船、飛行技術、蒸気機関、そしてコンピュータ。交通手段や仕事の効率化のために生まれた発明の歴史/AIは敵か?③

暮らし

公開日:2023/10/11

『AIは敵か?』(Rootport)第3回

AIに仕事を奪われる! 漠然と抱いていた思いは、「ChatGPT」のデビューによって、より現実的な危機感を募らせた人も多いのではないでしょうか。たとえば、バージョンアップしたGPT-4のアドバイスを受ければ、プログラミング経験のないユーザーでも簡単なアプリを作れるほど高い精度を誇ります。では、⽣成AIが登場し、実際に人々の生活はどうなるのか。本連載『AIは敵か?』は、マンガ原作者でありながら、画像生成AIを使って描いた初のコミック『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)を上梓したRootport(ルートポート)氏が、火や印刷技術といった文字通り人間の生活を変えた文明史をたどりながら、人とAIの展望と向き合い方を探ります。

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AIは敵か?

海を渡る発明

 船や⾶⾏機は、③⼈類にはできなかったことをできるようにした発明だと⾔えます。⼈類はもともと⼤洋を横断するほどの遊泳能⼒はありません。また、⼈類は空を⾶ぶこともできません。私たちはイルカでも⿃でもないのです。ところが船や⾶⾏機の発明は、⼈類にできなかったはずのことを、できるようにしました。

 たとえばモアイ像で有名なイースター島は、もっとも近い陸地まで415km離れた絶海の孤島です。ところがポリネシア⼈たちは、(おそらく)⾼度に発達した⼤型カヌーによって、この島への⼊植に成功しました。メラネシア⼈やミクロネシア⼈、ポリネシア⼈の居住地域を地図で⾒ると、その広さにため息を禁じえません。コロンブスが⼤⻄洋を横断する何世紀も前に、彼らはこれだけの偉業を成し遂げたのです。

 優れた船を発明することで活動範囲を広げた⺠族としては、北欧のヴァイキングも象徴的です。彼らは、⻄側はアイスランドやグリーンランドまで⼊植し、さらには北⽶⼤陸にまで到達していた可能性があります。また、彼らの「ロングシップ」は担いで⼭を越えられるほど軽く、また、かなりの浅瀬でも座礁しない喫⽔の浅い船でした。この船は、彼らが東側にも広がることも可能にしました。ユーラシア⼤陸の⼤河をさかのぼることで、内陸部を冒険することができたのです。

 ヴァイキングのうち、⾸領リューリクの率いる「ルーシ」と呼ばれる⼀派は、9世紀には現在のウクライナ・ドエニプル川まで到達しました。彼らはやがて、その地でキエフ公国を建国。10世紀末には最盛期を迎えます。モンゴル(元)の侵⼊によりキエフ公国は崩壊・分裂しますが、その後、交易の要衝であったモスクワ公国が勢⼒を拡⼤。

 これが現代のロシアの礎となります。ロシアという国名は、遠い祖先の「ルーシ」が由来です。

空を駆ける発明

 空を⾶ぶことに思いを馳せると、なぜ⼈類はもっと早く⾶ばなかったのだろう? という疑問が浮かびます。

 モンゴルフィエ兄弟が熱気球の公開実験で有⼈⾶⾏に成功したのは、1783年です。ところが凧は、紀元前には発明されていました。また、ディズニー映画『塔の上のラプンツェル』にも登場した“天灯”も、モンゴルフィエ兄弟よりもずっと以前に発明されていた可能性があります。それらを⼤型化するだけで、⼈間を乗せることができます。⼈権意識の存在しない時代なら、奴隷や捕虜を乗せて⾶ばせたはずなのに――。

 おそらく、単純には⼤型化できない何かしらの技術的制約があったのでしょう。

 ⼈類の⾶⾏が可能になったことで、真っ先に変わったのは戦場です。熱気球が発明されて間もなく、それは砲弾の着弾地点の観測に⽤いられるようになりました。さらに⾶⾏船が発明されると、敵国の偵察や⻑距離爆撃も可能になりました。しかし⾶⾏船が空を⽀配する時代は⻑くは続かず、固定翼機の登場により駆逐されていきました。

 私たち⼀般庶⺠の⽣活という観点では、⼤型旅客機――とくにボーイング747の登場を避けては通れません。1970年に就航したボーイング747は、あまりの巨体のために座席が埋まらず、これが「エコノミークラス」の誕⽣に繋がりました。第⼆次⼤戦後の経済成⻑と格差縮⼩、中産階級の台頭と相まって、海外旅⾏・海外留学は富裕層だけに許された贅沢な⾏為ではなく、⼀般庶⺠でも⼿の届くものになったのです。

