連続ドラマのように引き込まれる塩野七生の歴史長編! 民主政の起源を生み出した古代ギリシア人たちの知恵と葛藤

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公開日:2023/8/23

ギリシア人の物語1:民主政のはじまり
ギリシア人の物語1:民主政のはじまり』(塩野七生/新潮社)

 先行きがつかみにくい現代社会だからこそ、歴史から多くを学ぶことができる。『ギリシア人の物語1:民主政のはじまり』(塩野七生/新潮社)は、そう感じさせてくれます。2015年に単行本で出版された同作の文庫化で、全4作シリーズの1冊目にあたる本書は、1992年から14年にわたって展開された「ローマ人の物語」シリーズを執筆した塩野七生氏の作品です。

 塩野氏のシリーズは「あたかも知り合いであるかのような」描写を基調としていて、はまって最後までぶっ続けで見てしまう連続ドラマのような形で読者をグイグイと引き込んでいきます。「この人はこういう人で、こういう記録もあって」という形で歴史上の人物の性格や行動が解説されていく描写もさることながら、「記録は何も残っていないけれどもこうだったのではないか」と想像力がかき立てられる箇所に、筆者は強く惹かれるものがあります。いわゆる「行間を読む」というような描写です。

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 例えば、紀元前492年から紀元前449年のあいだ、三度にわたってギリシア諸都市の連合軍とアケメネス朝ペルシア帝国軍が衝突した「ペルシア戦争」において、紀元前480年にペルシア帝国が圧倒的な数的優位にもかかわらず大敗を喫した「サラミスの海戦」で、ペルシア帝国側の王がどのような気持ちで戦況を見守っていたかが書かれています(どの辺りで戦いを見ていたことが予想されるかの地図も載っています)。

ペルシア王クセルクセスが、この状況を、どのような様子で見ていたかを記した史料は遺っていない。だが、怒りを爆発させた、と書いた史料もない。三十九歳のオリエントの貴公子は生れて初めて、怒りを爆発させるよりもなお性質(たち)の悪い、絶望の想いを味わっていたのではないかと想像する。最も期待していたフェニキア海軍が、彼の眼前で壊滅してしまったのであった。

 著者はそもそも「なぜギリシア人について書くのか」の理由について、本書の冒頭で述べています。まず、「ローマ人の物語」シリーズを執筆したとき、全15巻のうち第1巻の270ページ中52ページしか、ギリシア人に割けていなかったこと。そして、現代の民主主義にもつながる「直接民主制」と呼ばれるシステムを創り出した「民主政治の創始者」は、間違いなくギリシア人だからだという点です。

 ただ本書は、民主主義とはどうあるべきかを問うのではなく、当時のギリシア人はなぜ民主主義を思いつき、誰がどうやって実現させ、どう機能して、どういう結果を生み出したのかを描くものだと冒頭で宣言しています。たとえば先述したペルシア戦争の後に訪れた約100年の平和に関しても、「平和とはこういうものだ」と明快に解説するのではなく、読者によって違う解釈ができ現代の事象にも紐付けられるような、余白のある描き方がなされています。

しかし、「安全保障」とは何だろう。
歴史の成り行きにまかせていたら、結果として百年間保障された、ということか。
それとも、終了直後からの諸々の対策、保障されなくなった事態も考慮したうえで実行に移した諸々の対策、をつづけてきたからこそ、その結果として、百年間の安全が保障されたということか。

歴史を後世から見る立場に立つと、前者になる。同じ歴史でも、その時代に生きた人の視点で見ると、後者に変わる。

 数々の文化賞を受賞し、イタリア政府から国家功労勲章を授与、日本国内では文化功労者の称号も得た著者による連続ドラマシリーズかのような「ギリシア人の物語」シリーズで、本を読む手が止まらなくなる経験をしてみてはいかがでしょうか。

文=神保慶政