺めるのを、母も一緒によく眺めていました。まったく勉強しない子だったので、親は心配でしょうがなかったと思いますが、小学校6年生のときの中村先生という方が家庭訪問に来たとき「筒井くんは勉強ができないけど、昆虫が大好きなのはすごくいいことなので、もっと大事にしてあげてください」と父に言ってくれたようです。

国鉄職員だった父の転勤で、小さい頃は何度か引越しをしています。4歳から小学校3年生の途中まで住んでいた静岡県の三島市のアパート周辺は、都市化が進み、そんなに自然豊かだったわけではありませんが、近所に虫捕り友達はいっぱいいました。少し離れた場所に雑木林が残っていて、子どもたちが勝手に“探検の森”と名付けてよく遊びに行っていました。

たしか小学1年生の夏の夕方だったと思いますが、同じアパートの子たちと、“探検の森”に虫捕りに出かけて夢中になり、いっぱい捕れてホクホクして森から出たら、仁王立ちで父が待っていて。夜のもう8時くらいを過ぎていたんでしょうね。首根っこを掴まれてアパートに連れて帰られ、心配して集まっていた親たちにこっぴどく叱られたこともあります。

小学3年生以降移り住んだ御殿場市は自然が豊かで、父は「勉強しろ」と言いながらも「虫捕りに連れていって」とせがむとたまに付き合ってくれました。あるとき父と出かけた雑木林で、めったに捕れない大きなノコギリクワガタを3匹も見つけた日のこと、とりわけ大きい3匹目がクヌギの幹にへばりついているのを見上げて「お、お父さん早くとって!」と叫んだ瞬間が、私の心に焼き付いています。

自分自身を振り返ってみると、親にはたくさん心配をかけたけれど、「昆虫が好きだ」という気持ちがずっとなくならなかったからこそ、今ここに立てているのだと思います。子どもの頃の感性のまま、「(昆虫を)見たい! 捕まえたい!」と夢見た感覚をたどりながら、ここまで来ました。思えば、「好きになれた」ということが幸せだったなと。だって、「好きになれ」と言われて好きになれるものではないですし、人にすすめられて好きになるものでもない。子どもの頃好きで、成長過程でだんだん離れていく子もたくさんいると思います。でも自分は「この歳になるまでずっと好きでいつづけられたなあ……」と。

虫は、純粋に自然が作り出したものです。虫がいるからこそ「自分たち人間も動物であり、自然の中で生きている存在なのだ」「自分も虫も生きる自然環境を大切にしたい」と実感できる。今はますます昆虫という存在が愛しいです。

昆虫の森にもたくさんの親子連れが来てくれますが、子どもがいくら虫好きだと言ったって、親が認めなければなかなか捕ったり飼ったり……伸びしろがあっても経験を積むことが難しいんだなと思います。

子どもたちに伝えたいのは、「昆虫」は、「好き」ということに誇りを持っていい、学びがいのある分野だよということです。虫好きであることは恥ずかしくないし、学ぶことに価値がある、素晴らしい分野だということを、ぜひ親御さんにも認めて、理解してもらえたらなと思います。

昆虫施設職員と昆虫写真家という2つの道を歩んできた筒井学さん。ぐんま昆虫の森に勤務する以前は、東京豊島園昆虫館で、先輩たちに教わったり自分で調べたりしながら、展示、飼育、観察の技術を磨いてきたそうです。

「子どもの頃は勉強が嫌いで、宿題もやらなかった」「劣等感の塊だった」と仰る筒井さんに、「昆虫のことを、いつ、一番勉強しましたか?」と尋ねてみました。すると一瞬考えるようにした後「いつが一番ということはありません。昆虫の仕事を始めてから、ずっと勉強です」とはっきりした口調で答えてくださいました。

常に調べ物をし、展示方法に試行錯誤し、写真の技術を磨き、飼育の経験を積む……。毎日が学びの連続で、特にぐんま昆虫の森がオープンしてからの18年間は大変なこともたくさんあったそうです。「でも、それまで逃げずにやってきたことが全部生きて、なんとか持ちこたえた18年間でした」と。

一つひとつ企画展を着実に積み上げ、コツコツと撮影を続けることができたのは、筒井さん自身の変わらない「好き」という気持ちと、それを支えてくれた多くの出会いがあったからこそ。

昆虫写真家への憧れを掻きたてた海野和男さんとの交流、恩師・矢島稔さん(上野動物園水族館館長や多摩動物公園園長などを歴任、全国各地で昆虫施設を立ち上げ「昆虫施設の父」とも言われる。ぐんま昆虫の森名誉園長。2022年他界)への思いなど、ブログにはこれまでのことが綴られています。(筒井学の昆虫VIEW「この仕事に就くまでの軌跡」はこちら>>

別れ際に、写真絵本シリーズの今後の予定を、いくつかこっそり教えてくださった筒井さん。1冊にまとめるために、もう少し撮り足したい、もっとよいものにしたいという情熱が垣間見えます。「好き」でいつづけることの喜び、生涯学びつづけられる喜びがまっすぐに伝わってきました。

インタビュー・文: 大和田佳世(絵本ナビライター)
編集:掛川晶子(絵本ナビ編集部)

イベント情報

夏休み特別企画!
8/20(日)、未来屋書店北戸田店にて、「筒井学さんの虫むしスペシャルトーク」が開催されます。(参加無料)

1回目:13:00~(セミ)
2回目:15:00~(カマキリ)