「ジブリがアニメ化を持ちかけ断られた」というデマが出た作品。生涯をかけて旅する男を描いた筒井康隆の傑作SF長編

文芸・カルチャー

更新日:2023/11/22

旅のラゴス(新潮文庫)
旅のラゴス(新潮文庫)』(筒井康隆/新潮社)

 読み終えた時、何だかうっとりしてしまった。旅とは人生であり、人生とは旅だ。やりたいことを貫き通し、ただ黙々と旅を続ける主人公の姿に憧れさえ抱いてしまう。

 そんな作品が、筒井康隆の『旅のラゴス(新潮文庫)』(筒井康隆/新潮社)。時代を超えて愛され続けるSF小説だ。この作品の単行本が刊行されたのは1986年だが、2014年頃、再び文庫版がヒットを飛ばし、今もなお、その人気は止まることを知らない。昨今のヒットのそもそものキッカケは、Twitterで広まっていた「スタジオジブリが『旅のラゴス』のアニメ化を筒井康隆に持ちかけたが、筒井が断った」というデマが発端らしいが、なるほど、確かにこの作品はジブリっぽい世界観かもしれない。多くの読書家たちが、愛読書として紹介するのも納得。心にじんわりと染み渡る傑作なのだ。

 物語は、唐突に始まる。主人公は、北から南へと向かう旅人・ラゴス。彼は南を目指す途中、リゴンドラへ向かう牧畜民族・ムルダム一族に加えてもらい、初めて「スカシウマ」や「ミドリウシ」などと寝起きをともにした。「ここは一体どこなのだろう」「『スカシウマ』ってどんな動物なのだろう」——背景の説明がないから、読者は困惑するかもしれない。そのまま読み進めていくと、登場するのは、動物や他人と心を通わせる「同化」や、他の場所へ一瞬で空間移動する「転移」という能力。どうやらこの世界では、高度な文明を失った代償として、人びとがあらゆる超能力を獲得しているらしい。不思議な顔をもつ似顔絵作家や、壁を通り抜けられる芸人、村の通りに産みつけられたたくさんの卵とそれを食べにくる大蛇。ラゴスは生涯をかけて、ひとりで旅をする。

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 ラゴスの旅は波瀾万丈だ。殺人事件に遭遇したり、盗賊に殺されかけたり、奴隷に二度もなったり。だけれども、博識なラゴスはその苦難を難なく乗り越えてしまう。そして、旅することを決して諦めない。そんなラゴスの足取りには頼もしささえ感じる。と同時に疑問に思う。どうして旅を続けるのか。その目的とは何なのか。

 ラゴスの旅は、人生そのものだ。「おれ」だった一人称は「わたし」に変わり、ラゴスはどんどん成熟していく。何人もの女性とかかわりを持ちながら、時を過ごしていく。だが、年老いて、故郷に戻った時、彼の心にあるのは、かつて出会ったあるひとりの女性だった。

「旅をすることがおれの人生にあたえられた役目なんだ」

「人間はただその一生のうち、自分に最も適していて最もやりたいと思うことに可能な限りの時間を充てさえすればそれでいい筈だ」

 ああ、なんてロマンチックな物語なのだろう。未知との遭遇、冒険、そして、大切なものに再び出会うための、年老いてからの決意。ラゴスの人生は、私たちの人生へも深い示唆を与えてくれる。どんな困難があろうと、ただ行きたい場所へと旅をする。やりたいことを全うする。この本は旅のお供に最適。ラゴスの精神をそっと心に住まわせて、あなたも、自分だけの旅に出かけてみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