定時制高校から学会で発表を! 事情も年代もさまざまな学生たちが持つ熱い気持ちに、あの頃持っていたワクワク感を思い出す
公開日:2023/10/20
「もっと知りたい!」「試してみたい!」「作ってみたい!」……そんな純粋な好奇心にかられて何かに夢中になった体験、あなたにも覚えがないだろうか。「学生の頃ならあったなぁ」と、そんな気分からちょっとご無沙汰という人は、もしかしたらこの作品がかつてのワクワクを思い出させてくれるかもしれない。直木賞候補作にもなった『八月の銀の雪』(新潮社)や新田次郎文学賞ほか多数を受賞した『月まで三キロ』(新潮社)などで知られる伊与原新氏の新刊『宙わたる教室』(文藝春秋)は、「好奇心」というものが人を変えていくことを、温かく、みずみずしく描き出した青春科学小説だ。
舞台は、さまざまな事情を抱えた生徒たちが通う東京・新宿にある都立東新宿高校定時制。大学で研究を続けながら定時制の理科教員として働く藤竹は、定時制の学生たちによる「科学部」を立ち上げようと、年齢も個性もまるで違う生徒たち――読み書きに難を抱えるディスレクシアのために落ちこぼれていた21歳の岳人。子ども時代に学校に通えなかったフィリピン人と日本人のハーフである40代のアンジェラ。起立性調節障害で不登校になり、中学卒業後の進路に定時制を選んだ佳純。中学を出てすぐ東京で集団就職し、自分で工場を持つまでに至った70代の長嶺――それぞれの「好奇心」を刺激し、科学部へと誘っていく。「もう一度学校に通いたい」という強い思いと「あきらめ」の間で揺れていた彼らは、藤竹が蒔いた好奇心の種に刺激されて科学部を結成。さらには学会で発表することを目標に「火星のクレーター」を再現すべく実験に夢中になっていく。
「定時制」と「学会」の組み合わせに違和感を持ち「フィクションだからな」と思う人もいるかもしれない。だが実はこの物語、大阪の定時制高校科学部の生徒たちが面白い研究成果をあげ学会で発表し、高い評価を受けた実話にヒントを得て生まれたものだ。ちなみにその研究はJAXAによる「はやぶさ2」の実験にも貢献したというから驚きだ。物語自体は完全なフィクションだが、地球惑星科学の元研究者である伊与原氏だけに、前述の定時制高校科学部の実験システムなどを参考にした「教室に火星を作り出す」実験はリアルで単純にワクワク感が満載。さらにはいろいろな事情を抱えた学生たちの好奇心に「ぽっ」と小さな火がつく瞬間は「いいぞ!」と応援したくなるし、諦めないで前に進もうとする姿、「学びたい」「学校に通いたい」という純粋な熱量には胸が熱くなってくる。
「Anyone who stops learning is old, whether at twenty or eighty. Anyone who keeps learning stays young(学ぶのをやめる人は誰もが年寄り。20歳だろうと、80歳だろうと。学び続ける人は誰もが若者であり続ける)」。本書にも登場するこの言葉はアメリカの自動車会社フォードの創業者、ヘンリー・フォードによるものだ。本書に登場する定時制の学生たちはまさにこの言葉の体現者であり、「学ぶ」のは何歳からでもできるし、「学ぶ」ことで人が変わっていくという、シンプルな真理も実感させてくれるはず。温かく晴れやかな読後感も心地よく、読めばなんだか元気になってくる一冊だ。
文=荒井理恵