デビュー54年! 少女漫画を革新した山岸凉子の新作短編漫画集を30年以上前の作品から読み解くと見えてくるもの

マンガ

更新日:2023/10/12

艮
』(山岸凉子/講談社)

 日本の少女漫画界において、山岸凉子が果たした功績は非常に大きい。聖徳太子と彼の周囲を新しい解釈で描き切った長編漫画『日出処の天子』(白泉社)、20代までの女性の主人公が当たり前だった時代に、30代のヒロインを登場させ毒親漫画の金字塔にもなった『天人唐草』(小学館)、壮絶なバレリーナの世界を描き切った『舞姫 テレプシコーラ』(メディアファクトリー)……。神話や歴史、社会問題、実際の事件を山岸凉子ならではの解釈で漫画に落とし込む技術や、その知識と物語のクオリティの高さにいつもうならされる。短編漫画ではホラーの名手としても知られているが、実はあたたかい後味の作品も数多く発表している。

 近年は、まだすべてではないが、山岸の代表作が続々と電子コミックでも読めるようになった。90年代に初めて山岸作品に触れた私は、単行本化された山岸作品はほぼすべて読んでいる。ベテラン作家としては珍しく、1980年発表の『日出処の天子』あたりから画風があまり変わっていないので、初めて山岸作品に触れる読者も、どの漫画から読み始めても違和感を抱くことは少ないだろう。

 さて、上記を前提として新刊の短編漫画集『』(山岸凉子/講談社)について論じたい。

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 本書に収録されているのは短編4作だ。まずは夫と子供のいる会社員、脱獄した囚人、霊能力者の女性を軸に、どんどんと予想のつかない方向に物語が展開していく表題作「艮」(うしとら)から始まる。ほかの3作は看護師が取材を受ける形式で展開し、山岸凉子の死生観もうかがえる「死神」、若い女性が摩訶不思議な世界に放り込まれる「時計草」、「世界でもっとも高価な本」から作者が着想した、中世フランスの謎めいた物語「ドラゴンメイド」と続く。

「死神」と「時計草」は、山岸凉子の価値観や考え方がフィクション漫画を通して伝わってくるという点で貴重な内容だ。

 ただ「死神」は作品の内容を読めば作者の考え方がつかみとれるが、「時計草」に関しては、突如主人公が登場して、彼女の背景がわからないまま物語が進み、最後に彼女がいる場所とどうしてそこにいるのかが明かされるので、複雑だと感じる読者もいるかもしれない。解明するためには山岸凉子が1992年に発表した「朱雀門」(秋田書店)が参考になる。

「朱雀門」は、主人公の高校生・千夏が読む芥川龍之介の「六の宮の姫君」と並行して物語が進む。芥川の小説の中で、六の宮の姫君は悲劇的な運命をたどる。千夏はそれを哀れに思うのだが、千夏の叔母はこのヒロインの主体性のなさを指摘する。

 叔母は言う。

「生」を生きない者は「死」をも死ねない

 時代のせいとはいえ、六の宮の姫君は襲ってくる運命を甘んじて受けるだけ、一度も自分から努力をしていないということだ。

 一方、「時計草」は主人公が作中で「(あなたは人生で)誰も愛さなかった」と指摘される場面がある。「朱雀門」の言葉に置き換えると“「生」を生きない者”だったせいで、自分の望まない場所に行かされたのではないだろうか。これはあくまでも私の意見だが、山岸凉子の漫画は複数の作品を読むことで、作者が伝えたいことや作者の考え方がはっきりと見えてくるのだ。

 山岸凉子は1970年代から1990年代にかけて名作漫画をどんどんと世に送った。続く21世紀では、名作漫画を振り返りたくなるような漫画や、照らし合わせて読むことでより深く理解できる漫画が増えたように思う。本作をきっかけに、彼女の漫画をたどっていってほしい。それぞれの作品で謎が芽生えたなら、ほかの山岸凉子作品を読むことによってその謎が解明されることもあるはずだ。

文=若林理央

※参考文献:
朱雀門(現在は『二日月』(山岸凉子スペシャルセレクション)/山岸凉子/潮出版社に収録)
六の宮の姫君(現在は『芥川龍之介全集〈5〉』/芥川龍之介/筑摩書房に収録)