先生の頭の中は迷宮!? 『出禁のモグラ』作者・江口夏実×精神科医・名越康文スペシャル対談――精神科医が考察する作品の魅力と語られる創作の裏側
更新日:2023/9/14
『鬼灯の冷徹』の江口夏実先生による最新作『出禁のモグラ』のコミックス第5巻が8月23日に発売された。最新刊の発売を記念して、YouTubeでゲームや漫画のキャラクター精神分析を行い作品の世界観をひもとく精神科医・名越康文先生と、江口先生との豪華対談が実現。実は名越先生のYouTubeの視聴者だという江口先生。今回の対談では、ぜひ聞いてみたいことがあるようで……!? 精神科医の観点から考察する本作の魅力、そこからひもとかれる創作の裏話に迫る。
取材・文=ちゃんめい
わかりやすいものを求めすぎてしまう“怖さ”
――名越先生が初めて『出禁のモグラ』を読んだ時、どんな感想を抱きましたか?
名越康文さん(以下、名越):まず、1巻を読み終わるまでにものすごく時間がかかったんです。これはこの話のことだったのかと、時には読み返しながら辿っていくから、どれだけ時間がかかるんだろう? と不安に思いましたが、2巻の中盤から調子づいて気付いたら4巻まで読み切っていました。
なんだか4年制の大学みたいですよね。1巻は、まるで大学1年生が教授の出方を窺っているようで、2巻以降は2年生、3年生になって教授のことがわかり、徐々に自分の意見が言えるようになるみたいな。『出禁のモグラ』1~4巻からはそういったイニシエーション〈通過儀礼〉のようなものを感じました。
江口夏実さん(以下、江口):実は当時の担当編集さんから、1巻は「何を描いているのかわからない」と言われていたんです。その担当さんは、なるべく早く結論が出る作品や、キャラクターのプロフィールがわかりやすい作品の面白さを考えるほうが得意なタイプの方だったので『出禁のモグラ』のように、これはなんだろう? と“読ませて悩ませるタイプの漫画”は読みづらかったのかもしれません。でも、1巻の前提がないと今後の物語の深みが大きく変わってくるからと言って通しました。あと実は、私は水木しげる先生がすごく好きでして……。
名越:びっくりした! 僕が世界一好きな漫画家さんです、水木しげる先生。
江口:水木先生の漫画って、このワンシーンは一体なんだろう? みたいなものが結構入っているんですよ。でも、それは水木先生の経験に則して、入れたいから入れたシーンなんだろうなと思うことがあります。だから、最初にわかりやすいものを描いて盛り上がりを見せるのも大事ですが、反対にそういうのがない作品もいいのかなと。
あと、『出禁のモグラ』を描き始めた時にネットやSNSを見ていて感じた、“わかりやすい物語が求められすぎている”という世の中の風潮がすごく怖かったんです。例えば、ヒーローと敵がいたとして。敵にも何かしら事情があって悪事を働いているみたいな設定よりも、ヒーローがひたすら敵をぶっ飛ばしていくわかりやすい話が一番気持ちいいね! みたいな。悪いやつは悪い、だから倒してくれたらもうなんでもいい……このわかりやすさから生まれる怖さみたいなものに危機感を覚えて、わかりにくいものを取り入れたというのも背景としてあります。
名越:怖さといえば、僕は2巻以降にすごく恐怖を感じたのですが、やっぱり1巻の存在がすごく効いていると思いました。1巻で感じた、わかりにくいからこその現実感というか、次はどうなるんだろう? という不安というか。それが2巻以降で非常に活きているように感じます。
ちなみに、2巻では心霊現象に悩まされる100円均一ショップ、不気味な人形……悪霊が人にいたずらをする話が描かれているんですよね。何が怖いって、ここで描かれている話って実はきわめて現実と近いんじゃないかと思ったから。まるで悪霊や悪魔が入り込んだかのように、本来の自分では絶対にしないような行動や判断を取ってしまう。“魔が差す”なんて言葉ありますが、臨床をやっていて、そうやって人に悪さをさせてしまう何かが場所やらタイミングの中には確かにあると思っているので。
3~4巻にかけて収録されている人魚伝説の話もそうですが、『出禁のモグラ』では、人は人間として責任を持てる範囲外のところで、目に見えない何かによって決定的な間違いを犯してしまうことがあるんじゃないか……このリアルをすごく巧みに描かれているなと思います。本作を妖怪モノや怪奇譚として読まれる読者の方も多いかと。
モグラは何者なのか? 明示されないモヤモヤからひもとく心理
――特に印象的だったキャラクターを教えてください。
名越:やっぱりモグラですね。1巻では“あの世から出禁をくらっている”ということ以外、何歳なのか、これまでどんな人生を歩んできたのか、生き死にすらも何もわからない。大学生の真木や八重子よりもちょっと兄貴分っぽい立ち位置で、間抜けな部分もいっぱいあるんだけど、世間を知ったような顔をする時もある。もしかしたら300歳くらい生きてるの? って。僕は職業柄、キャラクターを同定したいタイプなので1巻はずっとモヤモヤしながら読んでいました。
