一夜限りで復活した深夜のラジオ番組が奇跡を起こす――オールナイトニッポンを舞台にした話題の生配信舞台演劇ドラマが小説化!

文芸・カルチャー

PR 更新日:2023/10/6

あの夜を覚えてる
あの夜を覚えてる』(小御門優一郎:脚本、山本幸久:小説/ポプラ社)

 コロナ禍以降、ラジオを聴く人びとの数が増えているという。声のみの発信であるがゆえにパーソナリティとリスナーの距離が近く、他のメディアにはない親密さを感じさせてくれるラジオ。ラジオによって私たちは孤独を癒され、勇気をもらい、生きる活力をチャージできるといっても過言ではない。

あの夜を覚えてる』(小御門優一郎:脚本、山本幸久:小説/ポプラ社)は、そんなラジオの魅力がたっぷり詰まった100%のラジオ小説だ。

 本作の元になったのは、オールナイトニッポン55周年を記念して2022年に配信された同名の生配信舞台演劇ドラマ。舞台となるのはもちろんニッポン放送で、主人公はラジオ番組の新米AD、植村杏奈だ。人気俳優・藤尾涼太がパーソナリティを務める番組で日々、忙しく働いている。だが節目となる100回目の放送を前に、藤尾の密会写真が週刊誌にすっぱ抜かれてしまい、この件を番組内でどう扱うか関係者一同は悶々とする……。

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 という導入部からたちまち作中内番組、『藤尾涼太のオールナイトニッポン』の世界に引き込まれる。藤尾の自然体な語り口と、彼を支える植村ら裏方スタッフの真剣な仕事ぶり(なにしろ生放送なのでミスは絶対に許されない)。その緊張感と昂揚感が、テンポのいい文体で生き生きと迫ってくる。

 著者の山本幸久氏もまたラジオ好きで、かつて『幸福ロケット(ポプラ文庫)』(ポプラ社)という作品で深夜ラジオが好きな小学生男子を描いていた。それだけに発信する側だけでなく、リスナー側の心情も丁寧に綴られている。

 家にも学校にも居場所のない政司は、藤尾の番組を聴くのが生き甲斐となっている男子高校生。記念すべき100回目の放送を普段以上にわくわくして聴いていると、突然、藤尾が爆弾発言をする。密会写真の真偽云々を吹き飛ばすほどの破壊力――それは、番組を降りるという宣言だった。

 実は藤尾には、ADの植村、そしてリスナーに隠している秘密があった。その秘密の重さに耐えられなくなり、自ら降板を申し出たのだ。

 それから2年後。ADからディレクターに出世した植村は、自分が担当する番組のパーソナリティが急きょ体調を崩してしまったため、藤尾にその代打を懇願する。身勝手な理由でラジオの世界から去った自分が、再びリスナーに向きあってもいいのだろうか……と迷う藤尾に、植村がかけた言葉とは…。

 言葉を送る側と受けとる側の距離が刻々と縮んでいく感動――ラジオを愛する人はもちろん、ラジオを聴きつけていない人にもそれが存分に伝わってくる。そして藤尾は2年前、番組を降板した理由をオンタイムで明かす決意をするのだが……。それがなんであるのか気になる方は、ぜひ本書を読んでみてほしい。

 ちなみに10月には本作の続編となる“舞台演劇番組イベント生配信ドラマ” 、『あの夜であえたら』の公演が決定している。こちらもまた楽しみだ。

文=皆川ちか