日本以外が全部海に沈没したパロディ短編。ローマ法王が欲しがった「上野公園」の活用方法が大胆すぎる

文芸・カルチャー

更新日:2023/11/22

日本以外全部沈没 パニック短篇集
日本以外全部沈没 パニック短篇集』(筒井康隆/KADOKAWA)

 日本で1年の間に震度1以上の地震が起こる回数のおおよその平均は2000回とも言われている。1923年9月1日の関東大震災からちょうど100年を迎える2023年。今からちょうど50年前の1973年に『日本沈没』(小松左京/光文社)の上下巻が書き下ろしで発売されたことをご存じだろうか。

 当時、関東大震災から50年という節目の年だったことや、狂乱物価と呼ばれたインフレーションや、オイルショックといった社会不安の高まりなどがあり、「日本人が国を失い、放浪の民になったらどうなるか」というテーマで書かれた本作は、非常に注目された作品だった。

 本記事では、累計490万部以上を達成している『日本沈没』のパロディとして書かれた『日本以外全部沈没 パニック短篇集』(筒井康隆/KADOKAWA)を紹介したい。小松左京氏本人にも許諾を得ているという本書では、タイトル通り、地球規模の地殻変動によって日本以外(チベット高原やキリマンジャロの山頂などを除く)が沈没してしまった世界が描かれている。各国の大物政治家や著名人などが、こぞって日本に入国し、必死に日本語を学び、日本に馴染もうと必死になっている姿に、日本人たちはすっかり舞い上がり、調子に乗ってしまった姿が描かれている。

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 個人的に面白いと思ったポイントを3つ紹介したい。

①日本に逃げ込んできたローマ法王が求めるものとは?

“上野公園をくださるよう、閣僚の誰かにとりなしてください”

 ローマ法王が求めるものとは、上野公園の土地。それを何に使うかというと「バチカン市国」にしたい、とのこと。ちょうど上野公園の広さがバチカン市国くらいだから、だという。これに対して日本人閣僚は「どうも小さな国ほど領土への執着が大きいようだ」と皮肉を言いながら、ローマ法王の願いを退ける。

 一介の日本人閣僚が、まさかローマ法王に頭を下げて日本語でお願いされるとは夢にも思わないだろうし、また、その願いを一笑に付すなんて誰が想像しただろうか。本書では、少しばかり調子に乗ってしまった日本人が多く登場するのだが、環境は人を変えるというリアルさをまざまざと見せつけられるようだった。

②『日本沈没』でも活躍した地球物理学者の田所博士の登場

『日本沈没』のパロディである本書にも、本家で日本沈没を早くから予想し、一貫して主張を続けた田所博士が登場している。2021年のドラマ「日本沈没―希望のひと―」では、香川照之が演じた役だ。

 日本が沈没しようとしている世界線でも、反対に日本以外が沈没してしまった世界線でも同じように地球物理学者として地殻変動に注視していることに、シニカルな笑いがある。しかし、結局最後には日本も……というブラックユーモアな結末にも、田所博士の悲壮さ、「田所博士のいるところに沈没あり」という宿命のようなものが感じられ、読者諸君も「あんまりだ」と同情しないわけにはいかないだろう……。

③海外の政治家、著名人の人物解説ページの意味するところとは

 本書の末尾には、実に50人の登場人物の丁寧な解説がつけられている。毛沢東や蒋介石、ローマ法王やビートルズ、オードリイ・ヘプバーンやショーン・コネリーなど国籍問わず豪華な著名人がずらりである。

 実のところ、筒井康隆の小説の中には、主に固有名詞を記す時に顕著なのだが「わからない人は置いてけぼり、教養のない人が悪い」といったような自由奔放さ、不親切さが時たまある。一般にはあまり知られていないようなことも、周知の事実、知っていて当然といった様子で、すらすら書き連ねるところがあるのだ。

 ただし、本作に限っては25ページにわたって50人の解説をつけてくれているときた。本人が書いたわけではないようだが、この親切心には少し驚いた。逆にいえば、50人もの固有名詞を入れるところに不親切さの根源があるといえばそれまでなのだが……。『日本沈没』のパロディであること、小松左京に許諾を取っていることなどを考えると、あまり自由奔放に書きすぎるのはどうか、とか、少しは一般に広く読まれるようにハードルを下げる必要があるのではないか、なんてことを考えていたのではないかと推測される。

 本書は、表題の「日本以外全部沈没」以外にも、海全体を酒にしてしまう話、通天閣に着陸したUFOから緑色の宇宙人が出てくる話、ノーベル賞を獲った工学博士が計算に計算を重ねてパチンコ必勝の策略を台の前で堂々と披露する話……など、滑稽なスラップスティックが集められている。ただ、一昔前に「荒唐無稽だ」と一笑に付されてきたようなSF話の設定も、時代が変われば現実になることが多いのも面白いところ。心構えをしておいたほうが賢明かもしれない。

文=奥井雄義