でもこれだけ執拗に隠していたら、この作家さんはこれで続けるんだろうなと。1巻で明確に方針を出されているから、お付き合いさせていただきます! という気持ちで読み進めました。
江口:もしかしたら偏見かもしれませんが、最初に明示しなくても大丈夫というか、名越先生のように受け入れてくださるのは女性読者の方が多い印象があります。反対に、男性読者の場合は最初からはっきりと示してほしいのかなと。
名越:それは心理学ではある意味定石で、一般的に女性の方が対人関係においてのスタミナが圧倒的に高いと言われているんです。一方で男性はいわば記号的に動く。作品と読者もある種の対人関係だと考えると、キャラクターや物語が何なのか同定できた方が記号的に動ける、いや、読めると言いますか。
江口:ちなみに、掲載誌である「モーニング」は女性読者さんもだいぶ増えていますが、7割近くは男性読者さんだとお聞きします。事件を解決していくミステリー的展開は、男性読者に好まれる印象があるので、『出禁のモグラ』ではそのバランスをうまく取り入れられたらいいなと。あと、読者の反応を見ていると、かわいい女性キャラクター……容姿ではなく態度がかわいらしいキャラクターが登場すると全てが許されるというか、反応が良いなと感じます。
名越:女性キャラクターは、エロスを感じさせるようで実はそれがグロになっている……そういった二面性を持っている人ばかりだなと感じました。非常に巧みに描いていらっしゃるなと感心する一方で、ちょっと息抜きができなかったですね(笑)。それぞれの女性キャラクターが、二面性、ともすれば三面性を持っている、それを物語の中でここまで絡み合って描いている漫画はそうないと思います。
キャラクターの言語化に活きる「体癖」という概念
――江口先生は以前より名越先生のYouTubeを視聴していて、数ある動画のなかでも人間の体を、身体の構造や感受性の方向によって12種5類のタイプに分ける「体癖」に興味があると伺っています。
江口:初めて「体癖」の動画を拝見した時は、こういう概念があるんだって興味深い気持ちでした。ただ、あまりにもその概念に囚われてしまって、人のことを一方的に当てはめて思い込んでしまうのは良くないなと。そう思いながら、よくよく調べていくと、なんだかキャラクターの作り方と非常に似ているなと感じました。
これはほとんどの作家さん方が無意識にされていることかもしれませんが、例えばこういう人ってこんなポーズを取りがち……みたいなものがあるんです。自分も自然とやっているものだなぁと思いつつ、「体癖」はそういったキャラクターの癖や歩き方など、作家が自然と描いていることを言語化して第三者に伝える時に役に立つ概念なんじゃないかなと。
例えば、前作の『鬼灯の冷徹』がアニメ化した際に、アニメーターさんが「立ち絵」という、文字通りキャラクターが立っている絵を描いてくださったのですが、何かしっくりこないこともありました。決してアニメーターさんが悪いのではなく、このキャラクターはこう立たない、笑う時や怒る時はこうならないのでは?という違和感をうまく説明できなかったんです。
名越:私の中ではそう動きません! って言うしかないですよね。
江口:特に美しい容姿の男性キャラクターとなると、綺麗な女性みたいなポージングや動き方になっている印象がありました。でも、骨格的には絶対にこうならない、腕や足を伸ばした時はこうならない……男性と女性は違うと、つたないながら全部線で描いて説明していたんですよね。
名越:アニメに登場するイケメンや女性キャラは、体癖で見ると顔に関しては多岐にわたりますが、体型はほとんど6種で描かれていることが多いですね。全体的にスリムで少し猫背で恥骨が前に飛び出ている。キャラクターが直立した時、大体そういう体型が描かれているから、別のパターンがあってもいいんじゃないかなと思う時があります。
江口:顔は似ているのに漫画と少し印象が違うアニメって、おそらくそこが違うんでしょうね。でも、こちらもその違いを説明したくても、どうしてもふわっとした内容になってしまう。だから「体癖」という概念を知った時に、このキャラクターは何種の何類です! と決定づけて説明したらわかりやすかったのかなと思いました。
――ところで、江口先生は名越先生に聞いてみたいことがあるそうですね。
江口:ありがたいことに読者さんからよくお手紙をいただくのですが、例えば「このキャラクターは誰が好きなのか」「恋愛遍歴が知りたい」「このキャラクターと付き合ってほしい」など、男女全てのキャラクターの行動原理を恋愛と結びつけられる方が一定数いらして、そしてそのパワーがとても強くて不思議に思うことがあります。そのパワーというか、心理の源ってなんだろうって。
名越:現代は、恋愛はもちろん何もかもがハックできる時代だから、なんでも知っておきたい……つまり知らないことへの不安が強いんだと思います。SNSやインターネットの普及によって、好きな人が何をしているのか、何を考えているのか、全て入手できてしまうじゃないですか?
