同級生の絵の才能が羨ましい中学生男子。しかし、その同級生の反応は意外なものだった/美術の進路相談①
公開日:2023/9/23
イトウ先生、美術を続けるにはどうしたら良いですか?
「絵を描くことが、仕事になったらいいのにな」
美術の先生をやっていると、ノートの余白に落書きしながら、そんなふうに呟く子どもたちに出会います。大好きな絵を描いて売ってみたい。自分の得意なことを仕事にしたい。そして誰かに喜んでほしい……。
そのためには、どんな進路に進んだらよいのでしょう。
ぼくは現在、大学の先生として、10〜20代の学生さんたちに美術を教えています。少し前は、田んぼと山の中にぽつんと立つ、小さな中学校の先生でした。どこかのんびりとした風が吹く美術室で、今も昔も、若々しい才能に囲まれ、彼らの進路相談に向き合っています。
ところで、美術の進路相談とはなかなか難しいものです。「美術がお仕事になる」なんて、具体的なイメージがわきません。親御さんや先生たちにとっても、これはやはり難問です。
「美大に行けばなんとかなるさ」なんて気軽な回答ができないのは、少し調べるとわかる「学費と浪人率の高さ」ゆえ。美大というハードルがいかに高くそびえ立つかを思い知るからです。
「やっぱり美術を仕事にする人は、富と才能と情熱をあわせもつ、ほんの一握り。ましてや自分の好きな絵を描いてお金をもらうなんて……」憧れの人を遠巻きに眺めるような、子どもたちと美術との距離感は、「大人になったら絵を描かなくなる」というふわりとした諦めにつながっていると感じます。
一方、中学校を境に絵を描くことが嫌いになり、ぴたりと美術の世界から距離を置く子たちもいました。美術が必修科目なのは中学3年生まで(現在、高校の「芸術」は選択科目)。その後は絵筆を持つ機会を得ないまま、社会人になり、タッチパネルとキーボード、言葉を主とした対話の世界へ入っていきます。つまり美術が好きでもそうでなくても、「私と美術の関係」が一つの終わりを迎えるのは、たいてい15歳前後といえます。
だけどぼくは、美術の先生になって気がつきました。美術のお仕事は思った以上に多岐にわたり、中学校までに習うことが、実はさまざまな場面で役立っている、と。そして大人になってから、美術はますます楽しくなる、と。
そこで、この本の中では一見謎めいている美術のお仕事について、整理し取り上げてみることにしました。中には「あれっ、そんなルートをたどるの?」「それも美術のお仕事なの?」というものもあります。美大生向けの専門的な進路相談ではなく、13〜14歳頃から広く気軽にお読みいただけるように作りました。自身のキャラクターや可能性にまだ気がつきようもない中高生、もう一度絵を描きたいと思っている大人の方々にとって、「そんな美術へのかかわり方も良いかもしれない」と新たな発見につながるよう心がけました。
ちなみにこの本では、「美術」を主に「絵を描くこと」と捉えています(これはあまりにも限定的で、多くの専門家の方々から非難があろうことを承知しています)。そもそも「美術」という学問は、とても広い森のようなものです。そして非常に複雑で深い意味や枠組みをもっているので、その全体像を見渡すのはなかなかの業です。
そこで、今回は「美術の世界に住む人々」という切り口から、なるべくシンプルな地図を作ってみました。手軽なバックパックを背負って、美術の世界のあちこちをのぞいてみることにしましょう。また、地図の上を歩いてみると、たびたび美術の隠れたチカラに出くわし、筆者自身が驚くこともありました。
「私と美術のこれからの関係」に悩む中高生の皆様に、そしてそんなお子様の悩みに寄り添う保護者の皆様に、お手に取っていただけたら幸いです。なにより本を閉じたとき、「なぁんだ、私も美術の世界の住人だったんだ」という発見につながれば、筆者にとって心からの喜びです。
<第2回に続く>