史上初八冠目前! 藤井聡太を倒すのは誰だ? 打倒・藤井に燃える58棋士たちの戦いと言葉
公開日:2023/9/20
将棋界はまさに藤井聡太時代。2016年に14歳2カ月で四段昇段(プロ入り)後、デビュー戦から公式戦最多の29連勝を成し遂げ、七冠獲得すべてを最年少記録更新で達成。あらゆる記録を塗りかえてきた藤井氏は、史上初、前人未到の八冠全タイトル制覇に向け、「王座」獲得へ挑戦中だ。そんな藤井氏の活躍によって、将棋ファンになったという人も多いことだろう。そして、どうやら彼の活躍を追ううちに、そのライバルたちの中に「推し」を見つけたという人も少なくはないようだ。
そんな将棋ファンたちにオススメしたいのが、『藤井聡太ライバル列伝 読む棋士名鑑』(大川慎太郎/文藝春秋)。キャリアや戦績、肉声と個人史からひもとかれる棋風や得意戦法、人柄、AI研究への距離感。観戦記者の第一人者・大川慎太郎氏による、雑誌『Number』(文藝春秋)での好評連載に書き下ろしが加えられた本書では、全58棋士(うち女流棋士4名)の姿をありありと描き出す。これを読むと、将棋界にはあまりにも魅力的な棋士たちが揃っていることを実感する。と同時に、藤井聡太という棋士の強さと、それに挑むライバルたちの情熱に圧倒させられるのだ。
本書によれば、藤井氏は「八冠制覇」について記者に問われるたび、こう言うのだそうだ。「(八冠は)まったく意識していません」と。凡人としては「いやそんなはずはない」と思わされるが、藤井七冠にとっては本心なのだろう。藤井氏が常に意識しているのは、自分の棋力を伸ばすことだけ。「この相手はこの作戦が苦手そうだからこれを用いよう」「この形に誘導できれば自分が得意な展開だから」といった発想は藤井氏にはないのだと大川氏はいう。たとえば、王座戦で村田顕弘氏と対戦する直前には、ある関係者からの「村田システムの対策はいかがですか?」との問いに、藤井氏はきょとんとした顔をして「それは何ですか?」と訊き返したのだとか。「村田システム」とは、「角道を開けずに銀の活用を急いで、押さえ込みを狙う」と村田氏自身が意図を語るオリジナル戦法。次の対戦相手の得意とする戦法なのだから、普通ならその裏をかこうとして当然だが、藤井氏は違う。対局ごとに序盤のプランを立てることはあまりない。一切の小細工を弄さない「王道」の指し方をデビューから貫いているようだ。
そんな姿勢を知れば知るほど、「八冠達成も容易いのでは」と思わされそうになる。だが、道のりは厳しい。現に、2023年8月31日に行われた第71期王座戦五番勝負第1局では、藤井氏は、王座5連覇、史上3人目の「名誉王座」獲得を目指す永瀬拓矢氏に敗北を喫した。では、永瀬氏とはどんな人物なのか。本書によれば、実は藤井氏と永瀬氏は2017年から練習将棋を指す間柄とのこと。大川氏は以前に永瀬氏と藤井氏の関係を、「強敵」と書いて「とも」と読ませる少年マンガのライバル関係にたとえたことがあるそうだが、永瀬氏はそれを読んで、すごく喜んでくれたのだそうだ。「藤井さんに敵わないと思うようじゃ覚悟が足りません。だって将棋は戦いで、盤上の殺し合いですよ。こっちだって相手を殺す権利を持っていなきゃいけないんですから」「強くなることに終わりはないし、自分を追い込むことにも終わりはない。勉強しすぎで倒れるのが自然じゃないといけないくらい、いまの競争は厳しい」。観戦記者が教えてくれる、そんな永瀬氏の将棋への思い、藤井氏への思いを知るほど、残り4局、どんな戦いを繰り広げるのか、楽しみでたまらなくなる。
幼い頃は「藤井を泣かせた少年」として知られた、今年の竜王位挑戦者・伊藤匠氏。今年、王座戦本戦で藤井氏を崖っぷちまで追い込んだ豊島将之氏。19年間常に一つ以上のタイトルを持ち続けてきたが藤井氏によってそれを奪われた渡辺明氏。タイトル通算獲得99期を誇る将棋界のスーパースター・羽生善治氏。——棋士たちは、誰もが、胸の内で、藤井打倒を目指している。もちろんこのまま藤井氏に勝ち続けてほしい思いもあるが、彼に初めてタイトル戦で土をつけるのは誰になるのかというのも気になる。対局時の表情や動きの少なさ故に、逆に秘めたる闘志や個性がありありと印象深く浮かび上がる将棋。本書を読んでいると、その魅力にますます惹かれ、これからの対局にさらに熱狂させられそうだ。
文=アサトーミナミ