“恐怖”よりおそろしい“不安”を描くマンガにハマる人続出! ショートオムニバス形式で綴る現代の百物語『不安の種』
公開日:2023/9/24
「不安」とは〈不結果(最悪の事態)に対する恐れに支配されて、落ち着かない様子〉という意味だそう(※新明解国語辞典より)。
本書の題名は『不安の種』。“恐怖”ではなく“不安”である点がポイントだ。たとえば幽霊にしろ怪異現象にしろサイコパスにしろ、それが怖いものであると明確に分かっていたら、私たちは安心して(?)怖がることができる。しかし、それが何であるのかよく分からない宙ぶらりんな状態こそが、最も人の心を不安定にさせる。ある意味で「怖い」よりもたちが悪い。
マンガ家・中山昌亮氏が2000年代に発表し、2013年には実写映画化もされた(監督はかのカルト的人気を持つフェイクドキュメンタリー「放送禁止」シリーズの長江俊和!)オムニバス・ホラーマンガ『不安の種』(秋田書店)。
中山氏といえば、やはり実写化された警察ドラマ『PS-羅生門-』(小学館)や、新聞社を舞台にした『書かずの753』(小学館)など硬派な社会派ものでも知られる作家。ちなみにこの原稿を書いているライターは、初期作『オフィス北極星』(講談社)が大好きだ。
湿りけのない端整な絵柄が特徴だが、その乾いたタッチで表現される独特の怪異表現には、従来のホラーマンガのそれとはひと味もふた味もちがう味わいがある。
日々の生活のなかに潜む不安や謎、見まちがいや思いちがいかもしれない曖昧な記憶。そういうものに誰しも一度や二度は心当たりがあるだろう。『不安の種』ではそんな、そこはかとない不安の感覚を、毎回舞台もキャラクターも変えてショートオムニバス形式で綴っている。ゆえにどの巻からでも、どの話からでも読みはじめることができる。
大きな特色は、その徹底した日常性だ。どの話も学校や団地に、マンション、コンビニ前の道路など、ありふれた場所を舞台としていてリアリティを感じさせる。そして、全ての話に年度と地名を入れているあたりが芸が細かい。
さらに、怪異の説明をしていない点がまた怖い。各エピソードの登場人物たちは、不思議なものを見たり体験したりするけれど、その原因が明かされることはない。したがって読み終えた後も不穏な感じが残って消えない。幽霊の仕業でも、人間の悪意によって引き起こされたものでもない。この、ぽんと放り投げだされたまま終わる不安感が魅力ともなっている。
本シリーズは2019年から『不安の種* アスタリスク』というタイトルで再始動し、最新第6巻まで好評発売中だ。独特の怪異表現はいよいよもって冴えわたり、画力で不気味さを見せるものもあれば
ちょっとした不可解さを掬いあげるもの
読者の想像力に委ねるような内容など、
巻数が増すにつれ話のバリエーションも多彩になり、いよいよ百物語的な広がりをみせている。
新型コロナウイルスに終わらない戦争に重税と、かつてなく不安さが増している現在。私たちは絶えず不安を胸に抱き、不安と共に生きている。ただ怖がらせるだけでなく、不安の受けとめ方、不安との向き合い方まで伝えてくれるこの作品は、現代社会の空気を映しだす反射鏡のようなものだと思う。
文=皆川ちか