地獄のような日々を潤してくれたオールナイトニッポン。『あの夜を覚えてる』ノベライズに込められた深夜ラジオ愛と“忘れられない放送”を語る【小御門優一郎×山本幸久×石井玄インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2023/10/6

小御門優一郎さん、山本幸久さん、石井玄さん

深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」55周年を記念して2022年3月に上演された舞台『あの夜を覚えてる』。ニッポン放送社屋から生配信という前代未聞の形式が話題を呼び、2万3000人以上が視聴した。

今年9月、本公演のノベライズがポプラ社より発売された。本作は舞台から大幅にパートが追加されており、独立したひとつの小説として存分にラジオの魅力を味わうことができる。

本記事は公演の脚本・演出を務めたストーリーレーベル「ノーミーツ」の小御門優一郎さん、ノベライズを手がけた小説家の山本幸久さん、ニッポン放送プロデューサーの石井玄さんへのインタビューをお届けする。ノベライズのお話はもちろん、深夜ラジオの魅力や次回公演「あの夜であえたら」について伺った。

(取材・文=金沢俊吾 撮影=金澤正平)

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――昨年3月に『あの夜を覚えてる』上演から1年半が経ちました。終演後の反響はいかがでしたか?

小御門:何人もの視聴者の方が感想をポッドキャストで熱く語ってくださったり、とにかく公演後の反響が大きくて「ラジオを大好きな人がこんなにいるんだな」と、改めて実感しました。あと、生配信という作品のシステムを褒めてくださる人が多くて。われわれノーミーツがコロナ禍以降やってきた「生配信の演劇」と「生放送のラジオ」というモチーフの相性がよかったのだと、公演後のリアクションを見て思いました。

石井:ニッポン放送社屋から生配信という前例のないことをやるにあたって、社内調整が本当に大変でした。協力してくれた方もたくさんいましたが、公演が終わったあと、協力してくれなかった方も含めて社員全員が「やってよかった!」と言っていたことを、僕はずっと覚えています。

一同:(笑)

石井:でも、ニッポン放送で働く人がラジオのすばらしさを再認識する機会になったという点でも、本当にやってよかったです。それに、社外に「打ち合わせはニッポン放送さんでやりましょう」という方が増えたんです。来社すると「あ、ここ『あの夜』で使ってた部屋ですね!」と喜んでくださったり。ニッポン放送のブランディングにも少しは貢献できたんじゃないかなと思います。

――山本さんは配信を見られて、どういった感想を持たれましたか?

山本:ノベライズを書くにあたって20回は見ているんですが(笑)、みんなでひとつのことを成し遂げようとしている気合が画面から思いっきり伝わってくるじゃないですか。ラストの千葉雄大さんの涙なんか凄まじくて、とにかく熱量がすごくて。この「熱」をどうやって小説に落とし込めばいいかをずっと考えていました。

小御門優一郎さん、山本幸久さん

打ち合わせで「どうやら、この人はラジオが好きみたいだぞ」

――ノベライズが決定した経緯を教えてください。

石井:ポプラ社の編集さんが「あの夜」の熱狂的なファンでいてくれて、熱烈なオファーをいただきまして(笑)。われわれとしては、やっていただけるならぜひお願いしたいという感じだったので、スムーズに話が進みました。

――山本さんはポプラ社から、深夜ラジオ好きの小学生が描かれる『幸福ロケット』を出版されています。今回のノベライズもラジオ好きということで山本さんの執筆が決まったのでしょうか?

山本:ああ、そういえば『幸福ロケット』はそういう作品でしたね。もう忘れていました(笑)。

――あれ、そうなのですか?(笑)

石井:いや、そんな理由じゃなかったんですよ。ノベライズの経験が豊富だということでポプラ社さんから山本さんを推薦していただいて。それで打ち合わせをしてみたら「どうやら、この人はラジオが好きみたいだぞ」って(笑)。

山本:大学生のときにニッポン放送でアルバイトもしていましたからね。実は、中学生の頃からラジオが好きで、大学ではアナウンス研究会に所属していたんですよ。

――なんと。当時は、どんなラジオを聴かれていたのですか?

山本:中学生の頃は「中島みゆきのオールナイトニッポン」が大好きでした。当時は、その後の2部が上柳昌彦さんのオールナイトニッポンでね。あと、世代のわりに僕は「ビートたけしのオールナイトニッポン」は聴いていなくて。なぜかというと裏番組の「ナチチャコ パック」という野沢那智さんと白石冬美さんのを聴いていて。他局の話ですみません…。

石井:いえいえ、本当にラジオがお好きですばらしいです。

――小御門さん、石井さんとの打ち合わせでは、どのようなお話をされたのでしょうか?

