死者が遺した「七不思議」の謎に小学生が挑む! 『屍人荘の殺人』今村昌弘が贈るオカルト×ミステリー×ジュブナイル
公開日:2023/9/21
提示された謎は、論理的に解き明かせるのか、それとも心霊現象や怪異などの超自然的要素を含んでいるのか。本格ミステリーとオカルトの境界線上を行き来し、読者の価値観を揺さぶる推理小説は少なくない。だが、『でぃすぺる』(今村昌弘/文藝春秋)は、読者の予想をさらに大きく裏切ってくる作品だ。本格ミステリーとオカルトを高水準で融合させつつ、ついジャンル分けしたくなる読者の心理を手玉に取り、とんでもない場所へと連れ去っていく。すべてがわかった時には唖然呆然。なお、今村昌弘氏と言えば、『屍人荘の殺人』(東京創元社)をはじめとする「剣崎比留子」シリーズで知られるが、本書はシリーズ外で初の単行本となっている。
山の裾野に広がる「奥郷町」に暮らすユースケは、小学校最後の夏休みを終えたばかり。2学期最初の日、彼はクラスの係を決める会で「掲示係」に立候補する。というのも、ユースケは都市伝説や心霊現象といったオカルトネタが大好き。壁新聞を作る掲示係なら、思う存分怖い話を書けると考えたからだ。だが、学級委員長を務めると思われていたサツキも、なぜか掲示係に立候補。さらに、4月からこの学校に通い始めたミナも掲示係に加わることになる。
優等生のサツキが掲示係を選んだ理由は、去年亡くなった従姉のマリ姉にあった。彼女は、1年前、祭りの前日にグラウンドの真ん中で死亡。現場に凶器はなく、遺体の周囲にはうっすら雪が積もっていた。犯人が今も捕まらない中、サツキはマリ姉の遺品のパソコンの中に「奥郷町の七不思議」のファイルを見つける。どこにでもある怪談話のようでいて、どれも微妙に変更が加えられ、しかも「七不思議」と言いつつ怪談は6つしかない。サツキは七不思議の謎、ひいてはマリ姉の死の真相を解き明かそうと、ユースケたちに持ち掛ける。
かくして、掲示係の3人は七不思議の調査を始めることになる。「Sトンネルの同乗者」「永遠の命研究所」「三笹峠の首あり地蔵」など、マリ姉が残した怪談について現場の調査や聞き込みを行い、ユースケはオカルト好きとして、サツキはオカルト否定派の視点から記事を書く。そんなふたりの推理について、客観的にジャッジを下すのがミナだ。この別々の視点を設けたことが、謎解きに奥行きを与えている。ユースケは時に荒唐無稽な推理を開陳するが、それでも彼が目にし、体感したことはオカルト要素抜きでは説明できない。読者自身もふたりの推理を聞き、「これはオカルト要素を含んだ怪異なのか」「オカルトだと思っている現象も、すべて論理的に解決できるか」と頭を悩ませることになる。
謎に立ち向かうのが小学生だという設定も面白い。交通の便が悪いトンネルやダムを調査するには、大人の力を借りねばならない。居酒屋や喫茶店で聞き込みをするにも、小学生だけで店に入るのははばかられる。夜の外出もままならず、何をするにも大人からは「子どもだから」と軽んじられる。幼さゆえの制約を、知恵と勇気で乗り越える姿が頼もしい。
さらに、ずっと一緒に遊んでいた友達に取り残される焦り、みんなに認められたいと思う承認欲求、親が敷いたレールに乗ることへの抵抗、急速に成長する女子に抱く眩しさなど、子どもと大人の狭間で揺れ動く心も描かれていく。思春期の始まりを捉えたジュブナイル小説としても読みごたえがある。
少年少女が活躍する小説ではあるが、七不思議の調査を進めるうちにどんどん死者は増え、まったくもって容赦がない。ひとつひとつの怪談の完成度も高く、「え、こんなに惜しみなく謎を入れちゃっていいんですか」とたじろぐほどの贅沢さ。章が進むにつれて物語のスケールも広がり、最終的には思いがけないところへと着地する。詳しくは言えないが『屍人荘の殺人』同様、ネタバレを食らわないうちに今すぐ読むことをぜひおすすめしたい。今村昌弘氏の新たな代表作と言える、愛おしくも奇想天外な推理活劇が待っている。
文=野本由起