飛び降り自殺未遂の小学生が100個の怪談を語るマンガ。グロテスクな怪談描写よりも、語り手に静かに忍び寄る現実が恐ろしい
公開日:2023/9/25
『僕が死ぬだけの百物語』(的野アンジ/小学館)は、冒頭で学校の窓から飛び降りようとしていたユウマくんが、ある女の子に百物語について聞かされ、死ぬのをやめるシーンから始まるホラーマンガだ。何やら不穏の始まりだが、「100個の怪談をすべて話し終えると、本物の幽霊が出る」という話に興味を持ったらしい。その日以来、ユウマくんは自分の部屋で、誰かに聞かれないように注意しながら、ひとつずつ順番に怪談を話し始めるのだが……。
その怪談の怖さも、もちろんひとつひとつが徹底して怖く、背筋に嫌な悪寒が走り、鳥肌が立つことしきりなのだが、本書はただ、怪談が淡々と続いていくだけではないのだから面白い。
怪談を語りながら、実はユウマくん自身が虐待されているかも? とか、なぜ学校の窓から飛び降りようとしたのか、という、語り手であるユウマくんに静かに忍び寄る現実の恐ろしさがじわじわと読者に伝わってくることがポイントなのだ。
幽霊の絵がしっかりグロテスク
まずは怪談の絵の話から。たかだか10歳にもいかない小学生が語る話だからといって馬鹿にしてはいけない。本書で描かれる幽霊は、どれもしっかりグロテスクで、怖気を震うものばかりだ。1話目の「つれびと」は、死者が生者を道連れにしようと、呼ぶことがあるのだが、それについていってしまうと……という話だ。
意地でも彼氏を道連れにしようとするさっき死んだばかりの彼女の目の描かれ方が怖い。白く霞んだ生気のない目で現れ、次の瞬間には黒く奥行きのない目になり、かと思えば「来てっ!!」と叫びながら激しく勢いのある巨大な丸い目を見せる。最後、逃げ切ったと安心する彼氏を、あるものの中に入った彼女が見下ろしているのだが、その「もうすぐ彼氏を道連れにできる」という確信に満ちた目と口ときたら……。
家族が寝静まった夜に始まるユウマくんの怪談の秘密
本書は、誰かに話を聞かれないタイミングを見計らったユウマくんが、1話ずつ怪談を語る形式で進行するマンガなのだが、まず、1話目が語られている時間に注目したい。
ベッドの右側に置時計が設置されており、時刻を見ると「3時」。小学生のユウマくんはわざわざ3時に起き出し、周りを確認する素振りをしてから、静かに話し出す。話し終えた後のコマを見ると、時計には針がない。その2コマ下では、3時5分を示しているが、この時計にも注目したほうが良さそうだ。
同居している誰かに絶対に聞かれたくないことも、この話の大きなポイントだろう。
1話目を語り終えた後のユウマくん、一度は電気を消すのだが、実は怖かったらしく「電気はつけたままにするね」と言って震えているところも可愛いポイント。しかし2話目以降、そういった素振りはまったくない。早くも2話目で怖い話に慣れてしまっている心境の変化にも注目したい。それ以降、何かに取り憑かれたみたいに怪談を嬉々として語る姿には、不気味さを感じる。
カメラに向かって怪談を話す小学生!?
ユウマくんの語る百物語は、最初、読者に向かって話すメタ的な設定なのかと思っていたが、どうやらカメラに向かって話しているらしいことがわかる。YouTube配信を思わせる言動もあり、誰かに伝えたいという願いがあるのかもしれない。
また100話にまで至っていないのに、回を重ねるごとに、実際にユウマくんの身にもちょっとした怪現象と思しき事案がぽつぽつと起きていることにも注目したい。2話目では、話す前はなかったのに、話し終えたタイミングでなぜかカメラにほこりが付着していて、それを拭き取るシーンがある。こういったちょっとした不可思議な現象にも注目だ。
ユウマくんは同居人に虐待されている!?
読み進めていくうちに、ユウマくんの長袖を着ている率が高いことや、同居している人間との会話で「です・ます調」を使う言葉遣いに違和感を覚えるだろう。褒めるために伸ばした同居人の腕に、思わずびくっと驚きを表しているシーンからも想像できるのではないか。
ただ、その相手はズボンを穿いた下半身だけが描かれたり、扉の向こうでの会話だったりするので、相手が父親であるのか、母親であるのかは、最初はわからない。父母どっちなのか、あるいは父母以外の人間なのか? と想像するのもいいだろう。
100個の怪談をただ読むだけではない楽しみ
もちろんひとつひとつの怪談も奇妙で不気味で怖いのだが、それ以外のカメラの向こう側のユウマくんの世界にも、しっかり現実的な怖さがあるのが興味深い。怪談を話すユウマくんの態度の変化や、時間、ちょっとずつ発生する怪奇現象、そして唯一家にやってくる友人・ヒナちゃんの変化にも注目してみてほしい。ヒナちゃんは冒頭で、窓から飛び降りようとしていたユウマくんを助けた女の子なのだが、少なくとも良い変化ではない……。もしかしたら怪談よりも怖いのは、現実世界の惨たらしさなのかもしれない。
いずれ訪れる100個目の怪談を語り終えた時、ユウマくんの身にはどんなことが起こるのだろうか?
文=奥井雄義