森恒二、三浦建太郎との最後の会話は「なんで『マンダロリアン』観てないんだ!」―『ベルセルク』と亡き親友を語るインタビュー〈前編〉
更新日:2023/10/2
1989年から連載が始まったダークファンタジーの傑作『ベルセルク』の原作者・三浦建太郎先生が2021年5月、54歳の若さで突然この世を去った。その後、最後にペン入れをしたという第364話が9月発売の「ヤングアニマル」に掲載され、その回までを収めた単行本41巻が同年末に発売された。このまま未完に終わるかと思われたが、「原作・三浦建太郎 漫画・スタジオ我画 監修・森恒二」という布陣によって2022年6月から連載が再開、2023年9月29日に単行本42巻が発売されることとなった。世界中にファンがいる作品に携わることになった経緯や思いについて、三浦先生の高校時代からの盟友である漫画家の森恒二先生に伺った。
取材・文=成田全(ナリタタモツ) 撮影=金澤正平
「何かあったら続きはよろしくな」
──『ベルセルク』連載再開時に出されたリリースには、監修すべきかどうか悩んだとありました。
森恒二(以下、森):三浦不在では『ベルセルク』は不可能ですからね、普通に考えたら。なので、冗談じゃない、本当にやめてくれと思いました。でも三浦が描きたかった最終回を知っている人間が僕しかいなかったわけですから、残さないわけにはいかない……そういう気持ちでしたね。
──30年近く前、三浦先生から呼び出されて1週間も軟禁されながら『ベルセルク』のストーリーの相談に乗ったそうですね。
森:高校時代からお互いに相談しながら漫画を描いていたので、いつもの感じかなと思って行ったら、話が1週間終わらなかったんですよ(笑)。『ベルセルク』は最初の「黒い剣士」のときはそこまで大人気というわけじゃなかったんだけど、主人公のガッツが過去にグリフィスと出会って、鷹の団の仲間ができた「黄金時代」でグーッと人気が出たんです。
本当は「黄金時代」はもっと話が短かったんですけど、すごい長くなって。だけどその先で“蝕”をやらないといけない、そのためには鷹の団の仲間たちを生贄としてほぼ全滅させるのは決まっているわけですよね。その相談に乗って、そのときの勢いで「最後まで打ち合わせしたい」と言うんで、2人でこの世界の仕組みとか、あやふやだったものをいろいろ設定し直して、最終回まで考えたんです。三浦って「確かアレがいたよな?」「あのキャラクターって、ああだったっけ?」と、僕を記憶倉庫に使うんですよ。それで僕が覚えてないと、三浦怒るんです。僕の漫画じゃないのに(笑)。
──『ベルセルク』メモリアル号(ヤングアニマル2021年18号)の付録冊子に掲載された自伝漫画『モリちゃん ケンちゃん』にも「お互いの脳を共有する」というエピソードが描かれていました。
森:その1週間は毎日3時間くらいしか寝てなかったんじゃないかなぁ。ファミレスに長時間いすぎて追い出されたり、そこの駐車場にいた暴走族と揉めて警察が来たり……いろんなことがあって(笑)。それ以降、新しいアイデアやキャラクターを思いついたりすると、微妙に最終回が変わってくるんです。大きくは変わらないけれども、「こんな感じになる」とそのたびに三浦から話を聞くから、最終回についてはもう何十回も聞いているんです。
──監修の依頼はどんな経緯だったのですか?
