インパルス板倉俊之が初エッセイ『屋上とライフル』で描く、面白おかしい日常。小説やYouTubeの制作エピソードも
公開日:2023/9/2
洗濯後の靴下は何故いつも片方だけなくなってしまうのか。そんな疑問を持つことはあっても、深く考察することはなかなかない。ましてや、靴下にだって苦悩があるから、わざと迷子になっているのだ…などという結論を出すことは、ほぼない(筆者はない)。しかし、そのような日常の中で通り過ぎてしまいそうな事柄を注意深く見つめ、独自の解釈で考察し、笑わせてくれるのが、板倉俊之という人であるようだ。
お笑い芸人であり、作家でもある板倉氏が、初のエッセイ本『屋上とライフル』(飛鳥新社)を上梓した。芸人としての日常や、趣味のサバイバルゲームでYouTubeを始めた頃のエピソード、子どもの頃の思い出などを縦横無尽に綴っている。文章でお笑いを表現することに挑戦している。果たして、コントなどで行われるお笑いは、文章だけでも成立するのだろうか。
本稿では、200ページ超えでたっぷり綴られたエピソードの中から、「魔除けの効果」というお話の面白さについて紹介したい。これまでに5冊の小説を執筆し、漫画原作なども手掛けている板倉氏が、『蟻地獄』(新潮社)を執筆する際、取材で富士の樹海を訪れた時のことが記されたエピソードである。
シリアスとお笑いを行ったり来たり
もともと樹海に興味を持っていた彼は、偶然、先輩芸人から誘われ、芸人4人で樹海へ行くことになる。樹海といえば、遭難者が多く、自殺の名所としても知られる場所。一人では怖くて行けなかったが、みんなで行けばピクニック気分だ。ところが道中、先輩から“清めの塩”を渡されたところから物語は急展開する——。
先輩が来る前にマクドナルドのテイクアウトで朝食を済ませる様子など、芸人の日常風景が伝わる一方で、樹海で木の枝にかかったルイ・ヴィトンの薄汚れたバッグを見つけるというスリリングな場面もあり、現実と非現実が入り混じったような情景描写が面白い。「(清めの塩によって樹海の)霊的な攻撃を無効化」という表現は、彼らしい最高の厨二病的スパイス。まるでゲームのように、おそるおそる樹海を彷徨い歩く4人の様子が頭に浮かび、どんどん引き込まれていく。
そんなふうにサスペンス小説かファンタジー小説か…というようなシリアスな世界観に浸っていたら、突如、現実のお笑いに連れ戻された。たとえば、「スイスとかの美しい森」という表現。これは、ピクニック気分だった時の彼が想像した樹海のイメージなのだが、「ああ、ああいう感じね」と妙にしっくりきたのと同時に、クスッと笑えた。このように一文一文に細かなおかしみや発見があり、心をゴトゴトと揺さぶられながら読むのが楽しい。
シリアスとお笑いを行ったり来たりしながら、気づいたらオチへ。見事に伏線回収されたオチに、ふと「あ、これはお笑いなんだった」と気づき、「なるほどね。フフフ…」と心の中で静かに笑う自分がいるのだった。
ちなみに、樹海の取材ではどんなことを得られたのだろうか。気になる人は、小説『蟻地獄』をあわせて読んでみるのもいいだろう。
爆笑とはまた違う、シュールな笑いがふつふつと込み上げる
そのほか、少年時代の思い出話には、独特のお笑いセンスの源泉が感じられて興味深いし、世の中に物申すコラムでは、鋭い観察眼や巧みな言葉選びを楽しむことができる。どのエピソードでも、爆笑とはまた違う、シュールな笑いがふつふつと込み上げてくる。文章で挑戦したお笑いは、大成功と言えるのではないだろうか。
彼と同じ視点になって世の中の非常識や不可解な事柄に切り込んでいく時間は楽しく、考察に考察を重ねた文章を読んでいると、なんだかスッキリとする。「こんなに色々考えてくれて、笑わせてくれて、ありがとう」と思う。今日あったちょっと嫌な出来事も、案外笑える話に転換できるかもしれない、とも思う。コントと同じように面白く、心の中で静かに笑える一冊。夜眠る前に読めば、スッキリとした朝を迎えられそうだ。
文=吉田あき