【京極夏彦特集】寄稿&インタビュー「拝啓、京極夏彦様」/荒井良さん

文芸・カルチャー

更新日:2023/9/15

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年10月号からの転載です。

 京極夏彦とはどのような人物なのだろうか。それは京極ワールドを楽しむ私たちにとって、永遠の謎である――! 京極夏彦さんと共に作品を作り上げた方々、またご親交のある作家の皆さまに、京極さんとの思い出や京極作品の魅力について伺いました。今回は荒井良さんです。

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 まず、作家生活30周年という大変な節目に心から「おめでとうございます」と申し上げたいと思います。

 初めてお会いしてからもう四半世紀以上経ちましたが、京極さんは僕にとって最も影響力がある方ですし、それだけの大きな存在が身近にいてくれるのは何よりもありがたいことです。

 初対面の場は関東水木会[*]の懇親会の席でした。たしか『魍魎の匣』が出たばかりぐらいだったと記憶しています。その折、僕の妖怪張り子の初作である「古籠火」を見ていただいたところ、ちょうど文庫化の話が出ていた『姑獲鳥の夏』の表紙をやってみませんか、と声をかけていただきました。

 思ってもいなかった嬉しいお話でしたが、同時に「古籠火」が仕上がったタイミングを思うと、自然な成り行きのようにも感じました。京極さんとは、水が上から下へと流れるように出会うべくして出会い、その世界に引き寄せられたのも一種の必然のような気がするからです。

 僕は小学生の頃からお墓やお寺、日本画といった普通の子があまり興味を持たないようなものが好きだったのですが、水木さんの妖怪画を見た時、それらすべてが一つに統合された気がしたものでした。そういう感性は、京極さんのそれと少し近いのかもしれません。だから、出会いも「運命」などといった大げさなものではなく、もっと自然な流れであるように感じるのでしょう。

「姑獲鳥」以来、もう50作以上京極作品の張り子を作ってきましたが、一作ごとに深い満足感を得ています。毎回、意気込みや緊張感は新たにするものの、変に構えたり、気負ったりすることもなく、淡々とライフワークに近い感じでやらせてもらっています。

『厭な小説』書影

『姑獲鳥の夏』書影
『厭な小説』の表紙に使用されている張り子作品、「森田三代子」。光に照らされた表情がとても印象的だ。『姑獲鳥の夏』の「姑獲鳥」には、まるで生きているかのような生々しさがある

 制作にあたっては、京極さんからなにか指定されるようなことはありません。完全に任されているんです。ですので、京極作品らしさをどう表現するかがいつも最大の悩みどころになる。京極作品のすごいところは、表現力や知識は言うまでもないですが、やはりあの構成力にあるのだと思います。あれだけの世界観を作り出すのに、個別の要素をそれぞれ別々のところからもってきながら、最終的に一つに落とし込む。常人ではありえない構成力ですよ。あれだけ広く深い世界観が出せる人はそうそういないと思います。だから、僕としては、短編の方が比較的気楽に作れるんです。長編よりは要素を絞り込みやすいので。『虚言少年』なんかはすごく楽しんで作りました。また、『厭な小説』の「厭な彼女」に登場する森田三代子は、僕自身の畏れを反映したような作品になり、今でも強い思い入れがあります。一方、長編は僕なりに作品の肝を捉えようとするのですが、どうしても行き詰まったら妖怪に逃げるという手もあります(笑)。でも、やはりそれだけでない何かを入れ込みたいので、毎回悩んでしまうのです。

 全てに通ずる大きなコンセプトは“負の造形”です。たとえば仏像が正、日の当たる方の造形だとすると、僕がやりたいのは負の方。なるべく正の表現に近づけつつ陰の存在を立体化したい。

 たとえば「姑獲鳥」はもっと鳥山石燕の絵に近くしてもよかったけれども、あの時の僕は幕末~明治に活躍した人形師・松本喜三郎の生き人形にある見世物的な生々しさを出したくて、箱の中に背景を収めて覗きからくりのようにすることを思いつきました。ただ、生々しいだけでは駄目で、写実性と浮世絵的な平面性、さらに能面の“古色”が融合するものにしたかった。また、作品としての独立性も考慮しています。つまり、京極作品を知らない人にも「これは何だろう」と思わせたいんです。

 今現在、材料の枯渇や業界の変化など様々な問題があり、僕のような伝統的な手法で作る張り子は存続の危機に立たされています。だからこそ世間に“張り子”の存在を広く知ってもらいたい。表紙に使っていただいたことで、より多くの人の目に止まるようになったのは本当に嬉しいことですし、とても感謝しています。

[*]関東水木会:水木しげるをバックアップするために愛好家の最高峰が結集する会

荒井 良
あらい・りょう●1958年、東京都生まれ。文化学院美術科、武蔵野美術学園で彫刻・彫塑を学ぶ。卒業後、張り子技法による立体造形の制作を開始。妖怪造形以外の作品には舞楽面や、原発をテーマとする「MELTDOWN」シリーズなどがある。