森:もともと「続きをどうしようか」という話だったんです。最初、島田さん(※元『ベルセルク』担当編集者)から「森ちゃんは知ってるよね?」と言われて。それで僕がイラスト描いて、最終回までのストーリーを文章にして、みんなに知ってもらう感じにすればいいんじゃないかという話をしていたんです。
でもそれじゃ到底伝わらないよなぁ……と思っていたら、「(第364話を)スタッフが全部描き上げた」というので原稿を見せてもらったら、どこから三浦がいなくなったのかわからないくらいすごかったんです。それを見て、スタジオ我画のみんなにも熱意があるし、完全な形にはならないけれども、最終回までできるんじゃないかと。
──監修の仕事はどんなことをなさっているんでしょうか。
森:打ち合わせで内容を伝えて、スタジオ我画から上がってきたネームと下書きを見て、「こっちからのアングルで見せてくれ」「ガッツはそこにいないで」「こういう姿勢で立たせてくれ」といった三浦の作画の癖や演出のアングルを伝えています。三浦も僕も16歳から、お互いの漫画を説明するのに身振り手振りでやっていたから、おっさんになってもずっと同じ方法でやってたんですよ。ガッツがこう来て、シールケが「ガッツさん!」と言う、そうすると、みたいな感じの打ち合わせがなされていたのでキャラ……というか三浦の動きを覚えているんですよね。僕も『ホーリーランド』を描くときに「三浦、そこに立って!」みたいなことやってましたから。なんかね、やってみる方がお互いいいんですよ、恥ずかしい話ですけど(笑)。
それで下書きまで(スタジオ我画と)やり取りしたら、そこから先はお任せしています。作画はね、僕が口出しすることはないし、仕上げを実際に三浦と一緒にやっていたスタッフですから。その弟子たちが三浦に近づこうとしてすごい頑張って、毎回なんとか『ベルセルク』にしていると思います。だから僕が描いてる気持ちはまったくないんです。三浦が言ったことを思い出して、我画の人たちに伝えるだけ。『ベルセルク』は三浦が考えたお話で、三浦のものなので、僕が何か脚色することも、盛り込むこともないです。僕がやれるのは、三浦が最終回に描きたかったのはこういう物語だったんです、ということをお伝えするのみですね。
──連載再開時に「やらないと三浦に何言われるかわからん!」とお話しされていましたよね。
森:30代半ばくらいに年間何十日も徹夜するようなすごい忙しいときがあって、僕も病院送りになったりして。だから冗談でね、お互いに「何かあったら続きはよろしくな」みたいなことを言ってたもんですから……まさかそんなことになるとは思わなかったんですけど、やらないと「お前がいて、なんなんだ!」って三浦、相当怒ると思うんですよ。最終回を皆さんにお伝えするの、すごく楽しみにしていたから。
──そもそも三浦先生の絶筆がものすごいところで終わっていましたよね。満月になるとガッツたちのところへやって来て、キャスカに抱かれて眠る謎の少年がグリフィスであることが明かされ、グリフィスのアップで物語が途切れました。
森:ものすごいところで終わってます。もう本当に……最悪ですよ。三浦、何やってんだって思いましたね(苦笑)。そうそう三浦ってグリフィス描くの苦手だから、グリフィスが出てくるたんびに「グリフィスが出てくる!」って言うんだよね。
──グリフィスを描くの、苦手だったのですか。
森:グリフィスって人間を超えた存在なんで、超常の者として描かないといけないからプレッシャーがある、って言ってました。鷹の団にいたときのグリフィスとは違って、ゴッドハンドになったグリフィスは神様に近い状態のキャラクターなんで、見た目もそうじゃないといけないし、神々しさやカリスマ性もないといけない。そこにプレッシャーを感じているところがありましたね。三浦とも「人間を超えた存在とは何か?」ということについてはたくさん話をしましたし、「幻造世界(ファンタジア)篇」の最後にグリフィスが出てきて、その後本格的に最終章に入るんだということもだいぶ話してましたから。
──『ベルセルク』は今後どうなっていくんでしょうか?
森:生前のインタビューで三浦も話していましたけど、今後は最終章に入ります。最後に三浦がどういう物語を描こうとしているのか、ぜひ楽しみにしていてください。
『スター・ウォーズ』で叱られた最後の会話
──三浦先生とは高校生のときに出会って、それからずっとご友人ですが、印象は変わりませんか?
