長旅を経て辿り着いた、ある家。迎え入れた家主が取り出したものは?/3分間ミステリー ゆらぎの物語1⑨
公開日:2023/8/31
『かくされた意味に気がつけるか? 3分間ミステリー ゆらぎの物語』(和智正喜/ポプラ社)第9回【全16回】
1話2~3ページの短い物語を読み、その中の”かくされた意味”を考える『かくされた意味に気がつけるか? 3分間ミステリー』シリーズ。物語を読み終わったら想像力を巡らせ、解説ページで答え合わせをするのがこのシリーズの楽しみ方! 今回の連載ではシリーズのなかでも人気の4冊から、それぞれ4つの物語をご紹介します。やさしいものから大がかりなトリックが仕組まれたものまで、あなたは物語の真の意味にたどり着けるか?
旅人
ある日、オレは旅に出ることになった。
かなりの長旅で、日本の端から端まで行くようだ。だからご主人様は、オレの緑の丸いからだに、ていねいに旅用の服を着せてくれた。途中、道に迷うことがないように、行き先がきちんと書かれたカードも持たせてもらった。
なにしろ長い旅だ。いろいろ段どりってやつがある。
まず、家の近くの小さな店に連れていかれた。初めて来たところだが、棚にいろいろな商品がぎっしり並んでいる。そこで手続きがあった後、オレはカウンターの裏で迎えを待つことになった。
すぐに出発できるのかと思ったら、そこで半日過ごすことになった。
後からオレと同じように迎えを待つ仲間たちが集まってきて、正直、かなりせま苦しくなってきた。
それを我慢していると、やっと迎えの車が来た。ほかの仲間たちといっしょに、そのあまり大きくない車に乗せられたオレは駅まで移動した。
そこでオレは初めて列車に乗った。
窓がないから外の景色が見られないのは残念だったけど、ようやく本格的な旅になったと、オレはウキウキしていた。
それから列車は走り続けた。
なんどか駅に止まって、開いた扉から外が見えた。
山が見えた。
海が見えた。
大きな街も見えた。
あぁ、これが旅というものか。
旅は最高だな、とオレは思った。
やがて列車は終着駅、最後の駅に止まったようだ。
列車の中から出されると、外は一面の銀世界、雪がしんしんと降っていた。
雪を見るのは初めてだ。なんだか夢の世界に来たみたいだ。やっぱり、旅っていうのはいいもんだ。
列車から降ろされたオレは、また小さな車に乗せられ、運ばれた。そして一軒の家の前まで来た。
「お届けものでーす」
車を運転していた顔の長い男がそう言った。
もの? ものとは失礼な。
「ありがとうございます」
オレを受けとった主婦はそのままダイニングのテーブルに運んでいった。そして、オレを包んでいた旅用の服をビリビリと破った。
あぁ、なんて乱暴な女だ。
「まぁ、ずいぶん立派な。このままじゃ冷蔵庫に入らないわね」
その主婦はそんなことを言うと、オレを台所のまな板に乗せた。
「かたそうだけど、切れるかしら」
そして、大きな包丁を握った。
──ほ、包丁?
や、やめろ、なにをする気だ。
さけぼうとしたが、オレには口がなかった。