首吊り人形の廃墟や、カラオケボックスの怪異……。「神聖かまってちゃん」の元マネージャーが送る不思議な恐怖漫画

マンガ

更新日:2023/10/6

怪のリディム
怪のリディム』(劔樹人/扶桑社)

 あまたある怪談でも、一番怖いのは「知っている人から聞いた話」ではなかろうか。「実はこの前、あそこでさ……」と直接耳にする怪談は信憑性が高く、真に迫ってくる。とはいえ、怖い話を聞いたり知ったりすると、夜ひとりでトイレに行くのが怖くなったり、髪を洗っているときに後ろに誰かいるのではないかと急に不安になったり、突然の物音に心臓が止まるかと思うくらい驚いたりする。怖くて嫌なのに、ついうっかり摂取してしまう、というのが怪談ならではの面白さであろう。

「神聖かまってちゃん」の元マネージャーであり、自身もベーシストであり漫画家でもある劔樹人(つるぎ・みきと)さんも怪談好きのひとりだ。この『怪のリディム』(扶桑社)は、劔さんが知り合いのミュージシャンらから集めたゾッとする漫画が収められている(もともとはインスタグラムに連載されたものだ)。

 劔さんがこれまで手掛けてきた漫画作品には、映画『あの頃。』(今泉力哉監督、松坂桃李主演)の原作である自伝的作品の『あの頃。男子かしまし物語』や、妻でエッセイストの犬山紙子さんとの生活を綴った『今日も妻のくつ下は、片方ない。 妻のほうが稼ぐので僕が主夫になりました』などがあるが、どれも朴訥としていて、独特のリズムから生まれるおかしみとペーソス溢れる作風なのだが、本作でもその独特のリズムと朴訥さが怖さを生むことにつながっている。また「描かれるミュージシャンの顔がそっくり」というおまけ付きなので、音楽好きもぜひご一読いただきたい。

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 個人的に本作の中で特にゾゾッとしたのは、着物姿の小柄な女性(生きているのか霊なのかわからない)が五反田にあるカラオケボックスに現れてはアッと驚く所業を繰り広げる第5話「カラオケボックス」に、大阪・新世界から一本路地へ入ったところにある廃墟での異様な光景が恐ろしい第14話「首吊り人形の廃墟」、おしゃれなデザイナーズマンションの一室の玄関がなぜかコンクリートで塗り固められている第17話「13階段」だった。本書は幽霊が出てきて……というオーソドックスな怪談とは違う、この世とあの世の境目がグラッと歪むようなお話が多いのが特徴だ。

 しかし当の劔さんは「私は基本的に『世の中の心霊体験はだいたい気のせい』だと思っています」と至って冷静である。以前、筆者がある音楽関係者の方と話していたところ、「プロデューサーに向いているのはベーシスト。全体を見渡せるから」と言われて膝を打ったことがあるが(吉田建、後藤次利、佐久間正英、寺岡呼人、亀田誠治などなどベーシストの名プロデューサーは多い)、同じくベーシストである劔さんにはプロデューサー的視点で作品を編むことに向いてらっしゃるのかもしれない。

 ちなみにタイトルに使われている「リディム」とは、ベースとドラムによって演奏されるレゲエ音楽のリズムのことで、この上に歌や楽器を乗せてミキシングされていく、いわゆるリズムだけのカラオケ音源のようなものを指す言葉だ。つまり本書は何か得体のしれない怪しげなリズムと、朴訥したおかしみが通奏低音となることで、怪談の「怖くて怖くてどうしようもない!」を緩和する働きがある、不思議な恐怖漫画なのだ。暑い日はまだまだ続きそうなので、『怪のリディム』でゾゾッとする涼をどうぞ……

文=成田全(ナリタタモツ)