森:そうですね、三浦は変わらない、最初からおっさんみたいな感じで(笑)。自分はちょっとヤンチャだったんで、結婚(※森先生の妻は漫画家のあっきぅ先生)する辺りからだいぶ変わったって三浦に言われてました。
──『ベルセルク』に携わるようになって、改めて三浦先生の凄さについてどう感じてらっしゃいますか?
森:それはもう本当にいつも感じますよね。僕は十代から三浦の天才ぶりをずっと見続けてましたし、「これは世界に通用する」と思ってました。だから『ベルセルク』のストーリーを聞いているときも「ここがこういう仕掛けで繋がっているんだ!」と驚きました。あまりにも凄い画力、構成力、ストーリー、情熱……三浦はすべて飛び抜けた人間です、本当に。
──三浦先生は突然亡くなってしまいましたが、最後はどんなお話をなさったんでしょう?
森:「森ちゃん、なんで『マンダロリアン』観てないんだ! 1年も放置しやがって。話せねぇだろ! いい加減にしろよ!」という電話が最後でした。他の取材で「三浦先生から託されたことはありますか?」みたいなことを聞かれましたけど、いやいやいや、全然そんなのないですよ。亡くなると思ってなかったわけだから。普通に「スター・ウォーズ」シリーズのドラマ『マンダロリアン』を見てないの怒られたんですよ。でも僕は機械オンチだから、iPadで見るためにはどうしたらいいかわからないと言ったら「じゃあ俺が森ちゃんのところ行って設定するよ! 締切終わったら行くから!」と。それが最後でした。
──以前お話を伺ったときも、高校時代に一緒に新宿へ映画を観に行ったら、突然『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』(※当時のタイトル。現在は『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』に変更されている)の予告が始まって、三浦先生がザワつく客席に「静かにしてくれよ!」と怒った、というお話をされていましたけど、関係性は変わってないんですね。
森:全然変わらない(笑)。映画って予告が流れているときって、まだザワついているじゃないですか。そこに突然「スター・ウォーズ」ですからね。三浦が怒ることってほとんどないし、あんなに怒ったのってあのときくらいですよ。しかも知らない人たちにキレるってよっぽどだなって。
でも三浦、予告を見て超満足してましたよ。で、予告を見た後は2人でずっと「こうなるんじゃないか」って「スター・ウォーズ」の話をしました。でも本当に三浦はアホだな、と思いますよ。その後の『オビ=ワン・ケノービ』も見てないし、今度は『アソーカ』も始まりますからね。僕は誰と「スター・ウォーズ」の話をしたらいいんだよ、って。ただね、三浦はめちゃくちゃ温厚なんですけど、僕にはよく怒るんですよ! なんか厳しいんだよな~……まあ兄弟みたいなもんだから、好きなこと言い合ってましたね。
──ところで以前から気になっていたんですが……森先生は三浦先生のお名前を、人名や三浦半島などの「みうら」のイントネーションではなく、車の「ランボルギーニ・ミウラ」の方のイントネーションで呼びますよね?
森:えっ、それは……わからない、全然気にしてなかった! 16歳からずっとこうだったから……なんでだろう? (しばし考える森先生)……あ、そうそう、あいつすっごく足が速かったんですよ、弾丸みたいで。僕はスポーツ得意だったんだけど、走るのは同じタイムだったの。三浦は腕力もあって、馬力もあったから「ランボみたいだな」って言ってて、それが入ってるのかな。三浦もミウラ好きだったよ。僕らはスーパーカー世代だからね、たぶんそこから来てるんだろうなぁ(笑)。
→森恒二先生インタビュー〈後編〉では、現在連載中の『創世のタイガ』『D.ダイバー』について、そして三浦先生との思い出もたっぷり語っていただきます。
【プロフィール】
もり・こうじ 1966年東京都生まれ。日本大学藝術学部美術学科卒。広告業界でイラストレーターとして活躍後、2000年『ホーリーランド』の連載を開始、テレビドラマ化されるなど人気を集める。その後『自殺島』『デストロイ アンド レボリューション』『無法島』を執筆。現在は『創世のタイガ』『D.ダイバー』の連載と『ベルセルク』の監修を務めている。