亡き父との確執に苦しむ少年が、本を通して出会った人々から受け取った思いとは。古書店を舞台に描かれる、“本”が人をつなぐ物語『めくり、めぐる』
公開日:2023/9/30
親子なら、わかり合える。それは、あまりにきれい過ぎる幻想だ。親子だからこそ、わかり合えない。親子だからこそ、すれ違う。そういうことは、さして珍しくもない。コミプレで配信中の、中陸なか氏によるコミック作品『めくり、めぐる』(中陸なか/ヒーローズ)に登場する主人公・樹(たつる)も、亡き父に対して修復不可能と思われる確執を抱いていた。
物語は、樹の父・柊平の3回忌を行う場面からはじまる。雨が降りしきる寺の庭先で、ふてくされた表情で立ち尽くす樹。彼は、父の死に顔を目の当たりにした2年前、自分の中に湧き起こった心情を想起していた。
父の死の直前、樹は父と激しい喧嘩をした。話し合う機会を持てぬまま父が逝ってしまったことで、樹はわだかまりを引きずり続けていた。整理できない感情は、相手に対する怒りや憎しみを連れてくる。その衝動のままに、樹は父の法要の場から逃げ出した。逃げ帰った樹は、父がかつて営んでいた古本屋でしばし佇む。すると、そこに一人の来客が訪れた。来客者の名は、土屋奎。彼は、樹の父をよく知る人物で、柊平の店である「古書佳日」に来るために家出をしてきたとのちに語る。
その後、樹は法事に参加しなかったことを母から叱責され、父の店に残る本の仕分けを命じられる。渋々ながら本の仕分けをはじめるも、もともと本に詳しくない樹は、ジャンルごとの分類の難解さに頭を抱えてしまう。だが、そこに再度現れた土屋が本の仕分けに詳しいことを知り、彼に仕分け作業を手伝ってくれるよう頼み込む。こうして二人の古本整理がはじまるわけだが、その過程において、二人は何度も衝突する。その最大の理由が、樹の中に残る父へのわだかまりであった。
樹と父の喧嘩の理由は、樹がサッカークラブのチームメイトと喧嘩をしたことに端を発する。喧嘩の理由を尋ねる父に対し、樹は応えることを渋った。そんな息子に、柊平は一冊の本を手渡そうとする。口下手な柊平は、伝えたい思いを本の中から汲み取ってほしかったのだろう。しかし、樹はそんな父の態度に苛立ちを爆発させる。
樹は、父に聞いてほしい話がたくさんあったに違いない。だが、柊平は仕事に没頭するあまり、目線はいつも“本”にばかり向いていた。正面から顔を見て話しかけてほしい、向き合ってほしいと願う樹の感情は、至極当然のもののように思う。一方、柊平は柊平なりのやり方で息子のことを思っていた。互いの思いが伝わらず、すれ違ったまま相手が死んでしまった場合、遺された側は気持ちの行き場を失う。それは、途方もない痛みだろう。
土屋は、柊平と同じ病院に入院していた過去を持つ。そのため、柊平から息子である樹の話をいつも聞かされており、その声や話しぶりから息子への愛情をひしひしと感じていた。だが、樹は自分に対する父の愛情を信じられず、父の思いに向き合うことから逃げてきた。そんな二人が出会えたことで、頑なに壁を作っていた樹の心境に変化が起こる。その最大のきっかけとなったのは、柊平が息子に手渡そうとしていた本の存在と、彼が残したメモ書きであった。
父の本当の思いに触れた樹は、土屋と共に柊平が残した書店リストを回り、柊平の話を訊きにいくことを決意する。しかし、学生の二人は書店回りに必要な交通費を持ち合わせていなかった。そのため、父の死後は閉店していた「古書佳日」を独断で開店する。本の売上を交通費に充てようと目論んだものの、客は一向に訪れない。二人が諦めかけた頃、重そうなダンボールを抱えた年配の女性が店のドアを叩いた。その女性が持ち込んだ本は、樹と土屋に新たな縁を運ぶ。
本が人をつなぎ、人の成長を促す。その様相はもちろんのこと、物語の舞台が古書店であること、作中に名著が登場する点も含めて、本好きにはたまらない一冊であろう。また、絡まった親子の糸を第三者がほどいていく様に、温かな希望を見た。世の中すべての親子がわかり合えるとは言えない。だが、時を経て伝わる思いもある。本を糸としてつないでいく思いの行き先が、本書で描かれる世界のように温かいものであったなら、世界は今よりも優しい形を成していけるだろう。
文=碧月はる