人を罰し、正義を振りかざすときの快感は、麻薬中毒者と酷似? 「悪意のある行動」を科学的に分析してわかったこと

文芸・カルチャー

更新日:2023/10/30

悪意の科学
悪意の科学: 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』(サイモン・マッカーシー=ジョーンズ:著、プレシ南日子:翻訳/インターシフト)

 人は生きていく限り、いろいろな悪意にさらされる。もしかしたら、人生をサバイブするために、自分自身が悪意を放っていることがあるかもしれない。

悪意の科学: 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』(サイモン・マッカーシー=ジョーンズ:著、プレシ南日子:翻訳/インターシフト)は「悪意」を科学する本。科学的な分析も交えながら、「悪意はなぜ失われずに進化してきたか?」「なぜ自分に危害が及んでも意地悪をするのか?」「悪意にはどのような効用・利点があるか?」「悪意をコントロールするには?」などのトピックを語っている。

 本書は、アメリカの心理学者デヴィッド・マーカスの言葉を借りて、悪意の定義を次のように紹介している。

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「悪意のある行動とは、他者を傷付け害を与え、かつその過程で自分にも害が及ぶ行動」

 つまり、他者を傷付けることで必然的に自分も害を被ることなのだ。コストと利益という観点から考えると不釣り合いに見える場合が多い。

 本書は、悪意のある行動の具体例をいくつか挙げている。

・後ろに並んでいる人を待たせるためだけに、わざとゆっくり会計をする。
・パートナーに腹が立ったら、自分も空腹になるのを覚悟の上で夕食を焦がす。
・隣人を不快にさせるためなら、自分の庭に何か醜いものを置く。
・後ろの車が車間距離を詰めてきたら、たとえ危険を冒してでも相手を怖がらせるためだけにブレーキを踏む。
・特定の候補者を落選させるためなら、たとえ対立候補が好きではなく、自分や国に不利益をもたらすと思われても対立候補に投票する。

 なぜ人は、自分に利益がない、あるいは少ないとわかっている場合でも、悪意のある行動を取るのだろうか。

 本書の中で特に興味を引かれたのは、2つのトピックだ。

 一つめのトピックは、悪意をもちやすい人の特性について。本書によると、悪意は一部の人に集中しているらしく、ある研究によればDファクター(ダークファクター)という負の特性をもっているという。こうした人はサイコパシー(精神病質)、ナルシシズム(自己愛傾向)、マキャヴェリズム(権謀術数主義)の3つを有する「ダークトライアド(3つのネガティブな性格特性)」があり、自分の行動を正当化するようなストーリーをつくり上げ、「自分は他者より優れている」「支配は当然のことであり、望ましい」「誰でも自分のことを最優先しているのだから、自分もそうしてかまわない」などと考えるそうだ。自分の周囲で悪意を放ちやすい人が思い浮かぶなら、その人はこういった特性や考えをもっている可能性がある。

 2つめのトピックは、誰にでも当てはまる「人は正義中毒になりやすい」という事実。人は不公平さを罰したり、正義を守ったりするときに気分が高まりやすいもの。しかし、スイスの神経学者の研究結果によると、こういったときの脳の活動は、コカインを摂取できると期待している麻薬中毒患者のそれと類似していたそうだ。インターネット上で正義のコメントを連ねたり、SNSで誰かの言動をさらして糾弾したりするとき、本書によると「正義の喜びを期待して、快感を得ている」という。

 この研究では、さらに脳の活動を分析している。すると、コストのかかる罰を与えるか考えているとき、脳の特定の部分が活発に活動した。それは、怒りという感情と繋がっているという。この結果を確認するために、実験では化学的に薬を投与する、脳に電流を通して怒りをコントロールする脳の部位を刺激して活発化させる、すこし時間をおくなどして怒りを減らす方法をとったところ、その直後の「悪意のある行動」が低減したという。

 本書は、巻末でインターネットとネットユーザー、そして彼らの悪意のある書き込みについて語っている。人間は正義を振りかざしたり、報復のために罰を与えたりしようとするとき、自分自身がどんな内容をどういう理由で投稿しているかを見失いがちである。そのため、すべてのネットユーザーが悪意のメカニズムを理解して自分を客観的に見たり、問題のある悪意を制限できる構造をつくったりする必要がある、と述べている。

文=ルートつつみ
@root223