江口:確かに、「好きな食べ物は何ですか?」とかキャラクターのパーソナリティーを知りたがる方も多いです。
――江口先生のキャラクターには、そこまで読者を熱狂させる魅力があるからとも取れますよね。
名越:感情移入しやすいキャラクターというのも作用していると思います。特に、『出禁のモグラ』はそれぞれが欠点、弱点を持っている。でも、弱点を持ったままでその場その場を凌いでいるというか、いろいろ擦りむきながら生きているじゃないですか? そういう斜に構えずに、欠点を持ち続けたままでひたむきに生きているところ。そういうことって、庶民的だけど実はなかなかできることじゃないんです。それがたくさんの人の共感を呼ぶし、ぐっと深く踏み込んでしまう要因な気がします。
最新刊5巻は大好きなゲームとアップデートした幽霊に注目?!
――最後に8月23日に発売されるコミックス第5巻の見どころについて伺っていきたいと思います。5巻はモグラたちが、「ランキング上位に入ると怪現象が起こる」と噂の“呪いのゲーム”をプレイするところから始まります。
江口:大まかにいうと、モグラたちがそのゲームの世界に閉じ込められてしまって、クリアするまで出られないというあらすじです。ちなみに少し解説をすると、ゲームのアバターを人間にしてしまうと元々のキャラクターと混同して混乱させてしまうので、パッと認識できるように動物にしました。
名越:僕はゲームが大好きなので、ゲームに囚われるってどれだけ恐ろしいことかは『ドキドキ文芸部』で身をもって経験しています(笑)。本当怖いですよね。いや、ゲームを切ることができないって本当に怖くないですか?
――YouTubeチャンネルには100本以上のゲーム実況&分析動画が投稿されているので、並々ならぬゲーム愛を感じます。
名越:キャラクター分析的な話でいうと、ゲームの方が漫画よりも分析しやすいんです。漫画だとどの角度でも綺麗に見せることができる……二次元の嘘があるんです。一方で、最近のゲームは3Dでよく動くから、性格を分析する上での齟齬が少ないだろうなと感じています。
江口:私もゲームが大好きで、昔はゲームクリエイターになりたいと思っていたほどです。でも、私はデジタルに弱くて挫折してしまった。おまけに最近は忙しくてゲームをする時間もない。だから、漫画の中に自分が作ったゲームを落とし込もう! と思ったのが物語の着想のきっかけでした。
そこからどう物語を発展させようかなと思った時に、貞子が思い浮かんだんです。いわゆる、お化けや幽霊といえば、井戸からヒュードロドロと現れる……みたいなイメージがあったと思うのですが、貞子はテレビから出てくるという方法でその概念をぶち壊したじゃないですか。幽霊もアップデートさせていかなくちゃと。5巻はそんな2つの要素を組み合わせながら描きました。
あと、初めに名越先生とお話しした通り、もしかしたら1巻は読みづらいかもしれないという自覚が少しあります。でも、1巻が発売された当初に「あんまり合わないな」と思われた方も、続けて読んでもらえたらまた違った感想を抱くかもしれない。ちょうど5巻が発売されたので、一気読みすることも可能です。ぜひ手に取っていただけたら嬉しいです。