島崎藤村『夜明け前』あらすじ紹介。藤村の父がモデル!? 幕末から明治、激動の時代に翻弄され続けた男の物語
公開日:2023/9/23
坂本龍馬の言葉として有名な「日本の夜明けぜよ」、実は時代劇から広まった台詞で、本人は言っていないとか。ともあれ、事実として幕末~明治維新期はそう形容されるほどの激動の時代でした。
この時代を緻密かつ丹念に描き出した作品のひとつに、島崎藤村『夜明け前』があります。本稿ではそんな『夜明け前』のあらすじをわかりやすく紹介します。近代歴史小説の名著に挑戦してみるのはいかがでしょうか。
<第93回に続く>
『夜明け前』の作品解説
本作は、龍馬のような時代を動かした偉人や為政者の立場ではなく、庶民の視点から現代的な文章で明治維新を表現した歴史小説です。主人公のモデルは島崎藤村の父とされ、その生涯と抱いた苦悩を、7年という月日をかけて作品へと昇華させました。
また、藤村自身も舞台となる木曾(現在の岐阜県・長野県との県境付近)の地で幼少期を過ごしており、「木曾路はすべて山の中である」という冒頭の通り、歴史考証だけでなく山間部の地理や風俗といった細部の描写も緻密なものとなっています。
『夜明け前』の主な登場人物
青山半蔵:馬籠の本陣(上流用の宿舎)・問屋・庄屋(村長)を兼ねる家で育った主人公。
吉左衛門:半蔵の父。
お民:半蔵の妻。
粂:半蔵とお民の娘。
宗太:半蔵の息子。半蔵から仕事を引き継ぐ。
『夜明け前』のあらすじ
黒船来航が江戸を席巻した時代。中山道・木曾路の要所である馬籠宿で生まれ育った半蔵は、伝統を重んじる国学に惹かれ、江戸へ出てその大家である平田鉄胤(ひらた かねたね)の門下に入る。朝廷を重んじる尊王攘夷の精神は倒幕(政府転覆)の運動と結びつき、国学者たちも同調した。
尊王の思いを抱えつつも、いずれ家業を継ぐために江戸を離れ、故郷へ戻った半蔵。遠く江戸を見つめる中で、代々の参勤交代の世話仕事の変容や、水戸天狗党と呼ばれる尊攘派藩士の敗走から、徐々に幕府の威光の崩壊を感じ始める。
やがて大政奉還が実現すると政権は天皇に返されたが、半蔵の思いとは裏腹に、来る時代は外国文化の流入による近代化だった。住民たちが生活の糧としていた山林は官有林となり、立ち入りを制限される。病死した父の吉左衛門から仕事を継いだ半蔵は、異議申し立ての嘆願書を書くが、逆に職を解かれてしまった。そこへ追い打ちをかけるように、望まぬ縁談を苦にした娘の粂が自殺未遂を図り、半蔵の精神は大きく揺らぐ。
さらに、明治天皇が行幸で通りかかった際、扇子に国を憂う短歌をしたため、直訴しようとして罰金刑に処されたことから、住民の半蔵への目はさらに冷たくなっていく。思い描く理想と現実との乖離に半蔵は苦しみ、仕事を求めた江戸への旅でも罰金刑に処され、馬籠の隠宅で隠居生活を送ることに。
青山家が没落の途をたどる中、酒浸りとなった半蔵は被害妄想や幻覚に苛まれ、ついには狂乱して寺への放火事件を起こしてしまう。座敷牢に入れられた半蔵は次第に衰弱し、56年の生涯をひっそりと閉じた。国学を志し、守ろうとした木曾の住民たちに疎まれながら亡くなった半蔵。その墓前で死を悼むのは、かつて志を共にした書生ただ一人であった。