直木賞作家・千早茜が等身大の女性を書いた新作長篇! 40歳目前で離婚。さまざまな恋愛と結婚の価値観に触れ、たどり着いた答えは

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/25

マリエ
マリエ』(千早茜/文藝春秋)

「結婚」とはなんなのだろう。広辞苑は「男女が夫婦となること」とそっけなく、ほぼ同じ意味の「婚姻」を引けば「一対の男女の継続的な性的結合を基礎とした社会経済的結合で、その間に生まれた子どもが嫡出子として認められる関係」とあり、そりゃそうなんだけど……とちょっと白けた気分になる。知りたいのはそんな四角四面の説明じゃなくて、もっとパーソナルな感覚の「結婚とは何か」ということ。『しろがねの葉』(新潮社)で直木賞を受賞した千早茜氏の最新長編『マリエ』(文藝春秋)は、作者の目線に近い主人公の等身大の冒険を通じて「結婚」のいろいろを考えさせられる物語だ。

 大手家電メーカーで管理職を務める桐原まりえは、39歳の誕生日に夫からの離婚の申し出を受け入れた。離婚の理由を「恋愛をしたいから」という夫。「相手はまだいない」と言い張る夫の不貞を疑うのにも疲れ果てて決意した離婚だったが、いざ別れてみたらその開放感は思いのほか楽しいものだった。誰にも属さず、好きな香水をつけ、好きな家具を揃え、好きなものを食べ……そんな「すべて自分の自由にできる生活」をずっと続けるために、まりえはなるべく欲望(恋愛など)とは距離を置こうとする。だが、そんなまりえの前に7つ年下の由井が現れ、少しずつ暮らしのバランスが狂い始める。なりゆきとはいえパーソナルスペースに由井を招き入れ、ちょっとした好奇心から話を聞いていた結婚相談所にも登録して婚活をスタート。距離を置いていたはずの「恋愛/結婚」に、まりえ自ら積極的に関わっていくことになるのだった――。

「凛と一人で生きる」ことをよしとしたはずなのに、なんとなく心の中にある「何かを取りこぼしている」ような気持ちをもてあます。読者の中には、まりえのような感情の揺れに思い当たるという同年代の女性もいるのではないだろうか。仕事のキャリアもつき、人生経験もそれなりに重ね、自分のペースで人生を楽しめるようになった一方で、さて「恋愛/結婚」はどうしよう。若い頃のように無防備に相手に飛び込んでいくのも難しく、不用意に傷つくのも嫌で、なかなか一歩が踏み出せない。さらに離婚を経験したまりえの場合、「恋愛」と「結婚」の違い、そもそも「結婚」がなんなのかもよくわからなくなってしまう。そんな彼女が年下男性にときめきながら、あえて婚活も続ける冒険に挑んだのは、一人でいることの不安を消したいというより、自身が抱えるもやもやに何か確実な答えを見つけたかったからなのかもしれない。

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 結婚をめぐる切実な現実や思いもよらない価値観を知り、女友達のさまざまな生き方にも刺激され、まりえは自分が感じることひとつひとつを観察し、ひたすら考え続ける。折しもコロナという不安定な状況が「何が大事なのか」を意識させ、ラストで彼女はついに「自分のほんとうの気持ち」にたどり着く。その姿はちょっとすがすがしくて、前向きで、ちょっと初々しくて――。彼女の冒険を見守ってきた読者の心にも、きっとさわやかな「希望」が宿ることだろう。

文=荒井理恵