 このジャンルの発明品には、⽝や猫を含めてもいいでしょう。

 ⼈類は⽝の家畜化に成功したことで、⾃分では感じ取れないほどわずかな匂いをたどって獲物を追いかけることができるようになりました。現代でも、猫を飼育するだけで屋根裏のネズミがいなくなったという話はよく⽿にします。猫の発する⾁⾷獣の匂いだけでも、⼩動物を遠ざける効果があるようです。これは⼈類の体臭では不可能なことです。猫の飼育が、まだ⽣産⼒の脆弱だったかつての農耕⺠族にとってどれほど素晴らしいイノベーションだったか、想像に難くありません。

仕事や生活をラクにする発明

 最後に④⼈類にできることをより効率よくできるようにした発明ですが、ここには⾺や蒸気機関、そしてコンピュータが当てはまります。

 ⼈類は歩くことができます。⾛ることも、重い荷物を運ぶことも、畑を耕すこともできます。戦場で敵を殺すこともできます。しかし⾺を使えば、より効率よくそれらの⾏為を⾏うことが可能になります。

 ⼤抵の家畜には、⼈類には⾷べられないエサ(⾷べかすや牧草)を⾷⽤可能な⾁に変換するという効果があります。もちろん⾺も例外ではなく、“桜⾁“は私の⼤好物の⼀つです。が、その点で⾺は、他の家畜に⽐べて少々異質です。じつは、与えたエサの量に対する⾷⾁の⽣産効率が悪いのです。つまり⼈類が⾺の飼育を続けてきた第⼀の理由は「動⼒として魅⼒的だったから」であり、⾷⾁や⽪⾰・⾻を得られることは、いわば「副産物」だったといえるでしょう。

重労働を担った蒸気機関

 1712年にトマス・ニューコメンが蒸気機関を実⽤化するまで、⼈類が利⽤可能な動⼒源は、基本的には⼈間や家畜の「筋⾁」だけでした。もちろん⽔⾞や⾵⾞はもっと古い時代から存在しますが、それらは⽴地が限定されます。18世紀に普及した蒸気機関は、⼈類が初めて⼿に⼊れた筋⾁以外の汎⽤動⼒だったのです。

 ニューコメンの蒸気機関は、それまで⼈間や家畜の筋⼒を使うしかなかった炭鉱の排⽔作業を代替する装置でした。ゴミとして捨てられていた⽯炭くずを燃料として利⽤できたので、⼈間や家畜を使うよりも経済的だったのです。

 その後、18世紀末にジェームズ・ワットが改良に成功したことで、蒸気機関はあらゆる分野に進出していきました。蒸気機関⾞は⼈間や⾺よりも早く、確実に、⼤量の荷物を輸送することができました。蒸気船の登場により、航海は帆船時代のように「⾵任せ」ではなくなりました。蒸気稼働のドリルは、⼈間の振るうハンマーよりも効率よく岩を砕くことができました。

頭脳を担ったコンピュータ

 かつて「計算⼿」と呼ばれる職業がありました。電算機が実⽤化される以前の時代に、企業や研究機関で計算作業に従事していた⼈々のことです。統計調査やロケットの弾道計算のような複雑で巨⼤な計算を、⼩さく分解して、⼤⼈数のチームで並⾏して計算していたのです。第⼆次世界⼤戦で男性が減ったことで、計算⼿は「⼥性の仕事」になりました。

 英語では「計算⼿」のことを、そのものずばり「computer」と呼びます。私たちが⽇常的に使っているコンピュータの、直接の語源です。

 現代のコンピュータ――電算機は、⼈間にもできる計算作業を、より効率的に⾏える装置でした。20世紀後半の電算機の普及に伴い、「計算⼿」はその役割を終えて、現在では消滅しました。電算機は、⼈間よりもはるかに素早く、はるかに正確に、はるかに膨⼤な計算を⾏うことができたからです。

 ここまで、人類史における「発明」について振り返ってみました。次回は、生成AIとはいったいどのジャンルに該当するのか考えてみたいと思います。

<第4回に続く>

Rootport(るーとぽーと)
マンガ原作者、作家、ブロガー。ブログ「デマこい!」を運営。主な著作に『会計が動かす世界の歴史』(KADOKAWA)、『女騎士、経理になる。』(幻冬舎コミックス)、『サイバーパンク桃太郎』(新潮社)、『ドランク・インベーダー』『ぜんぶシンカちゃんのせい』(ともに講談社)など。2023年、TIME誌「世界で最も影響力のある100人 AI業界編」に選出される。