辻村深月が描く、コロナ禍の高校生たちの青春。自作の望遠鏡で星を探すコンテストを通して得たものとは?『この夏の星を見る』
公開日:2023/9/9
新型コロナウイルスが私たちの生活に大きな影響を及ぼすようになって約3年。この3年は身近だった人との間に距離という大きなハードルが課せられた一方、遠く離れた人との距離は技術によって逆に縮めることができるようになった3年でもあると感じます。
そんなコロナ禍を過ごす3人の中高生を主人公にした小説が『この夏の星を見る』(辻村深月/KADOKAWA)。舞台は2020年春、茨城県に住む亜紗は天文部に所属する高校二年生。高校生活を謳歌する最中に状況が一変してしまい、思うように友達に会えないことを寂しく思っています。東京・渋谷に住む真宙は中学校に入学したばかりですが、同級生に男子がひとりもいないことが嫌で、学校が始まらなければいいと願う日々。3人目の長崎・五島列島に住む円華は旅館の娘。五島列島においてコロナの存在はまだ遠く、だからこそ県外からの宿泊客を受け入れる旅館の存在は周囲から警戒され、彼女は窮屈な思いをしています。
同じコロナ禍でも三者三様の立場に置かれ、日々を過ごす3人。次第に登校はできるようになったものの、新型コロナウイルスは依然として収まる気配を見せず、甲子園をはじめとした多くの大会、修学旅行など学校行事の中止が続々と決まっていきます。不要不急の名のもとに淘汰されていく日常生活に無力感を抱く中高生たち。特に限りある、そして今後の人生を左右する大切な日々を過ごす彼らの前に立ちはだかった新型コロナウイルスという存在の大きさに、改めて気づかされました。
そんな中、3人はとあるきっかけで亜紗の所属する天文部が主催した「スターキャッチコンテスト」に参加することに。自作の望遠鏡を使って、制限時間内にどれだけ多くの星を見つけられたかを競うのがこのコンテスト。といっても参加校は3校のみ。彼ら彼女らはオンラインでのやりとりに最初は緊張していたものの、次第にアットホームな雰囲気で望遠鏡づくりを進めていきます。特に孤独を感じていた真宙にとって、この出会いはとても重要なものに。オンラインだからこそのきっかけや出会いが、真宙にとっても他の参加者にとっても、将来をも変える色濃いものになっていく過程に胸がじんとします。
そしてもう一つ、本書を読んで印象に残ったのが、好きなものや熱中できるものを見つけた時の心の輝きです。亜紗が地学に興味を持つようになったきっかけなど、自分が夢中になれるものに出会った瞬間の心情の描かれ方はさすが辻村深月としか言いようのない素晴らしいもの。そしてその“好き”な気持ちがたとえ勉強や仕事に直結しなくても、夢中になれるものを持ち続けることの素晴らしさをも本書は伝えてくれます。それは主人公たちと同年齢の人にも、夢と現実をある程度区別して大人になった私たちの心にも響くものです。
本書はミステリではありませんが、辻村氏らしい「そうだったのか!」というカタルシスももちろんあります。そしてコロナ禍を題材にした本書に、なぜ星というテーマを持ってきたのか。最後まで読めばその理由にも深く納得できる一冊となっています。
文=原智香