絵本作家・ヨシタケシンスケの“読まなくていい”オススメ本。未解読で読めない本と、読まなくても熱意が伝わる本との向き合い方【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2023/9/9

ヨシタケシンスケさん

 さまざまな分野で活躍する著名人にお気に入りの本を紹介してもらうインタビュー連載「私の愛読書」。今回ご登場いただいたのは、『もりあがれ!タイダーン ヨシタケシンスケ対談集 (MOE BOOKS)』(白泉社)を刊行された人気絵本作家のヨシタケシンスケさん。蔵書家としても知られるヨシタケさんがオススメする本とは? さっそくお話をうかがった。

取材・文=荒井理恵 撮影=金澤正平

「読めない」から「読まなくていい」『ヴォイニッチ手稿』

――たくさんの蔵書をお持ちのヨシタケさん(注:ヨシタケさんのアトリエは壁面いっぱいの書棚で埋めつくされている)ですが、あえて「愛読書」を教えていただきたいと。

ヨシタケシンスケ(以下、ヨシタケ):これまでもいろいろ紹介してきたんですが、やっぱり同じ本を紹介するのも悔しいなと思って(笑)、今回はこの『The Voynich Manuscript』を紹介したいと思います。いわゆる「ヴォイニッチ手稿」といわれているものを全部掲載した一冊なんですが、実は今、この手稿の全ページの画像がネットで見られるんですよね。なので本で持つ必要はないんですが、僕は紙の本が好きなのでそれが一冊にまとまった本をわざわざアマゾンで買いました。

――「ヴォイニッチ手稿」とはどんなものなんでしょう?

ヨシタケ:植物みたいなのとか人物みたいなのとか謎の文字みたいなものとかいろいろ書かれているんですが、「いつ」「誰が」「何のために」書いたのかというのがわかっていない手稿なんです。現在はどっかの美術館かなんかが持ってるんですが、最後の持ち主がヴォイニッチさんで、その人のコレクションだったからこの名前がついたそうです。

 文字みたいのもあるんですが、いまだに何語かわかってなくて、暗号だって説があったり、ただのデタラメっていわれたり。定期的に「とうとう解読された!」って説が出ては「間違いでした!」の繰り返しで、世界中の暗号学者が解読しようとしてもいまだにできてないという。

――そんな「謎」がまだあるんですね!

ヨシタケ:そうなんです。この本を買ったのは5、6年前ですけど、ヴォイニッチ手稿というのがあるのはずっと前から知っていて、あるタイミングで全ページが本になってることを知って。著作権フリーなのでいろんなバージョンが出てますから、この本はあくまでもそのうちの一冊です。実は僕は本をたくさん持ってますけど、「読むのが好き」というよりも、「本を買うのが好き」なんで、まだ読んでない本がいっぱいあるんですよ。ただ、この本に関しては「読めない」んです。だから読まなくていいんです!なぜなら誰も読めないから。読んだことないから(笑)。

――確かに、読めませんね!

ヨシタケ:僕にとっての本の面白さって、「その紙の束を作ろうとした人がいる」っていう〈熱量〉だけで十分なんですよね。中身まで読まなくても、「なんでこんな本を作ろうと思ったんだろう」っていう、そういう本を作ろうとした人がいるっていうストーリーだけで十分満足なんです。その意味でいうと、このヴォイニッチ手稿というのは何もわかってないし、正解がないので、「あーかもしれない、こーかもしれない」って面白さもある。

 よくよく考えてみると、本というのは結局「作った人の真意」までは誰もわからないですよね。だとすれば、この本と大差なかったりするんじゃないかっていう。なので自分が本を描くようになって、「じゃあ本ってどういうものだろう」って考えるときに毎回立ち返る本でもあります。本来、誰かが何かを伝えるために作ったものなんでしょうけど、「誰にもわからない」ということは、その半分しか終わってないわけですよね。誰かが何かの意図をもって作ったことはわかってるんだけど、それをいまだに誰もわかっていないっていう本が「ある」ということに、僕は救われるし勇気付けられるんです。

――物質として「ある」ことそのものが、本の偉大さでもありますよね。

ヨシタケ:そうなんですよね。だから、愛読書っていっても「読」してないんですよ、全然。「愛書」ですね。熱量しかわからないっていうのも、本の良さのひとつの形だと思います。理解する必要がないというか、わからなくても十分魅力的だし、世界中の人をトリコにしてるし。

――ネットに画像としてあっても、それを「本」にすることで「熱量」という面白さも加わるわけですね。

ヨシタケ:「紙の束として存在している」ということの価値もあるし、「やっぱり本の形で持っておきたい」という僕みたいな人もいるわけです。そういう「何かを残す」という、本という形が持つ良さがひとつの結晶になっているような、それがヴォイニッチ手稿の本だと思います。いつ答えが出るかもわからないし、答えが合ってる証明もできない。でも世界中には本業そっちのけでのめり込んでる人がたくさんいて、暗号学者も「だってこれ、誰も読んでないんだよ?」って答えるっていう「読めない本」なんです。

ヨシタケシンスケさん

「バカな本を作った人たちがいる」ことの熱量に勇気付けられる

――新刊『もりあがれ!タイダーン ヨシタケシンスケ対談集 (MOE BOOKS)』(白泉社)の中でも、いろいろな愛読書をあげていらっしゃいますが、これからもアトリエの本棚は埋まっていく予定なんですか?