山本:小御門さんの書いた原作があったうえで「こんなパートを追加で入れてほしい」というお話をいただきましたね。あと、キャラクターの設定資料集をいただいて。それを深めて過去やバックグラウンドについては、わりと自由に書かせていただきました。

「このパーソナリティの理解者は俺だけだ」

――追加のパートというのは「藤尾涼太のオールナイトニッポン」のリスナーである松坂政司の存在でしょうか? 松坂は勉強ができなくて親とも折り合いが悪く「地獄のような日々を多少なりとも潤してくれたのが深夜のラジオ」だと語る、ラジオファンならドキッとするリアリティのあるキャラクターです。山本さんの経験も反映されているのかなと思ったのですが、いかがでしょうか?

山本:まあそうですね。僕、高校にあがってから勉強が全然できなくなっちゃったんですよ。そんなとき、中島みゆきさんのオールナイトを聴いて、そのあとの上柳昌彦さんを聴くっていう月曜深夜がすごく救いだったんですよ。まるで自分しか聴いていないような、「このパーソナリティの理解者は俺だけだ」っていう感覚が高校生のときはすごく強くて。あの頃の気持ちを思い出しながら書きました。

石井:そういえば、次回公演「あの夜であえたら」キャストの中島歩さんが「ナインティナインのオールナイトニッポン」のヘビーリスナーなんですよ。このあいだ番組のイベントを観に行ったら「ふたりの理解者は自分だけだと思ってたから、お客さんがたくさんいてちょっとショックだった」と言っていて。この発想って、ラジオファン独特のものなんですよね。

石井玄さん

――松坂というキャラクターを、小御門さん、石井さんはどう読まれましたか?

石井:とにかくリアルでしたよね。「いるいる、こういう奴」って思えるぐらい(笑)。公演では、あえてリスナーの存在を描かなかったんですよ。現実世界で配信を観てくれているお客さんがリスナーである、という形にして。小説で同じ表現は難しいので、リスナーを新キャラクターとして入れていただいたのはナイスアイデアだと思いました。

小御門:ラジオリスナーの多くが、松坂の描写を読んで「自分のことだ」と感じたと思うんです。たくさんのリスナーの最大公約数的な存在というか。

石井:役者さんにリスナーを演じてもらうと、どうしても嘘っぽくなっちゃうんですよ。それが小説のモノローグという形だとリアリティが出るので、リスナーという存在を描くのに小説は相性がいいんだと気付きました。

山本:リスナーの多くは、自分から「ラジオが好きだ」って話をそんなにしない気がするんです。「俺が一番の理解者だ」って、口に出さずに内心思っていることなので(笑)。だからセリフにすると、どうしても嘘っぽくなっちゃうかもしれないですね。

男の子の人生に光が当たるのは、女の子に会うこと

――小説のクライマックスでは、松坂が「藤尾涼太のオールナイトニッポン」を聴きながら、自転車でニッポン放送本社に向かう様子が描かれます。公演のラストに匹敵する熱を感じるシーンでした。

石井:続編「あの夜であえたら」ではパーソナリティとリスナーがイベントで会えるので、小説でも藤尾涼太と松坂が会えたらいいなと思ったんです。そのなかで「出待ち」というアイデアが生まれました。

――公式で禁止されている「出待ち」が描かれたのは、ちょっと驚きました。

石井:そうですよね。コロナ禍で完全にNGになってしまってますけど、古きよき文化というか。古くは、ビートたけしさんが出待ちしたリスナーと飲みに行ってたっていう伝説があるぐらいですから。フィクションのなかでは、起こってもいいんじゃないかなと思います。

――松坂がニッポン放送に向かうなかで、同じラジオファンの女性と出会うボーイミーツガールな展開もすごくよかったです。鬱屈としていた松坂の人生に、ラジオを通して光が当たった気がして。

山本:男の子の人生に光が当たるのは、女の子に会うことかなって。

一同:(笑)

山本:ちょっとファンタジーにも見えるかもしれないですけど、でもこれぐらいのことはあってもいいと思うんです。何もかもうまくいくわけじゃないけど、ひとつ光が見えてくるぐらい、あってほしいじゃないですか。

小御門:リスナーを描くにあたって「やっぱりラジオっていいよね」と思い出をなでるだけ、みたいな展開になっちゃったら、それはちょっと物足りなかっただろうなと思うんです。松坂が「あの一夜」を経験することで自分自身を変えていく姿を描いてくれたのは、すごくうれしかったですね。

小御門優一郎さん、山本幸久さん