「正直、声優になって後悔している」声優・悠木碧が初エッセイで「好き」を仕事にすることの尊さとリスクを語る
PR 公開日:2023/10/4
『まどかマギカ』の主人公・鹿目まどか役、『ソードアート・オンラインII』のユウキ役など、他の追随を許さない個性溢れる演技力で、多くのアニメファンの心を鷲掴みにしている声優・悠木碧。
自身の半生について語る初のエッセイ集『悠木碧のつくりかた』(中央公論新社)では、幼少期から声優業界の一線に立つ現在までを振り返る〈お仕事篇〉、オフの日の過ごし方などを記した〈推しごと篇〉の2パートで、彼女のこれまでと現在、そしてこれからの展望が綴られている。巻末には声優業界の同期である寿美菜子、早見沙織との鼎談も。
じっくり自分に向き合って紡がれた彼女自身の言葉から、その半生をリアルに知ることができる。
推しのために家族で大喧嘩、そして大学へ
アニメ・ゲーム業界への憧れから声優になる人が多い中、彼女も例に漏れず、子どもの頃から2次元作品が好きだったという。
プリントの裏に推しのイラストを描いたり、好きな漫画の新刊が発売される日は学校帰りにアニメイトに寄ったりと、典型的なオタクの日常を謳歌していたのは高校生の頃。プロの声優として活動する一方で、一人の声優ファンとしてワイワイキャッキャとした学生生活を過ごしていたとか。
当時最もハマっていたのは『ガンダム00』のメインキャラクター“ロックオン・ストラトス”。興味深いのは、このキャラのことで、仲良しの両親と大喧嘩をしたというエピソードである。
ロックオンが死んでしまうかもしれない第1期23話。この回を絶対にリアルタイム視聴したかったのに、当日は両親と出かけることに……。いつまでもハラハラしている彼女を、両親は「アニメのキャラのことで現実を疎かにするな」と怒るのだが、彼女は「たとえ現実でなくとも、平和のために戦っている人の命を軽く見られるのは耐えられない」と反抗。
ところが、この出来事によって母親は『ガンダム00』を鑑賞することになり、我が子がこの作品をきっかけに国際情勢や政治に興味を持ったことを知って、“推しの死”の重みを理解したという。この頃から、様々なニュースについて議論する習慣が家族の中に根付いたのだとか。
「ロックオンへの想いにケジメを付ける」ために大学に進学したという話からも、彼女がアニメとは切り離せない青春時代を送ってきたことがわかる。30代を迎えた今では、「若かったこともあり、だいぶ過激」「今を生き切らなきゃみたいな気持ちで、焦って走っていた」と当時の自分のことを懐かしく感じているようだ。
幼少時に身につけた「人間観察」が強みに
人気作に多数出演する彼女を見て、「自分も声優になりたい!」と憧れるファンも多いだろう。「声優になりたい人の役に立ちたい」という思いもあって、今回のエッセイを書き下ろしたという。本書では「声優になった時に役立った自分の強み」や「声優に向いている人」についても語っている。
子役出身で、声の芝居の基礎はほぼなかったと語る彼女だが、声優業界に入ってから強みになったのは「人間観察」のスキルだった。子役時代のマネージャーから教えられて実践してきたことを生かし、憧れの先輩の背中を間近で見ながら現場で学ばせてもらったのは、何より贅沢な体験だったという。
また、「声優に向いている」と思う人の気質に、毎日違う仕事ができること、自己肯定感を保てること、そして自己プロデュース力を持っていることの3つを挙げている。とりわけ、自己プロデュース力は、俳優と違ってマネージャーがベタ付きすることがない声優には必須と言えるスキル。彼女自身は声優業における自己プロデュースを楽しんでいるようで、失敗もあるけれど、自分を使って大実験をしているようなスリルを日々楽しんでいるのだそう。
「好き」を仕事にすることの尊さとリスクとは
「好き」を仕事にするのは尊い。一方で好きなことが「義務」になってしまうリスクもある、と本書では語られている。意外にも彼女は、アニメ好きから声優という職業に就いたことに対して、「本音を言えば、三分の一ほどは後悔している」ようだ。ただ、この仕事が好きなのと同時に、得意でもあることから、今でも辞めようとは思っていないのだと語る。
世間では“好きこそものの上手なれ”とよく言うが、彼女の話によれば、「好き」を仕事にするのは良いことばかりでもないようだ。しかし、希望を捨てないでほしい、というアドバイスも本書にしっかりと語られている。
また、声優業界の同期、寿美菜子と早見沙織との鼎談では、悠木と同じように、寿と早見がこの業界で生き残れている理由や声優に必要なスキルについて触れている。彼女たちのようなカリスマ声優を目指す人は、読んでおくことを強くおすすめしたい貴重な内容だ。
中身は誰とも違って誰とも同じ人間。たまたま職業がちょっと珍しいだけ。
そんなふうに語られる彼女の日常は、風変わりであるように思えるし、私たちと変わらないようにも思える。一字一句、ありのままに綴られたその半生がどのようなものか、ぜひ手に取って確認してみてほしい。
文=吉田あき