ヨシタケ:まだ自宅から移していないのがたくさんあるので、その予定です。僕にとって本を「読む」のが大事っていうよりも、本という記録があることを「感じること」が大事で、そんな本がまだまだあります。

「バカな本を作った人たちがいるんだなー」とか、「こんなバカな人がいるなら僕もがんばんなきゃな」とか、そういう本から伝わる人の熱量に勇気付けられるんですよね。どう考えても売れるはずがない本って、企画を出すほうも出すほうだし、通すほうも通すほうだなっていう(笑)。

――たとえばZINE(ジン:好きなものなどを集めた個人的な冊子)も流行ってますが、あれも手作りで熱量の塊ですよね?

ヨシタケ:ZINEもいいですけど、僕は「ちゃんとした法人を説得した」という、「説得された法人がいる」っていう、そのドラマにひかれますね。「売れないだろうに、企画通しちゃったんだ。初版何部だったんだろう…」みたいなドラマ。で、「やっぱり売れなかったんだよなー。編集者はどう気を遣ったんだろう」みたいな、そういうところに思いを馳せると味わい深いなって。

――ではヨシタケさんの蔵書にはそういうドラマが見え隠れするわけですね。

ヨシタケ:「よくこんな企画、通したな!」っていう本に出会うと買っちゃうし、やっぱり買うってことでしか応援できないじゃないですか。なので自分が本を作る側になって、より買うようになりました。極力本屋さんも支援したいので、本屋さんで。

――そういう本との出会いはどうやって?

ヨシタケ:単純に本屋さんの店頭ですよね。何が書いてあるかわかんないし、何語かは知りませんけど、なんか面白い写真が3枚のってたら買うみたいな。そういうのをレジに持っていくのが好きなんです。「こういう変な本に僕はお金払うんですよー」って、胸をはってレジに持っていくところがピークなんです(笑)。僕はそういうふうに本を愛でています。

――逆に「読む」本はないんですか?

ヨシタケ:うーん。エッセイとか短編集とかは短いので読むんですけど、長編の漫画とか小説はほぼ手をつけてないです。なんだけど、こういう「変な人がいた記録」としての本というのは、集めちゃうというか。そういう、いろんな好きになり方があるというのも本の良さだと思います。

 古書業界なんかだと「プレミアがいくらついてるから価値がある」とかになったりしますけど、そうじゃなくって「ほんとゴミみたいなものでも僕にとってめっちゃ大事なんだ」っていう、そこに価値を見出すことの面白さというか。

――作者の熱意を、ヨシタケさんのアンテナがキャッチするわけですね。

ヨシタケ:そうそう。「俺はわかったよ!」っていう。「こんな本、誰が買うんだろう」って思われても、「俺が買うぜ!」みたいな。そういう選ばれた人たち同士の慰め合いというか、絆というか、そういうのに参加したい思いがあります。

ヨシタケシンスケさん

読まなくても熱意だけは伝わる『The Book on Books on Artist Books』

――なんかお話をお聞きしてたら、後ろの本棚からヨシタケさん風味のいろんな人たちの顔がばーっと見えた気がしました。

ヨシタケ:あはは(笑)。そういう意味では、この本も最たるものだと思います。『The Book on Books on Artist Books』っていうんですけど、これは本が好きなアーティストによる「アーティストが自分で作ったアート本のコレクションがいっぱいあります」って本がいっぱいあって、その本をあつめた本なんです。ややこしいですが、アーティストが作ったアーティストの本の本。「このアーティストがこういうテーマで本の本を作りました」っていうことが、入れ子方式になってるんです。

――なんだか、すごく変わった人がいるんですね(笑)。

ヨシタケ:「いろんなアーティストが作ったアーティストの本であるこの本」が、さらにこの本自体の目録の最初に入ってるんですね。気が利いてるんです。

――はー(笑)。これがやりたかったんでしょうね。

ヨシタケ:そう、これがやりたかったんです! 「俺はこのくらい〈アーティストの作ったアーティストの本〉が好きなんだ!」以上のことは伝わってこないし、中身見てないんですけど、そのコンセプトだけで持っておく価値がある。「バカだねー」っていう(笑)。

――しかし、いろんな人がいますねぇ。

ヨシタケ:「こういう人がいるなら、俺もがんばろう!」って思うんですよ。「手が届かないんじゃないか」とか、「売れないんじゃないか」とか、「炎上しちゃったらどうしよう」だとかいろいろ気を遣っちゃいますけど、こういうの見てると、「がんばんなきゃ!」って思いますよね。

――確かに。まさか、こういう本に元気付けられるロジックに納得するとは思いませんでした。今日は貴重なお話、ありがとうございました!

ヨシタケ:読まなくても、ちゃんと元気付けられる。そういう本を僕は買いたいんです。愛読書という意味では全然読んでないんですけど、自分にとって大事なものはこういうことなんですよね。

ヨシタケシンスケさん

<第33回に続く>